私は世界一の欲張り発明家なんだから!
4/3掲載
世界の果てに、こんな島があるなんて、ほとんどの人間は知らない。
青い海にぽつんと浮かぶ小さな緑の島。
地図にも載らず、船乗りたちの間では「幻の島」と呼ばれ、魔導工学の研究者たちの間では「近づいてはいけない場所」と恐れられている。
その島に住む、白髪の少女は自分勝手に『発明の島』と名付けていた。
「よーし、今日も完璧に仕上がったわ!」
石畳の広場で、少女が工具を片手に胸を張った。
銀色の髪を肩まで伸ばし、大きなヘッドホンを首にかけ、革と金属が混じった作業服を着ている。腰には無数の工具と小さな魔導結晶がぶら下がり、右目には精密作業用の単眼レンズが光っていた。
彼女の名前は リリア・ヴォルテ。
自称「世界一の欲張り万能発明家」であり、この島でただ一人の人間だ。
リリアの目の前には、古びた木製の作業台があり、その上に彼女が今朝から組み上げた最新作が鎮座している。
――《自動追尾式・超小型カメラ・ドローン・マークⅢ》
通称「カメちゃんⅢ」。
「起動!」
指を鳴らすと、銅とガラスでできた小さな球体がブーンと低い音を立てて浮かび上がった。レンズがキラリと光り、すぐにリリアの顔を捉える。
「どう? どう? 画質はばっちり? 私の可愛いところ、ちゃんと映ってる?」
リリアが両手を広げてポーズを取ると、カメちゃんⅢは素早く周囲を旋回し、様々な角度から彼女を撮影し始めた。
しかし、次の瞬間――
「ほう……また随分と派手な玩具を作ったものだな、リリア」
作業台の陰から、黒いローブを着た小さな影がぬっと現れた。
身長はリリアの膝くらいしかない。頭には古びたシルクハットをかぶり、片手に小さな杖を持っている。
その名は グリム。リリアが作った魔導人形で、島で唯一の「話し相手」だ。
「ふん。相変わらず無駄に凝った作りだ。魔力効率は最悪だろう?」
グリムは腕を組み、生意気そうに鼻を鳴らした。
「ちょっと、グリム! 余計なこと言わないで! 今大事なテスト中なんだから!」
リリアが慌てて手を伸ばすが、グリムは軽やかに作業台の上に飛び乗り、カメちゃんⅢを追いかけ始めた。
「無駄だと言っている。所詮はお前のいつもの失敗作だ。俺が少し調整してやろうか?」
「調整とか言って壊す気でしょ!? やめなさいってば!」
二人の追いかけっこが始まったそのとき、島の空気がふわりと変わった。
遠くの上空に、小さな木製の机が浮かんでいる。
その机の上に優雅に座っているのは、猫耳を生やした茶色の髪の少女だった。
彼女は小さなティーカップを手に、紅茶を優しくすすっている。
「ふふにゃ……今日も楽しそうにゃ、リリア」
その少女の名は ミャオ・ルナ。
リリアが勝手に「島の守護者兼監視役兼紅茶の淹れ方講師」と呼んでいる、謎の存在。
ミャオはカップを置き、猫のような瞳を細めて微笑んだ。
「にゃはは……でも、そろそろ限界にゃよ?」
彼女の声は風に乗り、リリアの耳にはまだ届かない。
リリアはグリムとカメちゃんⅢを追いかけ回すのに夢中だった。
「待ってー! 返してー! あれ、私の三ヶ月分の魔力結晶使ってるんだから!」
「ふん、そんなもの俺がもらってやってもいいんだぞ?」
「食べないで!!」
石畳の上を息を切らして走り回るリリアの姿は、まるで子犬のようだった。
しかし、その瞳の奥には、誰にも見せない熱が宿っていた。
――この島に来て、もう五年になる。
リリアは元々、大陸の有名な魔導工学アカデミーの天才生徒だった。
だが、ある日彼女は「禁忌の発明」を成し遂げてしまった。
《時空干渉機関》――通称「世界を少しだけ巻き戻す機械」。
それは、歴史そのものに干渉しかねない危険な力を持っていた。
アカデミーは彼女を危険人物として追放した。
リリアはすべての研究資料を焼き払い、唯一完成した試作機だけを抱えて、誰も知らない海へと逃げた。
そして辿り着いたのが、この島だった。
ここには古代の魔導遺跡が眠っていた。リリアはそれを自分の工房に改造し、毎日新しい発明を繰り返している。
目的はただ一つ。
「もう一度、あの瞬間に戻って……失敗をなかったことにする」
彼女は誰にも言わなかった。
時空干渉機関の暴走で、大切な人を失ってしまったことを。
だからこそ、毎日こうして明るく笑い、馬鹿みたいに発明を続けている。
失敗しても、壊れても、次のものを作ればいい。
そうやって、自分に言い聞かせているのだ。
「はあ……はあ……もう、グリムったら本気で怒るよ!?」
リリアが息を切らして作業台に手をついたとき、ふと視線を感じて顔を上げた。
上空に浮かぶミャオ・ルナが、こちらを見下ろしていた。
「リリアにゃ」
「ん? どうしたの、ミャオ。紅茶の時間?」
「ええ。でも今日は、少しだけ真面目なお話にゃ」
ミャオの声が、いつもより少し低くなった。
「あなたがここに来てから、もう五年ね。
この島の『封印』が、そろそろ限界に近づいているにゃ」
リリアの笑顔が、一瞬だけ固まった。
「……封印?」
「そうにゃ。この島はね、元々は『世界の傷』を塞ぐための蓋なの。
あなたが持ち込んだ、あの時空干渉機関の残滓が、蓋を少しずつ腐食させているにゃ」
ミャオは紅茶のカップをそっと置き、優雅に立ち上がった。
「このままでは、島ごと『外の世界』に飲み込まれてしまうわ。
そして、あなたが失ったあの『瞬間』も……二度と戻らなくなるかもしれないにゃ」
リリアの指が、わずかに震えた。
彼女はゆっくりと作業台から手を離し、ヘッドホンを正した。
「……それって、どういうこと?」
「簡単な話にゃ」
ミャオ・ルナは猫のような瞳を細め、にっこりと微笑んだ。
「あなたが作った発明で、この島を――いや、世界を救うか。
それとも、あなたの望みを叶えるために、世界をもう一度壊すか。
そろそろ、選ばないといけないにゃ」
風がヤシの木を揺らした。
リリアは地面に落ちていた小さなネジを拾い上げ、ぎゅっと握りしめた。
掌の中で、冷たい金属がじんわりと温かくなっていく。
「……ふふっ」
彼女は突然、笑った。
いつもの、子供みたいに無邪気な笑顔だった。
「じゃあ、決まりね」
リリアは作業台に向き直り、工具を手に取った。
「両方やるわ。
世界も救うし、私の失敗もなかったことにする。
そのために必要な発明を……今から作ればいいだけなんだから!」
ミャオ・ルナが、くすくすと喉を鳴らして笑った。
「相変わらず欲張りねぇ……にゃはは」
「当然でしょ。私は世界一の欲張り発明家なんだから!」
リリアはそう言いながら、すでに新しい設計図を頭の中で描き始めていた。
空に浮かぶカメちゃんⅢが、再び彼女の姿を捉える。
その瞳には、強い決意と、わずかな不安、そして何よりも大きな「好奇心」が輝いていた。
発明の島に、静かな嵐が訪れようとしていた。
まだ誰も知らない、
欲張りな発明家が、世界を救うか、自分の過去を塗り替えるか、
二つの選択の間で揺れる物語が、今、始まろうとしていた。
≪グリム設定画≫
キャラがわかりづらかったので語尾変更と設定画を追加指示
感想コメントやリアクション、☆がつけば連載




