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セッション18.捜索

 リクがオフィス21のビルを飛び出し、向かった先はまだ停電していないドームのある方向だった。

 ウォール・ドームは経済の中心地で、ビジネスビルは乱立しているが、このドームに住んでいる人は意外と少ない。だが、ブラックアウトという事態に、わずかばかりの住民が通りにでて、不安げな表情を見せていた。

 やがて、通りにある公共用ディスプレイが「呼吸装置の準備を」という表示を流し始めた。この停電は生命維持装置をも止めてしまったらしい。このままだと、半日せずにコロニーの空気は人の生存に適さなくなる。


 しかし、今のリクにその指示に構っている余裕はなかった。無停電地域は「ジェミニ」と「オルドリン」という2つのドームだった。リクに探す当てはなかったが、とにかく敵の本拠に乗り込むことしか、考えが浮かばなかった。

<行き当たりばったりしかない>

 リクは我を忘れて、ジェミニ・ドームに駆け込んだ。


 案の定、ジェミニ・ドームの中は人で溢れかえっていた。ドーム内の街路灯はきちんと灯っていたし、ビルやマンションの窓からは明かりが漏れており、いつも通りの光景が広がっていた。明るさを求めて、周辺のドームから続々と人が集まっていたのだ。

<これも織り込み済みか…>

 群衆は分単位で密度を増し、数分のうちに通りは雑踏で埋め尽くされようとしていた。この人込みの中で、ビルやマンションを一軒一軒探し回っていたのでは到底間に合わない。暗号資産防衛戦のタイムリミットが迫っているのと同時に、レイの身の安全にとっても時間はそれほど残されていない。

<これを仕掛けた奴らはレイの口を封じて、すぐに地球へと逃亡する気だ>

 リクは焦っていた。しかし、敵を探す有効な手段は見つからないまま、時は無常に過ぎ去っていた。


 途方に暮れかけていたリクに助け舟を出してくれたのは、やはりハマダさんだった。

 雑踏音をかき分けるように、手首の携帯端末が鳴った。

「ハマダです」

 応答すると、すぐに切迫したハマダさんの声がした。

「手短に用件をお伝えします。ナカモトさんと連絡を取りました。現在、私のオフィスで社員とともに弊社のコンピューターを対策に充てるためのプログラムを書き込んでいるところです。カワダ様のお仲間のバッテリーが切れた後にも何とか均衡状態に持ち込めそうだとおっしゃられております」

「均衡…ですか。気は抜けませんが、ひとまずは安心できますね。ありがとうございます」

「タカシマの方はいかがですか」

「それが…、ジェミニ・ドームは人で溢れかえっていますよ。捜索は難航している、というか、全然進んでいません」

「そうですか…」

 ハマダさんの声には明らかに落胆の色が見えた。

「タカシマの仕組んだプログラムを少し調べてみます。何かヒントが得られるかもしれません」

 ハマダさんにとっては何気ない一言だったのかもしれないが、リクにはそれで充分だった。

「ハマダさん」

 リクは思わず叫んでいた。

「そうです。すぐにタカシマさんのプログラムを調べてください。彼女はそのAIに敵の存在位置を調べる機能を書き込むと言っていました。あれから2回の攻撃があった。もしかすると、攻撃ポイントを掴んだかもしれない。それが分かれば捜索範囲はかなり絞り込めます」

「承知致しました。分かり次第、すぐにカワダ様の端末に転送致します」

 急にハマダさんの声は弾んだ。


 ハマダさんからのデータが携帯端末に届いたのは、それから数分後だった。

<仕事が早い>

 リクは舌を巻いたが、感心している場合ではなかった。すぐに添付ファイルを開くと、敵の攻撃拠点を示すマップが表示された。

「これは…」

 思わずリクはつぶやき、そして落胆した。

 添付ファイル上には百カ所以上の赤いポイントが記されていた。ジェミニとオルドリンの両ドームの中はドットで埋め尽くされているといっても過言ではない状態にあった。

<これでは絞り込めない>

 再び途方に暮れたリクに、ハマダさんが連絡を入れてきた。


「カワダ様」

 ハマダさんの声は落ち着きを取り戻していた。落胆しているのとは違っている。

「せっかく調べてもらったのですが、余りにも数が多過ぎる。これじゃあ捜索範囲は絞れません。ドームほぼ全域、全てのビルやマンションが対象みたいなものです」

「私も見て驚きました。これほどのネットワークを構築していたとは…」

「再び万策尽きた感じですね。残された時間は少ないですが、最後までしらみ潰しに当たるしかない。ですが、成果が望めるかどうか…幸運を待つしかありません」

 リクが弱音を吐くと、ハマダさんは意外なことを話し始めた。

「そうでもありませんよ、カワダ様。タカシマのプログラムは単に攻撃ポイントを見つけるだけでなく、その時間差や内容から、攻撃拠点としての重要度を判別するところまで自己学習しておりました。驚くべき成果です。その分析結果は、ただいま送らせていただいたファイルです」

 リクはすぐにファイルを確認した。今度のファイルは攻撃ポイントの重要度に応じて、ドットの大きさが変わる仕様だった。相変わらずポイントの数は多いが、雑多な小さな点に交じって、いくつかの大きなドットが存在しているのが分かった。その数は十カ所ほど。

「この数なら探せます。ありがとうございました」

 リクは声を弾ませた。最も近いビルに向かって、すぐに駆け出していた。

「お役に立ててうれしゅうございます」

「それにしても、タカシマさんは凄いですね。ほぼ1日程度で、これだけのことをAIに仕組んでくれたのですね」

「ですから、我々自慢の社員をお伝えいたしました。カワダ様…」

 ハマダさんは改まった口調で言った。

「今さら改めてお願いすることではございませんが、どうかタカシマを救ってやってください。お願いいたします」

 ハマダさんが端末の向こうで頭を下げているのが分かった。

「必ず探し出してみせます」


 リクは警察組織を通じて応援を呼ぶことも考えたが、ブラックアウトで混乱を極める中、望むような支援が得られるとは思えなかった。リクは決心した。

<一人でやり切るしかない>

 残された時間を考えると圧倒的な劣勢だが、勝算がない訳ではない。敵はマフィアのような荒っぽい連中かもしれない。しかし、ここは月だ。それほど大勢を送り込んで防御を固めているとは思えない。いくら交通が活発になったといえ月と地球を移動できる人数には限りがあるからだ。数少ない渡航者の中に、それなり人数が紛れ込めば、必ず情報の網に引っかかったはず。それがなかったのだから、敵は少人数だとリクは踏んでいた。


 しかし、その後も捜索に目ぼしい進展はなかった。リクはマップに示された比較的大きな赤い点のあるビルやマンションを詳しく調べたが、どこも拠点と呼べるような怪しいところはなかった。

 もちろん外観を見て回るだけではない、携帯端末を使ってビルから出入りする情報通信網を盗聴した。暗号資産への攻撃を繰り返していたら、それで分かるはずだった。しかし、ドットに示されたポイントの全ては攻撃には参加していたが、通常範囲の取引やマイニング作業程度で、そこから逸脱した場所はどこにもなかった。

 次第に募ってくる喉の渇きと空腹感を堪えつつ、リクは次から次へとビルを調べ回った。しかし、レイは見つけられなかった。


「ハマダさん、申し訳ありません」

 リクが携帯端末でハマダさんに連絡を取った時、捜索を開始してから1時間以上が経過していた。

「左様ですか」

 ハマダさんはそう言って黙った。後に次ぐべき言葉が見つからないのだ。

「一体どこに消えてしまったのでしょうか」

 次にハマダさんがこう言うまでに十数秒がかかった。リクはしかし、この言葉に引っ掛かりを感じた。

「タカシマさんのGPSはどこで途絶えたか、分かりますか」

 リクが言うと、すぐにハマダさんは答えた。

「今お調べします。すぐに分かります…。あ、分かりました。セントラルパーク・ドームの北西部ですね。ログによると、そこで電波が途絶えました」

「セントラルパーク…、それは会社のあるウォール・ドームと私のマンションの途中にありますね」

「途中と言いますか、すぐ近くです。マンションとはかなり」

「ということは、タカシマさんはマンションに向っている途中、もうすぐマンションに着くという時に拉致されたことになりますね」

「私が気付いていれば…悔やんでも悔やみきれません」

「そういうことではありません。拉致された場所から考えて、コロニーの反対側にあるジェミニやオルドリンに運ぶのはおかしいと言っているんです」

「それでは…」

 ハマダさんはリクの言わんとしていることに勘付いたようだ。

「先ほどのAIのマップですが、ジェミニとオルドリン以外のものも送っていただけますか」

「直ちに」


「送りました」

 長い時間が経ったようだが、端末を見ると、データが送られてくるまでにかかったのはわずか1分程度だった。リクは見立てが正しかったことを確信した。

 敵は巧妙に罠を仕掛けた。それは51%を獲得するまでのわずかの時間だけ相手を欺くためのトラップだった。自分たちは見当違いの方角を探し回っていたのだ。敵の本拠は電力が生きている地域にはない。その逆だった。

「見てください。ひと際大きな赤い丸がありますね」

「はい、はっきり見えております。この場所は…」

「そうです。私の、そしてハマダさんがコンシェルジュを務めているマンションです」

 即座にハマダさんは言った。

「私もすぐに参ります。最上階への侵入方法をお教え致します」


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