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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
138/145

第137話 到着


 コントロールセンターに歓喜が訪れたのは、午前零時をまもなく過ぎようとする頃だった。オペレーターたちも煙草(たばこ)でさえも椅子から立ち上がると、大きく腕を振り上げ喜びの雄叫びを上げ、互いにハグをする。

しかしチェスナットは冷静に煙草に近づくなり、

「システム回復しましたか⁈」と大真面目に尋ねた。

「一応な」煙草は椅子からまだ立ち上がっていたい気持ちを抑え再び座り込むと、光る画面を見つめてキーボードに指を置いた。

「これで奴らの居場所がわかる。通信は……まだ出来ねえが」

「そうですか」チェスナットの眉が微かに疼いた。

「ハッキングした奴すげえなぁ。これだけの人数でかかってまだ完全復旧できねえとは……」言いかけて、煙草は頭上からの冷たい眼差しに気づく。今ここで口にしてはいけないことを口にしてしまったようだ。

「悪い」

画面に向かって謝罪をすると、チェスナットが深い溜息をついた。

「それで、彼らの居場所は?」

「今出す」

煙草がキーボードを操作し、室内前面の壁に設置された巨大モニターに橙星(だいだいぼし)の地図が改めて映し出される。そこに紫星(むらさきぼし)の王子と赤星(あかほし)の少女の位置が丸い点で示されるはずだが、それを確認したチェスナットと煙草は目をしばたたいた。

きっとこれは何かの間違いに違いない……そう思って煙草が再度キーボードを操作する。

ところが結果は全くもって変わらなかった。

「ル、ルートの履歴は⁈二人が辿った履歴を見せてください!」

チェスナットが叫び、室内の喜びが一気に静まり返る。

煙草がキーボードを操作して、壁面のモニターに二人が辿った道のりが線上に表示された。

線は実地訓練先の砂漠から学園に戻る途中までは真っ直ぐに示されたが、それから先はうねうねと曲がりくねり、砂漠を行ったり来たりした後、とある場所へと辿り着いていた。

「嘘だろ……」煙草が呆然とする。

室内のオペレーターたちもモニター画面を見て言葉を失っていた。

けれど誰より早く我に返ったチェスナットが踵を返して告げる。

「今すぐ向かいます!」

「ちょい待て!」

「今度こそ引き留めないでください!」

チェスナットは煙草を振り返らずに叫ぶ。だが思いもよらぬ言葉が背中に振ってきた。

「おまえがいなかったら誰がここの指揮を執る⁈」

「はっ⁈」

チェスナットが思わず立ち止まって振り返ると、煙草、ココナッツ、オペレーターたち全員が立ってこちらを見つめていた。

茶鼠(ちゃねず)学長が今もまだ現れないってことは、王都との商談が難航してんだろ。それにあの人はあくまで茶系の人間だからな、色光(しきこう)には疎い。じゃあガンメタルか?いやあいつに任せたら余計に問題を馬鹿でかくしやがる。じゃあ俺か?俺は研究開発部の人間でここには助っ人として来てる。ココナッツ?こいつはオペレーターだ。じゃあ誰が指揮を執る。ブラウン系で色光が扱えて砂漠でうろちょろしてる生徒たちにも詳しい……」

「でもっ……!」

煙草に言われてチェスナットは身動きが出来なくなった。確かにそうだ、確かに彼が言っていることは正しい。でも自分は……!

「現地に行くのは何もおまえじゃなくてもいいだろ。適切な人材を適切に使え」

あまりの正論に、チェスナットは両肩からほんの少しだが力が抜けるのを感じていた。


 コントロールセンターのオペレーターたちが歓喜に沸く数分前、同建物の二階にある見学室ではコチニール、葡萄(えび)緋色(ひいろ)柑子(こうじ)、マルーン、ビスタが前列のソファに座り込み、自分たちの目の前を行ったり来たりする人物を必死に見上げていた。

その人物は左手首に巻いた腕時計型の端末で、ずっと誰かに連絡を取り続けている。しかも一人や二人ではなく、一人が終わったら次、一人が終わったらまた次という風に、彼の行動は永遠に終わらない。

時刻は間もなく午前零時。まだ起きて何かに熱中している者もいるが、中にはとっくに寝床に入ってしまった者もいたため、連絡は思うようにはかどらなかった。

「私たちも何かお手伝い出来ればいいのですが……」

柑子が目の前をうろつくラセットを見上げて呟く。

「ブラウン系のことはブラウン系の方にしかわからないみたいですからね……」

柑子の隣に座るマルーンが答えた。

「こいつらにはこいつらの絆があっからなぁ」と、ビスタ。

「私たちが尋ねたところで答えてはもらえないということですか」と、葡萄。

「当たり障りのない話ならいけると思うが、内容が内容だしな」

 今ラセットが端末の相手に質問している内容は、マゼンタとマロウ王子に嫉妬している生徒を知らないか?だったり、コントロールセンターに入った人間でおかしな行動をしていた人物はいなかったか?といった、それこそ身内の人間を疑うような内容だった。

こんなことを見ず知らずの人間に端末で質問されたら、相手は正直に話さずはぐらかすか、一方的に切ってしまうか、そもそも通話に出てくれないかもしれない。

だから同じブラウン系であるラセットに白羽の矢が立ったのだ。ブラウン系は色光使(しきこうつか)いの一族。この学園の戦闘部色光学科に進む生徒の多くは、ほとんどがブラウン系に属している。ならば何かしら情報を知っていたり、あるいは通話相手が今回の首謀者という可能性もある。それを聞き出すには部外者の人間が掛けるより、同族のラセットが話をしたほうが、相手も心を開きやすいと考えた次第だった。

「頑張れ、ラセット……!」緋色が彼を見上げながら応援する。

コチニールも固唾をのんでラセットを見上げていた。

 だがふと何かを感じ取ったコチニールは、ソファから立ち上がると目の前のガラス窓に近づいて、指令本部を見下ろした。

指令本部ではそれまで机に嚙り付いたオペレーターたち全員が立ち上がり、両腕を掲げては同僚と抱擁している。

「これは……!」

驚くコチニールに気づいた仲間たちもソファから立ち上がり、ラセット以外が窓から指令本部を見下ろした。

「なんかめっちゃ喜んでる……!」と、緋色。

「システムが、回復したみたいだね……!」柑子が心から安堵するように言った。

それを聞いたコチニールはすぐさま手首の端末を操作する。回復したならマゼンタに連絡がつくはず……!

「本当ですね!ほら、壁面の地図に……!」

マルーンが言いかけて口をつぐんだ。同様に、指令本部のオペレーターたちもほんの数秒前の歓喜はどこへ行ったのか、次々と掲げた腕を下ろしては壁面の地図を凝視している。

「どうしてだろう、システムが回復したはずなのに、マゼンタに連絡出来ない……!」

コチニールは言いつつ何度も何度も手首の端末を押し込んだ。でも結果は全く変わらない。

コチニールの隣で彼を見守っていた葡萄は、

「もしかして、完全復旧ではなくて、通信はまだ出来ないのでは……?」

「そんな……」

コチニールと葡萄は顔を見合わせ、落胆という言葉にならない気持ちを共有した。

すると「え、どした?」

コチニールと葡萄のすぐ側に立つ緋色が、さらに隣に立つ柑子、マルーン、ビスタを見上げて何かを尋ねている。

彼らの様子に気づいたコチニールと葡萄も、緋色と同じく柑子たちに視線を向けた。

柑子たち三人は一様に窓ガラスの向こう側を見つめて固まっている。

「マゼンタさんたちが、今いる場所って……」柑子の声がかすれていく。

「噓だろ……」と、ビスタ。

「何⁈なんだよっ⁈」緋色が三人を急かす。

「トープ一族の、土地……?」

目を見開いたマルーンが答えた。

「トープ一族?」

コチニールと緋色の声が綺麗に揃った瞬間だった。


 乾燥した砂漠の夜は涼しい。

橙星のほとんどの地域は夜も湿度が高く寝苦しいと聞くが、この砂漠だけは別だ。暑くて眠れないこともなく、寒くて凍える心配もない。日中はとにかく気温が上がり暑くて仕方ないけれど、夜は本当に過ごしやすいのだ。

暗闇に輝く満点の星空に、さらさらと細かな砂の粒が足裏をくすぐって、きっとこの場所がこの星で一番居心地がいいに違いない。と、シャモワは思っていた。

 シャモワ、八歳。身長も体重も体格も年相応、よく日に焼けた肌にふわふわとした短い髪で、髪と瞳の色は淡く黄みの強い茶色だ。服装は上半身裸で、腰に布を巻いただけ、これが男の基本的な格好である。

シャモワは音のないしんとした砂漠を、ぽつぽつと裸足で歩いていた。夕食を食べ終え、偵察と称してここら一帯を散歩する。これが彼の日課だった。

ただし一人で偵察をしているわけではない。シャモワには友人がいたのだ。

その彼は今も自分の隣を歩きながら、楽しそうに話をしている。

「だからさ、オレもそのうちぜったい色光になれると思うんだよね!」

 友人の名はフォーン。年はシャモワの一つ上だが、生まれた時から仲良くしている。身長、体重、体形、肌、服装はシャモワと大差ないが、髪はチリチリとした短髪で、髪と瞳の色はくすみのある淡い茶色だ。

「毎日いっぱい走って、いっぱい体動かして、いっぱいえものつかまえて、いっぱい食って、いっぱい寝て、そうしたらぜったい色光になれるじゃん、そう思わねえ⁈」

「うん、フォーンならきっとなれるよ」

「だよなあっ!」

シャモワは微笑んだ。フォーンの夢は生まれた時からずっと変わらない、色光になること。大きくて、強くて、ものすごくカッコイイ色光に。だからシャモワは友人の夢をずっと応援し続けている。

「おまえは?」

「え?」

「色光になりたいと思わねえの?」

フォーンが歩きながら真っ直ぐな瞳で尋ねた。

「えっと、僕は……どっちでもいいかな」

「なんだそれ、それでもトープ一族の男かよっ」

友人の突っ込みにシャモワは苦笑いで答える。このやり取りも幼い時から続く挨拶みたいなものだ。もしかしてはたから見たらフォーンがシャモワを非難しているように見えるかもしれないが、本人たちはただじゃれ合っているだけに過ぎない。

「おまえは平和が好きだからな」

フォーンに言われてシャモワは今度は微笑んだ。

トープ一族の男として生まれたからには、強くあらねばならないというのはわかっているつもりだけど、争いごとは好きじゃない。それがシャモワの素直な気持ちだった。

 その時、目の前に広がる砂がこんもりと積まれた丘から、誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。その人物は目を見開いて口で激しく呼吸をしながら、フォーンとシャモワに近づくなり叫ぶ。

「色光が、色光が、出たっ……!」

しかしフォーンもシャモワも一切動じない。

「あっち、あの丘の、向こうに……!」

二人の元に辿り着いた彼は、今下ってきた丘の向こうを振り向いて指差した。

「はいはい」フォーンが呆れた表情で答える。

シャモワは口角を引きつらせて、一応笑顔を作っている。

「お、おまえら、オレが言ってること、ウソだと思ってるだろ……⁈」

「うん」と、正直なフォーン。

シャモワは何も言わず作り笑いを続行中だ。

「ホントだって!あの向こう側にでっかい、今まで見たこともない色の色光が、二つ、立ってるんだって!」

「あのさぁバフ」

 色光を見たと言ってきたのは、バフ。年はフォーンと同じ九歳。背丈や体格や格好は自分たちとほぼ同じ、髪もフォーンと同様チリチリの短髪だ。そして髪と瞳の色はシャモワに近く、シャモワよりほんの少し黄みがかっている。

「そんな色光がこんなとこにいるわけないじゃん。駱駝(らくだ)たちはドウクツの中だし」

「あれは駱駝たちじゃないって!そもそもオレらの仲間じゃねえっ!」

フォーンの言葉にバフが反発した。でもこれもいつものことだ。

「とにかく、オレはみんなにこのことを知らせてくる!おまえらも、ウソだと思うなら自分の目でたしかめてみろっ!」

そう言うなりバフはフォーンとシャモワを残して走り去った。

夜の砂漠を駆けるバフの後姿を見送りながら、フォーンが彼の口真似をする。

「色光が、色光が、出たっ……!」

友人のものまねにシャモワは思わず吹き出した。

「何が出ただよ」言いつつフォーンが丘へ向けて歩き出す。勿論シャモワもその後に続いた。

「ウソをつくならもっとわかりやすいウソにしろよってんだ」

「この前はなんだっけ?角の生えた大きな牛?」

「そそっ!その前はでっかい犬だったか?」

「バフはいつでもウソばかりつくからね」

「しかもかならずでけえ動物ばっか」

「そうだね」シャモワがくくっと笑う。

 二人は〝噓つきバフ〟と呼ばれる一族の少年についてあれやこれや述べながら、目の前の丘を登り始めた。

「でもなんでアイツあんなにウソばっかつくんだ?みんなにきらわれんのにさぁ」

「前に(おさ)が言ってたよ。バフはね、みんなの注目をあびたいんだって」

「チュウモク?なんだそれ」

「みんなに自分のことを見てもらいたいみたい。かまってもらいたいみたいだよ」

「ワケわかんねぇ、んなことしなくたって見てもらえるだろ」

「でもその方法がバフにとってはウソをつくことみたい」

「マジわかんねぇ……」

 そうしてフォーンとシャモワは丘の頂上に辿り着いた。頂上からはいつもなら広い平原がどこまでも見渡せる、はずだった。

ところが二人の少年は目を大きく見開き、息をするのも忘れてしまう。彼らはつい先程まで散々馬鹿にしたバフという少年の言葉を、生まれて初めて信じたのだ。


 マゼンタとマロウ王子を演じるモーヴが到着したのは、砂漠のど真ん中だった。足元には淡い茶色の細かい砂粒がどこまでも敷き詰められ、遠くには大地に盛り上がった砂丘が見える。頭上には白い星々が煌めき、その中に一際大きく輝く赤い星と黄色の星が確認出来た。

「ここが、目的地の、学園、か?」

「いや違うだろっ」

色光に変身したままのマゼンタが言うと、同じく色光に変身しているモーヴが突っ込んだ。

 学園の色光実技クラス、実地訓練で砂漠を訪れ授業を受けた後、ガンメタルという教師に従って学園へ帰還する予定だったが、道中モーヴが体調不良を起こして休憩することになった。

彼は何とか体力を復活させ、その後ガンメタルに提示されたルートを辿ったが、ルートはとにかくハチャメチャだった。

あっちへ行ってはこっちへ戻り、こっちへ戻ったらまたあっちへ行かされ、何だか永遠にこの辺りをぐるぐる飛行させられたのだ。

しかも学園や教師に連絡を取ろうとしても端末が動かない。自分のも、モーヴのも。

さすがにおかしいと思い端末からシステムに入って修復を試みてもよかったのだが、チェスナットに自分の能力がバレている手前、出来ることなら手を加えたくないという気持ちも正直あった。

これは一種の課題かなんかか?

そんなことを考えているうちに日は沈み、やがてこの場所に到着した。端末上では一応この場所が都立チョウサイ軍事学園と表示されている。

「まったく、おまえがこんなに方向音痴だとは思わなかったよ……」

疲れ切ったようにモーヴが言い放った。

モーヴも一応自分の端末でルートを確認してはいたが、ほとんどをマゼンタに任せていたのだ。

「方向音痴ではない、ただルートに忠実に従っただけだ」

「あっそ。とにかく私は一旦休む」

そう言うと彼は色光から元の姿に戻っていく。巨大な色光はあっという間に等身大の人間へと形を変え、その場に座り込んだ。

モーヴを見下ろしたマゼンタも、元の姿に戻ることにした。一度は回復したモーヴだが、やはり本調子ではないのか、砂の上に座って瞼を閉じている。

確かに飛行時間がちょっと長かった……いや、かなり長かった、かもしれない……

マゼンタはマゼンタなりに反省しつつ、モーヴと少し間隔をあけて座った。

 砂漠の夜は涼しかった。橙星は昼夜問わずどこでも蒸し暑いと思っていたが、ここだけは例外らしい。空気が乾燥していて、時折吹く風が柔らかく心地いい。これならば呼吸もしやすいのではなかろうか。

 マゼンタは少し離れた所に座るモーヴに目をやった。

モーヴは相変わらず瞼を閉じ、自分の呼吸に集中している。恐らく最後に水分なり食事なりを摂取したのが約十七時間前。それから飲まず食わずでここまで来て、その間奴がしたことと言えば、ただ呼吸を整えたことのみ。まあ体力お化けだからそれで行けるのだろうが、普通の人間ならとっくに倒れているだろう……そこまで思ってマゼンタは気づいた。

(私も、か……?)と。

 その時、不意に彼女の耳が何かを捉えた。

しんと静まり返った砂漠の大地で、複数の何かが動いている。しかもそれはこちらへ確実に向かってきている。

マゼンタは正面奥に広がる砂丘を見つめた。

隣でモーヴが深く息を吐いている。

「王子」

マゼンタが彼を呼びつつ立ち上がった。

「え?」

いつもなら絶対〝王子〟だなんて呼ばないくせに……モーヴが不審に思いながら彼女を見上げると、相手は何やら奥の砂丘をじっと睨んでいる。

「動けるか?」唐突に彼女が彼に尋ねた。

モーヴも彼女と同じように奥の砂丘に視線を移すと、彼女は言った。

「私たちはどうやら射程圏内に入ったらしい」




















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