第136話 コントロールセンター
色光フィールドでガンメタルと決裂したチェスナットは、相手から距離を取って歩きつつ、すぐさま茶鼠学長に今回の件を端末で知らせるつもりだった。勿論、ガンメタルだけではなく自分にも非はある。訓練地でガンメタルが二手に分かれて帰還すると宣言した時、彼を止めなかった自分にも責任はあるからだ。
たとえ相手が年上だろうとキャリアがあろうと、ちゃんと自分の意見を述べるべきだった。そうすれば、こんなことにはならなかったかもしれない……!
だがチェスナットの願いは叶わなかった。
事の全てを包み隠さず茶鼠学長に報告し、自分が紫星の王子と赤紫色の少女を迎えに行くと伝えるはずだったのに、どうしてか手首の端末がうんともすんとも言わない。
こんな大事な時にまたエラーか⁈中央棟の学長室まで直接赴いて報告する時間のロスは避けたいのに……‼
チェスナットが立ち止まって、黙り込んだ端末を何とか起動させようと指で突きまくったちょうどその時だった。地面をこするような妙な小走りの音が聞こえてきたかと思うと、それは突然チェスナットの脇腹に抱き着いた。
「チェスナット先生っ!」
呼ばれた彼が驚いて抱き着いてきた人物を見下ろすと、相手はぐりぐりと自らの顔をチェスナットの服にこすりつけている。無論、コントロールセンター勤務のオペレーター、ココナッツだ。彼は信頼するブラウン系の人物なら、誰かれ構わず抱き着く癖がある。
「ココナッツ悪い、それどころじゃないんだ、私は今から……!」
けれど彼は震えながらチェスナットの言葉を遮った。
「その件でどうしても知らせたいことがあって……!」
自分に抱き着いたままのココナッツが顔を上げると、彼の瞳からは涙が駄々洩れている。チェスナットの脳に嫌な予感が舞い降りた。
「もしかして彼らに何か……⁈」
「いいから来てっ!」
そう言ってココナッツはチェスナットの腕を思い切り引っ張ると、コントロールセンターに向けて走り出した。
ココナッツに引っ張られ、コントロールセンターの指令本部に辿り着いたチェスナットは目を見張る。いつもなら空席が目立ち、職員もやる気があるんだかないんだか、他愛もない話をしながら仕事をしている彼らが、皆真面目に席に着いて光る画面に向かい指をひたすらに動かしていたのだ。しかも……
「煙草先生⁈」
前列左側の席の一つに研究開発部所属の煙草が座って、彼もまた目の前の画面を凝視しながらキーボードを叩きまくっている。
煙草にはいつも色光実技クラスに助っ人として入ってもらっていた。勿論全く顔を出さないガンメタルの代わりとしてだ。その彼がここにいるということは、余程の緊急事態ということ……!
チェスナットが煙草の背後に近づくと、相手は画面を見たままチェスナットに告げる。
「二時間前、紫星の王子と赤星の女子が砂漠で立ち往生した」
「ええ、それは……」
ガンメタルの行動から既に把握済みだ。
「その時からなんでかおまえらに通信が出来なくなった。正確には実地訓練に出ていたおまえら十人にだ」
「えっ⁈」
チェスナットが自分の左手首に巻いた時計型の端末に目をやる。確かに先程から茶鼠学長に連絡しようとしても一向に繋がらない。
「だからそいつがおまえらに王子と女子のことを伝えたくても伝えられなかった」
チェスナットの隣に立ったココナッツが、こくこくとうなずいた。
「で、三十分前」煙草が言いつつ、机上の画面を見たまま前方の壁を指差す。
「奴らの信号が消えた」
「なんですって⁈」
チェスナットは思わず煙草が指差した壁面を見上げる。
壁一面に設置された巨大なモニター画面には、暗い背景に橙星の大地を表す地図が白い線で描かれていたが、そのどこにも色光の位置を表す丸い光の点は映し出されていなかった。
「それまではちゃんと学園に向かって飛行してた、速度は遅かったがな」
「どういうことですか⁈」チェスナットが煙草を思い切り見下ろす。
「わからん。端末の不具合か、端末をぶっ壊したか、あるいは……」
チェスナットの顔から血の気が引いた。
紫星の王子と赤星の彼女にもしものことがあったら、この星は……!
「私は今すぐ最終信号地点に向かいます!学長への報告をお願いしますね!」
「ちょっと待て」
コントロールセンターの自動扉に向かおうとしたチェスナットを、煙草が引き留めた。チェスナットが勢いよく振り返ると、煙草は手元の作業を止めこちらを真っ直ぐ見上げている。
「最終信号から既に三十分経ってる。色光で飛行してるならもうとっくにその場から離れてるだろーが」
「ええ、色光で飛行していれば!」
でももしそうではなかったとしたら⁈今すぐ助けが必要な状況だとしたらどうする⁈
「おい、物事を悪いほうにばっか考えんなよ」
煙草がチェスナットの心を見透かしたように言った。
「物事を良いほうにばかり考えるのが橙人の長所であり短所でもあると思います!」
「あのなぁ」チェスナットの言葉に、煙草はゆっくりと椅子から立ち上がる。
二人の間に立つココナッツは、今にも目の縁から涙をこぼしそうになりながらうろたえた。
煙草は言わずもがな背が高く、チェスナットも自分より背丈があり、二人共日頃からよく鍛えた体つきをしている。そんな彼らに挟まれ、しかも二人が険悪な雰囲気を醸し出していると、ココナッツとしては体を震わせて泣き出すほかなかった。
「だったら俺が思うもう一つの可能性を述べようか」
ココナッツの嗚咽を聞きながら煙草が言う。
「これが一番可能性が高いと踏んでるが、信号が消えたのは奴らの端末の不具合か、奴らが端末を何らかの理由でぶっ壊したか、あるいは……」
「あるいは何ですか⁈」もったいぶる相手にチェスナットは先を促した。こんな言い合いをそもそもしている暇はないのだ。今こうしている間にも紫星の王子と赤星の彼女が危機的状況にあるかもしれないのだから。
しかし煙草は可能性を述べると言っておきながら、なぜか口にしたくないような溜息をつく。いったいなんだというのか。
「煙草先生!」
チェスナットの声に、ココナッツがビクッとなって泣き止んだ。チェスナットのこんな剣幕を見たことがなかったせいで、恐怖より驚きのほうが勝ったのだ。
やがてチェスナットの勢いに根負けしたのか、どうせバレるだろうと諦めたのか、そもそも自分の仕事じゃないと割り切ったのか、煙草は意を決すると台詞の続きを述べる。
「このコントロールセンターのシステム自体が誰かに乗っ取られているか、だ」
チェスナットが煙草から衝撃の可能性を聞いている頃、コチニール、葡萄、緋色、柑子、マルーン、ビスタ、ラセットの七人も、急ぎコントロールセンターに向かっていた。
ラセットの端末に彼の友人から連絡があったのが数分前。その友人は、色光フィールドで二人の教師が喧嘩してると笑いながら連絡をしてきた。けれどよくよく話を聞いてみると、教師の一人は色光クラス担当のチェスナットで、喧嘩の理由はもう一人の教師が実地訓練先である砂漠に二人の生徒を置き去りにしたというものだった。しかもその二人の生徒というのが、あろうことかマゼンタとマロウ王子らしいのだ。それを聞いた彼らが当然黙っているわけがない。
コチニールたち七人は詳しい情報を得るため、すぐさまチェスナットが向かったという、戦闘部内のコントロールセンターに向かった。
「あれがコントロールセンター⁈」走りながらコチニールがラセットに確認する。
「そそっ、あれあれっ!」
さすがブラウン系のラセット。進路を色光学科から対人学科に変更するとはいえ、色光に関することには何かと詳しい。
その時、共に向かうビスタの端末から着信音が響いた。
ビスタがコチニールたちと走りながら手首の端末に触れると、
「ちょっといったいどういうことっ⁈」
端末の向こう側からヘンナが叫んだ。どうやらマゼンタとマロウ王子の話がヘンナにも届いたらしい。
「俺たちにもわかんねえ!だからそれを今から確認しに行く!」
ビスタは走りつつヘンナとやり取りをしている。ヘンナは自分もそっちに行きたいとか、トパーズと雀も一緒に行くとか騒いでいたが、それをビスタが何とか制止した。ただし情報が入ったら逐一報告すると約束をし、彼は通話を切る。
その間にもビスタと共に走るコチニールたちは、コントロールセンターの白い建物の内部へ駆け込んでいた。
ブラウン系であるラセットが、いつもはビスタの腰巾着としてあまり目立った行動はしていないが、この時ばかりと皆を先導していく。
彼の案内で建物内の白い廊下を進み角を右に折れると、正面奥に透明な横開きの自動扉が見えてきた。自動扉の奥にはセンターに勤務するオペレーターたちの姿と、お目当ての人物の姿がはっきり認識できる。
コチニールたち一行は自動扉の前で一旦立ち止まると、扉が開く時間も惜しいと思うくらいのスピードで室内になだれ込んだ。
突然室内に集団がやって来たことに驚いたオペレーターたちだったが、すぐさま元の業務に戻る。彼らとて今行っている作業が忙しいのだ。
しかし前列左側の席に着いた男と何やら話をしていたチェスナットは、コチニールたちの姿を見るなり明らかに顔色を変えた。
「君たちは⁈」
「マゼンタとマロウ王子はっ⁈」と、緋色。
「二人は今どこにいるんですか⁈」と、コチニール。
「砂漠に置き去りにされたって本当かよっ⁈」と、ビスタ。
緋色とコチニールとビスタが同時に叫んだため、言葉はごちゃごちゃと重なったが、言いたいことは伝わったようだ。
チェスナットはコチニールたちの前に歩み出ると、彼らをぐるっと見回して一呼吸つく。
「今捜索中ですが、必ず見つけ出しますよ」
「なんでこんなことになったんですかっ⁈」緋色が尋ねる。
「妹たちに何かあったんじゃないですか⁈」コチニールの言葉が緋色に重なる。
「教師が生徒を置き去りにするってどうかしてんだろっ‼」ビスタの言葉もコチニールに覆いかぶさる。
チェスナットは一瞬戸惑うような表情を見せたが、
「まずは二人を見つけることが最優先ですから、解決したら全てをお話しします」とだけ口にした。
するとそれまで黙りこくっていた眼鏡の彼が、
「マゼンタとマロウ王子に連絡が取れないのも何らかの関係が?」
無論、葡萄である。葡萄はやけに冷静に眼鏡の奥を光らせていた。
葡萄の質問に、チェスナットの斜め後方に座って、こちらに背を向けているがたいのいい男が僅かに振り向いた。葡萄はそれを見逃さなかった。
「それも今調べています」チェスナットが葡萄に答えた。そして自分の後ろにそわそわとしながら佇んでいる、やけに童顔の男を振り返る。
「ココナッツ、君の端末を貸してくれないか」
「あ、うん……」
ココナッツと呼ばれた彼はいそいそと自分の手首に巻いた端末を外し、チェスナットに手渡した。
「学長に報告してきます」振り返ったままのチェスナットがココナッツやオペレーターたちに告げると、通路を塞ぐコチニールたちの脇を通り抜けようとする。
「あのっ、外で待ってるので、何かわかったことがあったら教えてください!なんでもいいので!」
チェスナットの背中にコチニールの言葉が降り注ぎ、彼は立ち止まった。
チェスナットはまたも戸惑う仕草を見せると、コチニールたちを振り返り、
「ここの二階に見学室があります。そこで待っていてください。何かわかったらお知らせするので」それだけ言い残すと、自動扉へ向かった。
「はいっ!」コチニールが返事をする。
コチニールたちの背後、前列左側の席に着いた煙草は、溜息をつきながらも手元のキーボードをカタカタと動かしていた。
コントロールセンターの外へ出たチェスナットは、周囲に誰もいないことを確認しつつ、ココナッツから借りた端末で茶鼠学長に事の次第を報告した。ガンメタルが犯した行動も、自分の失態も、今コントロールセンターのシステム自体が何者かに乗っ取られている可能性も、全てを正直に伝えた。
システムが乗っ取られているのではその権限を取り戻さない限り、紫星の王子と赤星の彼女の正確な居場所は掴めない。しかも二人と連絡さえ取れない。これではたとえ自分が色光になって迎えに行ったところで、どこを目指して飛べばいいのか全く見当もつかない。
だから今はとにかく煙草先生たちにシステムを何とかしてもらうしかないのだ。あるいは二人が自ら帰還してくれるか……
報告を聞いた茶鼠学長はチェスナットに労いの言葉を掛けると、引き続き対応をするよう指示し、通話を切った。
辺りは既に夜の帳が下りている。
橙星は基本的に夜も蒸し暑い。なのにどうしてか今夜は涼しい風が自分の周りに吹いている気がした。
こんな夜も存在するのか、それとも自分の気のせいか。そう思いつつチェスナットは端末に触れる。茶鼠学長以外にもう一人、連絡しなければならない人物がいた。
相手は数回の呼出音の後通話に出たが、無言だった。しかしこちらが名乗るとすぐに事情を察してくれた。
チェスナットは今現在学園で起きていることについて端的に説明する。相手は口を挟まずに彼の話を聞いていた。
「このままでは埒が明きません。ですからどうかそちらでご対応いただけませんでしょうか?」
チェスナットは端末の相手に進言した。けれども相手は、
「残念だがそれは出来かねる」
チェスナットは驚いて二度瞬きをした。
「それは、どうしてでしょうか。行方不明になったのは紫星の王子殿下ですが……」
「それはよく存じておる。じゃがこの件に関して王都は介入しない決定を下した」
「ま、待ってください。ではこちらだけで解決しろと……?」
「そういうことになる」
チェスナットは耳を疑った。
紫星の王子が橙星を訪れるというのは、それだけで特別なことだ。たとえそれが勉学のためであっても、紫星を代表する者がこの星に滞在するだなんて、これまでの歴史上一度たりともない。
だから自分の任務も、橙星第一王子である柑子殿下をお守りするだけでなく、赤星の守人一族を監視するだけでなく、紫星の王子を見守る役目までもが追加されたのだ。
にも関わらず、こんな大事な場面で王都が何も対応しないとは、いったいどうなってる……⁈
チェスナットには端末の相手の判断が、甚だ疑問でしかなかった。
コントロールセンター内にある指令本部の自動扉の少し手前に、壁にぽっかりと空いた空間がある。その空間には上へと上がる白い階段が設けられ、そこを上り切るとまたも透明な自動扉があった。
自動扉を抜けると、床壁天井全てが暗い茶色で埋め尽くされ、室内と同じ色の柔らかな布地で出来た長いソファが階段状に二列、そしてガラス張りの大きな窓がソファと向かい合うように設置されている。
どうやらここがコントロールセンターの見学室らしい。室内に入ったコチニールたち一行は設置された大きな窓に近づくと、窓の向こう側を眺める。窓からは指令本部全体を後方から見下ろすことが出来、尚もオペレーターたちが作業を続けていた。
「で、こっからどうするよ」ビスタが誰に言うでもなく尋ねる。
「どうするも何も、チェスナット先生がなんか教えてくれるのを待つしか……」
緋色が珍しくぼそぼそと答えた。
(チェスナット先生……)コチニールが心の中で呟いた。
コチニールにとってチェスナットは実母の現在の夫だ。その事実を喜ばしい出来事として完全に受け入れたわけではないが、今はそんなことを言っている場合じゃない。彼がマゼンタとマロウ王子を一生懸命捜してくれているのだから……
現在チェスナットは茶鼠学長との連絡を終えて、また指令本部に戻っていた。彼は前列の中央付近に立ち、すぐ左隣に座ったオペレーターと熱心に話をしているのだが、相手はいかにもオペレーターらしくない大柄で無精ひげで溶接工みたいな格好をしている。
「にしてもマゼンタとマロウ王子が砂漠に置き去りにされたってのはマジみてえだな」
鼻息を荒くしたビスタが言った。
「どうしてそんなことに……⁈」柑子の唇が震えている。
実地訓練先で教師からそんな扱いを受けるなんて、通常じゃ考えられない。
「実習に行った他の生徒たちは全員帰って来てるんだろ?」緋色がラセットに尋ねた。
「マゼンタとマロウ王子以外はね」と、ラセット。
ラセットの答えに柑子の全身がプルプルと震え出す。そんな実地訓練、自分なら絶対に受けたくない。
この学園にはとんでもない教師が存在する。勿論誠心誠意生徒に向き合ってくれる教師も中には存在するが、遅刻は日常茶飯事だし、個人的感情で生徒を追いかけ回すぶっ飛んだ教師もいる。それがある程度はこの星に生きる人々の気質なのだと、理解しているつもりではあったが、今回の件はいくら何でも度が過ぎているだろう……!
葡萄は秘めた怒りを抑えつつ、両手の拳をぐっと握りしめた。十本の爪が手の平に深く突き刺さった。
「マゼンタの端末まだ繋がらない?」緋色がコチニールを見上げる。
「うん。マロウ王子にも……」コチニールは自分の手首に巻いた端末を見下ろした。
ラセットの友人から今回の件を聞いて、コチニールはすぐマゼンタに端末で連絡を取ろうとした。だが案の定妹には繋がらず、共にいるであろうマロウ王子に掛けるも同様の結果に終わっている。それからコントロールセンターに向かう途中も、この見学室に案内される間にも何度も掛けたが、うんともすんとも言わなかった。
「なんで?砂漠にいると繋がんないの?」
「んなワケあるかっ!橙星の技術舐めんなっ!」ビスタが唾を飛ばす。
「じゃなんで連絡出来ないんだよっ!」
「俺に聞くなっ!」
緋色とビスタが言い争う間、コチニールは指令本部を再度見下ろした。
教師がマゼンタたちを置き去りにした件は後で追求するとして、今現在二人はどこにいるのだろうか。あの二人がたとえ置き去りにされたとはいえ、そのまま帰って来ないというのはどうにも腑に落ちない。だって、マゼンタとマロウ王子だよ……!この学園でも随一の力を持つ二人だよ……!その二人が未だに帰って来ないなんて、どう考えてもおかしい!もしかして、二人の身に何か……
コチニールの脳内に恐ろしい妄想が浮かび上がりそうになった、その時だ。
「あの方はどなたですか?」
指令本部を見下ろす葡萄が冷静に尋ねた。
「え、どれ?」窓辺に立つラセットも同じように下を見下ろす。
「先程からチェスナット先生とずっと話をしていらっしゃる方です」
葡萄の視線の先には、例のオペレーターらしくない大柄で無精ひげの男がいた。
「ああ、煙草先生だよ」
「煙草先生?」
「ブラウン系で色光になれるけど、なんでか研究開発部武器開発学科に進んだ珍しい人」
「あの人色光になれんのっ⁈」緋色が窓ガラスにべたっと張り付いた。
「そんな方がなぜここに?」葡萄がラセットに追及する。
「なんかシステム関係に強いらしいってのは聞いたことあるけど」
「そうですか……」
葡萄は煙草という教師と、彼の隣に立つチェスナットを見つめた。葡萄の記憶が、ココナッツという男から端末を借りるチェスナットの姿を思い起こしていた。
それから数時間の時が経った。コントロールセンター二階の見学室では、コチニール、葡萄、柑子、マルーン、ビスタ、ラセットが室内に設置されたソファに座り込み、新たな情報がもたらされるのをひたすら待ち続けている。けれども指令本部のオペレーターたちは相変わらず、ただそれぞれの画面に何かを打ち込んでいるだけで、それ以外に変わった動きは一切ない。チェスナットに関しても中央通路に立ったまま、組んだ腕の先を苛々と体に叩きつけるのみだ。
朗らかで楽観的な橙人の彼らが寝ずに仕事をしてくれるのは、本当にありがたい。ありがたいとは思うが、この状況を何とか打破出来ないのだろうか……コチニールと葡萄がそう思っていた時だ。
ちょうどトイレに立っていた緋色が慌てて戻って来たかと思うと、
「このコントロールセンターのシステム、誰かに乗っ取られてるんだって‼」見学室の自動扉をくぐるなり叫んだ。
「ええっ⁈」コチニールと柑子が同時に立ち上がり、
「どういうことだよっ⁈」とビスタもソファから飛び上がって、残りの葡萄とラセット、マルーンも腰を上げる。
「わかんない、でもトイレで会った人が言ってた!」
コントロールセンターの建物内に入って、無機質な廊下を真っ直ぐ行かずに右側へ進むと、簡素な縦長の白い扉がある。その扉を向こう側へ押すと、右手前に洗面台が二つ、その奥に小便器が三つ、左側には個室が二つ用意され、正面奥には小さな四角い窓がぽつんと設けられている。
数分前、緋色はこの手洗い所を訪れ、小便器で用を足していた。
すると何やら背後からブツブツと呟く声が聞こえてくるではないか。
(なんか前にもこんなことなかったっけ……)
そう思いつつ背後を振り返ると、やはり手前の個室の扉が閉じている。
(端末で会話でもしてんのか?)
緋色は用を足し終え、洗面台で手を洗い、その場を去ろうとした。が、聞き捨てならない台詞が個室から聞こえ、思わず足を止める。
「どうして、こんなことに、なっちゃうの……?コントロールセンターの、システムが、乗っ取られるとか、そんなの普通、ありえないでしょう……?」
それを耳にした緋色は一目散に二階の見学室へと戻ったのだった。
「てワケなんだよ!」
緋色から事の次第を聞いたコチニールたちは啞然とする。
「つまり、外部からハッキングされたってこと⁈」コチニールは開いた口が塞がらない。
「そんなことだろうと思いました」
「気づいてたの⁈」コチニールが隣に立つ葡萄を勢いよく見上げる。
ソファと向かい合う窓から指令本部を見下ろした葡萄は、溜息をつきながら話し始めた。
「オペレーターの方々と煙草先生というシステムに強い方がずっとここで作業をされていて、しかもチェスナット先生が茶鼠学長に連絡をする際、自分の端末ではなく側にいた方の端末を借りていましたから、きっとチェスナット先生の端末もハッキングの対象となったのでしょう。そして恐らくマゼンタとマロウ王子の端末も」
「それであいつらに連絡が取れないのか!」緋色が大いに納得した。
「コントロールセンターのシステム自体がハッキングされたから、お二人の居場所も、わからない……」柑子の言葉は震えている。
室内に沈黙が下りた。緋色がトイレで耳にしたこと、葡萄の考察が事実なら、自分たちに出来ることは何もない。ただひたすらシステムが回復し、マゼンタとマロウ王子が無事に帰ってくるのを祈るしかないのだ。が、
「一つ気になることがありまして」葡萄が口を開く。
「何⁈」眼鏡の彼にすがるコチニール。
「なぜマゼンタとマロウ王子だけなんでしょう。引率した教師と他の生徒は皆帰って来たのに」
「そう言われれば」ビスタだ。
「まあ、教師の方々は置いておいたとしても、他の生徒たちとマゼンタとマロウ王子の違いって、なんなんでしょうか」
「強い!」緋色は葡萄が言い終わらないうちに答え、
「目立つ、とか?」柑子も一応考えを口にしてみる。
柑子の隣に立つマルーンは、橙星第一王子の答えに大きくうなずいた。
「赤星と紫星から来た」ビスタも言う。
「頭がいいとか?テスト満点とか?」ラセットも続ける。
「クラスの進みが早くて、イベントで活躍して……」と、コチニールが最後を締めた。
「そんな人を見たら、普通人はどう思うのでしょうか」
葡萄が新たな質問を呈する。
緋色は「うらやましい!」
柑子は「私もそうなりたい、です……」
マルーンが柑子に同意して深くうなずいた。
だがビスタは「そうかぁ?俺だったら超ムカつくけど」
ラセットも「だね、出来ることなら引きずりおろしたい」
「ええっ、そんな風に思うの?」と、緋色。
ビスタは「思うだろーが、赤星の女子と紫星の王子だぞっ?なんであいつらが自分を差し置いてって普通考えるだろ」
「えーっ⁈」緋色には到底信じられない。
「確かに、緋色や柑子殿下のようなお優しい考えを持ってくださる方もいるとは思いますが、多くの生徒はそうではないかもしれませんよ」
「まさか……!」
葡萄の言葉にコチニールは息を呑む。
「ええ、先程コチニールは〝外部からハッキングされた〟と言いましたが、実際は逆かもしれません」
「逆って?」緋色が葡萄に尋ねる。
「マゼンタとマロウ王子に嫉妬する内部の人間が、このコントロールセンターをハッキングした可能性もあるということです」




