第135話 問題発生
学園の研究開発部の敷地内では、とある倉庫からカンカンカンカンと金属を何かで叩く音が聞こえている。灰色の頑丈な壁と三角屋根で覆われたその大きな倉庫は窓が一つもないが、入口のシャッターが全開で中の様子は外から丸見えだ。
薄暗い倉庫の中は、全ての壁を囲むように四角い箱が無造作に積み上げられ、箱の所々からは金属の棒や妙な形をした部品がいくつも飛び出ている。
天井には丸い傘の付いた球体の電灯がいくつもぶら下がっているが、どれも本来の役割を果たさず、入口から差し込む太陽の光に主役を譲っている。
そして倉庫の中心には、音の出所である細長い物体の中身を一心不乱に叩いている一人の男がいた。
煤竹、六十二歳。大男のビスタより背が高く、体重もかなりのものだが、体のほとんどは筋肉で構成されている。日に焼けた肌にチリチリとカールした短い髪、唇の周りには髭を生やし、毛や瞳の色は灰色を帯びた渋い茶色だ。
彼の普段着はダボっとしたTシャツにパンツ、その上にエプロンを掛け、いかにも溶接作業に相応しい格好をしている。顔にはいつもなら溶接用の分厚いヘルメットをかぶっているが、今はそれを頭の上にずり上げていた。
煤竹は研究開発部武器開発学科の教師だ。平日の日中は当然朝から夕方まで部に所属する生徒たちに学びを授けている。
しかし授業が空いた時や放課後、休日を利用しては自分が好きなものを自由に作ったり、人から頼まれたものを作ってあげたりしていた。
そのため本日も例外なく、授業を全て終えた残りの時間を、以前戦闘部教師から頼まれた依頼に意気揚々と取りかかっていたのだ。
「いやだからっ、そっちの倉庫は今度俺たちが使う予定だったよなっ⁈」
煤竹が目の前の獲物を金槌で叩きながら倉庫の外に顔を向けると、助手の煙草が片耳を指で塞ぎつつもう片方の手首に付けた端末に向かって叫んでいる。どうやら端末の相手と口論しているらしい。
助手、いや相棒か?煙草先生とはそこそこ長い付き合いになる。
煙草は三十三歳、背丈は自分より僅かに低いが、筋肉質で力仕事にはもってこいだ。日に焼けた肌に目元は少し窪み、口元には無精ひげ、緩いカールの短髪で、毛と瞳の色は黄みが強く渋みのある茶色。服装は自分と同じ溶接作業服である。
彼はブラウン系で色光になれるにも関わらず、何を好き好んでか研究開発部の武器開発学科に進んで、卒業後は学園の教師となった。勿論教えるのは色光ではなく武器開発だ。
エリート街道そっちのけで細かい部品を一からチマチマ作ることの何が面白いのだろうか……って、それが面白いのだ。
だからこそ自分も生まれは茶系でありながら、肉体を使って相手を攻撃するのではなく、こうして物を作り上げることに熱中している。
ただし自分は常に物を作っては改良するのに専念出来たが、助手の煙草先生はいつもあちらこちらからお呼びがかかった。
本人曰く〝全くもって面倒だ〟と言いながら、呼ばれた場所へ渋々顔を出している。多才な者というのは様々な人間から求められ、何かと忙しいらしい。
「こっちだってちゃんと予約してあんだから、そっちもルールを守って……っておいっ⁈」
煙草の声が途切れた。こりゃ一方的に切られちまったな。
「柴の野郎……!」
手首の端末に向かって悪態をついた煙草は踵を返すと、こちらへと戻ってきた。それに合わせて煤竹も手元の金槌を止める。
「倉庫の件、まだあっちが使うそうです」煙草が不機嫌そうに煤竹に報告した。
「そりゃあ仕方ない。輸送機クラスも幅を取るからのぉ」
「そんなこと言ったらウチの鳥籠だって幅取りますよっ」
鳥籠とは、とある授業で使用する巨大な檻のようなものだが、それを修理するためにそこそこ広いスペースが必要だったのだ。
「まあいざとなったら闘技場で修理させてもらえばよいよい」
「いや邪魔になるじゃないですか……」
煙草は今になってわかったことではないが、煤竹の大らかさに呆れていた。この人はいつもそうだ。自分が何かを作ること以外にほとほと興味がない。たとえそれを作るために必要な手筈があったとしても。
「って、何してるんですか?」
煙草はふと煤竹の前に横たわる細長い物体に視線を下ろした。
物体は太い筒状でかなりの長さがあり、片方の先端が異様に尖っている。その筒の一部は表面が剥がされ、中の細かな部品を煤竹が先程から叩きまくっていたようだ。
「とある生徒がこれを軽々持ち上げてしまったそうで、もう少し重たく改良出来ないかと思ってのぉ」
煤竹の言葉に煙草は耳を疑う。
「持ち上げた?これ……対空ミサイルですよ……施設専用の」
「わしも何かの冗談かと思ったんじゃが」
「しかも重たく改良って、普通軽くしません?」
煙草に言われて煤竹は声高に笑った。
「これも研究の一つじゃよ。何でも軽くすればいいってもんでもなかろう」
煙草は口を呆けさせた。生徒がミサイルを持ち上げたという冗談にも呆れるが、わざわざ軽くしたミサイルを再度重く改良する煤竹にも理解が追い付かない。けれどこの人はそれを楽しそうにやっている……
その時だった、煙草の手首に巻いた端末が朗らかな呼出音を鳴らしたのは。
「柴の野郎だったら今度こそ倉庫の明け渡しを……!」
言いつつ煙草が端末に触れると、相手は今にも泣き出しそうな声で彼の名を口にした。
砂漠はやはり暑かった。
色光に変身していると暑さを直に感じはしなかったが、こうして元の姿に戻ってみると、やはり暑い。そして橙星ならではの湿度の高さはどこへやら、水分はすっかり遥か遠くへ吹き飛ばされてしまったのか、乾燥した空気だけが自分たちの周りを覆っている。あんなに嫌悪していた湿気だというのに、体が乾いていけばいくほど懐かしく感じられるのは、あまりに身勝手だろうか。
太陽はとっくに真上を過ぎた。暑さは次第に落ち着いてくるはずだが、でも暑いものはどうしたって暑い。
それにしても、このまま生身の状態でこの場所に留まるのは、良くない気がする……
マゼンタはそう思いつつ、ほんの少し離れた場所に座り込むモーヴに目をやった。
彼は呼吸こそやっと落ち着いていたが、目を閉じ、ただひたすら何かに集中しているように見えた。
何とか体力を回復させようとしている?
そう思いながらマゼンタはモーヴに今一度声を掛けた。
「大丈夫か?」
彼は砂の上に座ったままゆっくりと目を開けた。
「……何とか」
色光になって上空を飛んでいた時より、幾分調子は戻ったようだ。
「今日はあまり具合が良くなかったのか?」
マゼンタが尋ねると彼はふうと溜息をつく。
「色光化は体に負荷がかかる……色を変えているからな」
なるほど。彼女は納得した。
モーヴは普段から兄であるマロウ王子を演じるために、本来の自分の色を何らかの形で変えている。それは少なからず体に負担があるということなのか。
いや、ちょっと待て。
今まで色光実技クラスで何度も何度も色光に変身しては、歩いたり走ったり宙を飛び回ったり、何なら体術の取り組みのような授業も受けてきた。
それら全てをこいつは平然とこなしていたが、相当負担になっていたということか?
マゼンタは内心啞然としながらモーヴを見下ろす。
とんだ体力お化けじゃないか。
だったら最初から色など変えず、本当の自分で変身すればいいものを……彼女は思わず本音を漏らしそうになったが、相手の状態を鑑みて敢えて口には出さなかった。
モーヴがマロウ王子を演じていることに関して突っ込みたい気持ちは山ほどあるが、いくら彼女でも具合の悪い相手に異議を唱えるほど鬼ではない。その代わり、
「で、また色光になって空を飛ぶことは出来そうか?」
自分はともかく、こいつはこの状態のまま砂漠にいたら干からびてしまうかもしれない。それを回避するにはまた色光に変身して、なるべく早くカイクウの都に戻ったほうがいい。
モーヴもマゼンタと同じ意見なのか、彼女を眩しそうに見上げると、
「出来るに、決まってる」
ぶっきらぼうに答え、砂粒の上からゆっくり立ち上がった。
砂漠のマゼンタとモーヴが色光となって再び飛行を始める少し前、学園の研究開発部倉庫で呼び出しを受けた煙草が向かった先は、研究開発部と戦闘部のちょうど間にあるコントロールセンターだった。
窓が小さくて数も少なく、中はいったいどうなっているのか一目ではわからない地上二階建ての白い建物の内部に入る。そして白い廊下を歩き指令本部の透明な扉をくぐり抜けると、今か今かと待ちわびていた例の少年、いや、もう二十五歳の男が突然煙草に抱き着いてきた。
「煙草先生待ってたよおっ!」
抱き着いてきた男は煙草の溶接作業服に顔を埋めると、彼の服に思い切り涙をこすりつける。どうやらパニックのあまり大泣きしていたらしい。
「ココナッツ、頼むからそれは勘弁してくれ……」
相手の男は泣きながら煙草の顔を見上げた。
煙草を呼び出したのは、戦闘部色光学科所属コントロールセンター勤務のオペレーター、ココナッツだった。
ココナッツは自分と同じブラウン系だが、やはり色光ではなくオペレーターの道を選択している。
けれど彼の能力は色光はともかく、オペレーターとしてもさほど高いものではなく、何かしら問題にぶつかるとこうして煙草を呼び出しては泣きつくのだった。
煙草とココナッツは十近く歳が離れている。しかも同じ学園の卒業生とはいえ、自分は研究開発部、こいつは戦闘部でほぼ関わり合いはない。
それなのにこんなにもなつかれるのは、きっと同族だからという理由なのだろうか。恐るべし、ブラウン系の結束力……
「で、詳細は?」
煙草は自分にしがみつくココナッツの体を引き離すと、室内前列左側のちょうど空いている席に座った。
室内にはココナッツ以外にも勤務している職員が数人いたが、皆席に着いて慌てたように画面を操作したり、部屋の自動扉をひっきりなしに出入りしている。これはどうやら余程の緊急事態らしい。
「今日、色光実技クラスで実地訓練があったんだけど……」
煙草の隣の席に掛けたココナッツが涙を拭いて話し始める。
「訓練が終わって、二手に分かれて帰還することになったみたいで、その内の片方がなんか分かれちゃって、動かなくなっちゃって……」
「なんか分かれたってどういう意味だ?」
煙草に聞かれたココナッツは机上に浮かぶ画面に顔を向けると、手前で光るキーボードに指で触れる。すると画面には橙星の地図と、色光の位置を表す小さな丸い点が表示された。
「ほらここ、この二つがここから動かなくなっちゃったの……」
「こっちの三つは?」
煙草が動かない二つの点から徐々に離れていく三つの点を指差す。
「それがなんでかわかんないけど、彼らを置いてどんどん先へ進んでいっちゃって……」
画面には計十個の点が表示されていた。内五個の点はまとまって飛行しているが、もう片方の点はココナッツが言う通り二つに分かれ、しかもその内の二つの点は動きを停止している。
「こいつらに連絡は取れないのか?」
「それが、なんでか通話が出来なくて……」
「全員と?」
「うん。それを今皆さんに調べてもらってるんだけど……」
ココナッツが周囲を駆け回る職員たちに顔を向けた。
なるほど、それでこんなに慌ててるわけか。
「にしても、こんな飛び方してる奴はいったい誰なんだ?」
煙草に問われココナッツが再びキーボードに触れると、画面の点から矢印が伸び、それぞれの色光に変身した人間の画像と名前が表示された。
「ゲッ……」煙草の口から思わず苦い声が漏れる。
五個の点を先導しているのはチェスナット、そして三個の点のほうはガンメタルだった。
(アイツ授業に出たのか……)
本来なら色光クラスの担当はガンメタルだったが、そいつが全く姿を見せないせいで、煙草はこれまで何回も何十回も何百回も助っ人を頼まれている。そのサボり常習犯が実地訓練に顔を見せたとは……
煙草はふと、砂漠上で停止している二つの点に視線を移した。二つの点からも勿論矢印が伸び、顔画像と名前が記されている。
「へえ、あの二人か」
停止している二つはあの赤星から来た少女と、紫星の王子だった。
「なるほどねぇ」煙草が背もたれに背中を預ける。
「何がなるほどなのっ……⁈」ココナッツは前屈みになると、煙草の腕を両手でガシッと掴んだ。
「まあ、こいつらなら大丈夫だろ」
「えええっ……⁈」
ココナッツが声を抑えながら目を見開く。
どこがっ、どこが大丈夫だって言うのっ⁈こんな緊急事態だっていうのにっ‼しかも動かなくなったのはあの紫星の王子様だよっ‼これってどう考えてもヤバいに決まってるでしょっ⁈
ココナッツの心臓がバクバク音を立てる隣で、煙草はガンメタルの考えを読んでいた。
(奴のことは気に食わない。いつも人に授業を押し付けやがるし)
でも、もし砂漠であの二人の能力を目の当たりにしたら、もし彼らが教師の指示を簡単に遂行してしまったら、砂漠を飛行して学園に帰ってくるなど朝飯前だと思うだろう。それこそ自分の助けなどいらないと判断するかもしれない。特に教師としてのやる気が皆無だった場合は尚更……
その時、画面上で停止していた二つの点が急に動き出した。速度こそガンメタルたちには及ばないが、それでも確実に彼らの後を追っている。
「あっ、動いた!」
ココナッツの目に光が灯った。
「なんだ、ただ休憩してただけか?」と、煙草。
「そんなことってアリなのっ⁈」
「普通ねえだろ」
教師が疲れた生徒を砂漠に置き去りにするなんざ、普通はない、普通は。
「それとも、システムエラー……?」
ココナッツが言いつつ隣に座る煙草に顔を向けると、相手は無言のままこちらを睨んでいる。
「いやっ、でもっ、さっきまで、ホントに、ずっと、動かなくてっ……!」
ブンブンと首を横に振るココナッツを見て、煙草は溜息をついた。
「まあでもとにかくまたこいつらが飛び始めてよかったわ。それより通話が出来なくなったってのを直したほうがいいだろうな」
ほっとしたココナッツが、今度は首を勢いよく縦に振る。
彼の隣で煙草は背もたれから背中を起こすと、目の前に浮かぶ画面のキーボードに手を置いて、忙しなく指を動かし始めたのだった。
それから時は過ぎ太陽が地平線に傾く頃、学園の戦闘部内ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
戦闘部の敷地内の一番奥にある色光フィールドで、とある人物が自分より背丈も体重も体格もあり、年齢もキャリアも上であろう人間に突っかかっていたのである。
その人物は普段から皆に優しく誰にでも丁寧で、尚且つ外見も整っていたため生徒からも教師からの評判もかなり良かった。
その彼が大柄で強面の先輩教師に突っかかっていたから、周囲の生徒はかなり驚いて二人の動向を固唾をのんで見守っていた。
でも彼の思いもわからないでもない。事は学園を、いや橙星を揺るがしかねない事態に発展する可能性があったからだ。
「いったいどういうつもりですかっ⁈」
色光から元の姿に戻ったチェスナットが、同じく元の姿に戻ったガンメタルを睨み上げる。
チェスナットは今にも相手の胸倉を掴みそうな勢いだったが、相手も相手で全く動じずにイケメン教師を冷たい眼差しで見下ろしていた。
「自分についてきた生徒だけと帰還して、脱落した生徒を放っておくだなんて、あなたそれでも教師ですかっ⁈」
自分たちと共に帰還した生徒たちも、既に色光から元の姿に戻って、おろおろとこちらを窺っている。
こんな教師同士の喧嘩、生徒たちの前で絶対に見せるものじゃない。それでも今はそんなことを言っている余裕はチェスナットにはない。
生徒を砂漠に置き去りにした、しかもその生徒が紫星の王子と、赤紫色の少女だなんて……!
「あいつらなら何の問題もない」
全く表情を変えずにガンメタルが言い放った。
「どうしてそう言い切れるんですか⁈」
「あいつらの能力なら自力で帰還出来るだろ」
「そういう問題じゃないでしょう⁈」
チェスナットは先輩教師の頭を心から疑った。
ガンメタル……色光クラス担当の教師でありながら、ほとんど授業に顔を出したことはなく、自ら生徒たちに何かを教えた姿など一度も見せたことはない。そしてたまにこうして実地訓練にやって来たと思えば、とんでもない事態を引き起こす。この人は、教師失格だ……!
「とにかく彼らを迎えに行かなくては……!この件は学長に報告させてもらいますからそのおつもりで」
「好きにしろよ」
チェスナットはガンメタルを鋭く睨んだまま、颯爽と踵を返した。
だが相手は相変わらずの冷たい視線でチェスナットの背中を見送っていたのだった。
チェスナットとガンメタルが色光フィールドで決裂した頃、同じ敷地内ではいつものメンバー、特に戦闘部に所属する例の彼らが一所に集まっていた。
と言っても彼らが集まっていたのは戦闘部の敷地の奥にある色光フィールド側ではなく、手前の中央棟にほど近い体育館の近くだった。
中央棟の側に体育館は二つある。一つは中央棟に併設された学園の全生徒が使用出来るもの。もう一つは戦闘部に所属する生徒たち専用のもの。
彼らが集まっていたのは、その戦闘部専用の体育館のほうだ。ここでは主に槍術の授業が行われている。
しかし体育館は今日の槍術クラスが全て終了したのか、しんと静まり返り、壁の両側にいくつか設置されている扉も全てきちんと閉じていた。体育館の周囲も人の姿はほとんどなく、皆帰宅の途についてしまったらしい。
けれど彼らだけは体育館の側にある一つの白いベンチに群がって、何やら神妙に話をしていた。
ベンチは木製で横長の背もたれがあり、体格のいい大人なら三人くらい余裕で座れる大きさだったが、今はビスタとラセットの二人が座っている。
二人の隣にはコチニールと葡萄が立ち、緋色と柑子とマルーンはビスタとラセットと向かい合うように立っていた。
「俺、色光学科から対人学科に進路変更しようと思ってさ」
「ええっ⁈」
ラセットの報告にコチニールたちは驚きを隠せなかった。
ビスタは親友からあらかじめ報告を受けていたのか、驚きを見せることはなく、ただ口をつぐんでいる。
「え、でもおまえブラウン系じゃん!ブラウン系と言えば色光使いの一族じゃん⁈」緋色が思わず前のめりになった。
「うん……でもやっぱ、俺には素質がないってゆーか」
「せっかく学ぶ機会があんのに、ここで諦めんのかよっ⁈」
緋色の言葉に柑子やマルーンは何とも言えない表情になる。たとえ学んだとしても、色光はやはりそう簡単に誰でも変身出来るものではないのだ。生まれが色光使いの一族でも……
「諦めるっつーか、元々そんなに色光になりたかったワケでもないしさ」
「ええーっ⁈」緋色が今度はのけぞった。
自分なら絶対色光になりたいのに!
「ま、まあ、ラセットがそれでいいならいいいんじゃない?」と、苦笑いを浮かべるコチニール。
葡萄も「進路選択は本人の自由ですからね」
「そりゃそうだけどさぁ……」相変わらず緋色少年には色光以外の選択肢はない。
ふと、コチニールはラセットの隣で黙り込んでいる大男に視線を移した。
「ビスタは?」
コチニールに問われた大男が顔を上げる。
「俺は今まで通り色光学科で行く」
ビスタの瞳の奥に何か闘志が宿っているのを感じたコチニールは、自分でも無意識に微笑んでいた。
「そっか、そうだよね」
「おうっ!オレもずっと色光学科だぜっ!」ビスタの答えを聞いた緋色も、瞬時に活気を取り戻す。
これで色光学科に所属するのはコチニール、緋色、ビスタで、対人学科が葡萄、柑子、マルーン、ラセットになった。
緋色はラセットが色光学科から脱落したとはいえ、ビスタと共に色光の良さについてわあわあと語り始める。しかしそんな二人を眺めながら、柑子はぼんやりと考えを巡らせていた。
(自分なら、絶対に色光になろうとは思わない)
そもそもの話、等身大の姿において体術も剣術もままならないのに、色光化なんて絶対に無理だ。なのに緋色もビスタも色光に挑戦するだなんて……
柑子からしたら彼らがやろうとしていることは、尊敬を超えて無謀にも思えた。
自らの内側の光を増幅させて巨大化して、全く異なる生物になって戦う。しかもそこからまた剣だの銃だのを生み出すだなんて、無理にもほどがある。
でも……その無謀を簡単にやり遂げてしまった人物が二人いる。勿論、マゼンタとマロウ王子だ。
二人は柑子にとってもはや同じ生徒とは思えない、異次元の存在となっていたのだった。
その時、誰かの端末が元気よく音を鳴らす。
「あいよっ」
たった今進路変更を表明したラセットが、自らの手首に巻いた端末に返事をした。
端末の相手はどうやら同じ戦闘部に所属しているラセットの友人らしい。友人はまさかラセットの周りに他の生徒がいるとは思っていないのか、それともそんなのいちいち気にしないのか、興奮したように話のネタをまくし立てている。
が、その内容を耳にした彼ら全員の顔色がみるみるうちに変わっていくのに、さほど時間を必要としなかった。
夕闇迫る学園内のとある巨大格納庫の中にも、重大ニュースは届けられた。
戦闘部内とはいえ人通りがほぼなく、存在すら忘れられているその灰色の四角い格納庫には、現在紫星から来た宇宙船が収められている。
中心が球体で、左右は先端が鋭い羽根を折り畳んだような形をした銀色の宇宙船は、言わずもがな紫星の王子一行が乗船し、この学園で生活を送る拠点でもあった。
その宇宙船の球体部分にはティールームが設けられている。紫星の王子たちが顔を突き合わせては茶を嗜む場所だ。
ティールームは室内正面に外を見渡せる窓が一つ、壁と天井は柔らかな白色で、天井には埋め込みのライトが数個、床は毛足の長い白い絨毯で覆われている。
窓の手前には淡い紫色のソファが一つ、ソファの前には白いテーブルが設置され、室内に余計な調度品の類は一切ない。
モーヴの双子の兄であるマロウ王子は、このティールームのソファに座って、紙でできた本に目を通していた。
背中を背もたれに預け脚を組み、片腕は肘掛けに置き、分厚い表紙のまるで辞書のような本のページを一枚一枚丁寧にめくっていく。
本の内容は橙星の歴史に関するものだったが、果たしてそれが面白いのかつまらないのか、マロウの表情からは読み取れない。だが彼は瞳を休ませることなく、本の文字をひたすらに追っていた。
その時、ソファの対面側にある扉が音もなく開いた。扉は人の姿を感知すると、真ん中から両サイドに自動で開く仕組みとなっている。
マロウが手元の本から顔を上げると、扉から室内に入って来たのは、執事のヘリオトロープだった。
しかし彼の顔を見た瞬間に、マロウは尋ねる。
「何かあった?」
いつも穏やかなヘリオトロープの表情が、激しく揺れ動いていたのだった。




