愛の伝道師⑩
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二回目の呼び出し音で通話が繋がった。
「鈴木さん?」
陽の声だ。僅かに緊張しているようだ。まあ無理もない、よしおという男は誰にでもある種の緊張を強いる。
「夜分にすみません」
「い、いえ、構わないわ。どうしたの?」
よしおは要件を切り出した。
「相談したい事があります。三分ほどお時間頂けますか」
陽が枕の上で身体を起こした気配が、電話口から伝わってきた。
「ええ、構わないわ。話して」
声の調子に動揺の色はなかった。本当のところ内心では右往左往していたのだろうがそれを外に出さない辺り、多少はタフになったらしい。隠し鬼の一件以前の彼女ならもう少し声に動揺が滲んでいただろう。
「単刀直入に言います。集会所に厭なものが集まり始めています」
「集会所?」
「先日お話しした、僕が現在所属している教団の定例の場です」
陽は数秒黙った。
「鈴木さん、その教団というのは……」
「真心の泉です」
「ええと、それで……厭なものというのは」
「浮遊霊の異常増殖です。人に害を及ぼすタイプです。最初は一体二体だったのが、あっというまに増えましたね。発生源は集会所にいる誰か──あるいは何かだと思いますが、特定はしきれていません」
陽は暫時沈黙し、ややあって──「鈴木さん、少し時間を頂けるかしら」と答えた。
「と言うと?」
「私個人の判断で動ける案件ではないの。一度組織に上申してからお返事をするわ。明日の昼までには連絡する」
「分かりました」
ああそれと、とよしおが続けた。
「ところで茜崎さん、もう一つだけ伺ってよろしいでしょうか」
「な、何かしら」
「茜崎さんをどの様にご紹介すればいいかを少し相談したいのですが」
「紹介?」
「ええ。突然連れて行く以上、何かしら名目は必要かと。集会所の方々はよく知らない方が突然来ると警戒されますから」
「あ、そ、そうね……」
「茜崎さんも愛を求めて来られた、という事で如何でしょう」
陽は再度沈黙する。先ほどの沈黙は段取りを考えるためのポジ味のある沈黙だったが、今度の沈黙は毛色が違う。
「う……うぇ、あ、愛……?」
「ええ、愛の探求者として。一番自然です。皆さん優しく迎えて下さいますよ」
陽は寝室の天井を見上げた。十六歳の少女の中に、複数の感情が同時多発的に噴き上がる。十六歳の女子高生が「愛を求めて宗教団体の門を叩いた」という設定を引き受けるという事の意味、それを引き受けさせている男の無神経さ──その辺の事を考えて、もっとマシな言い訳はないのかと尋ねようとしたがやめた。
結局、それが一番穏当だろうとすぐに思い至ったからである。
「わ、分かったわ……それでお願い」
「ありがとうございます。ではそうですね……茜崎さんは今恋人はいますか?」
「え、い、いない、けど……なんなの!?」
「なら死んだ事にしましょう。事故でいいですか?」
「は?」
「事故で恋人が死に、茜崎さんは愛を喪ったわけです。愛を知りたいと新宿はコー横広場で夜な夜な男を漁る毎日を送っていた……」
「待ってよ」
「そんなある日、仕事で通りかかった僕に売春を持ち掛け、僕が諭した──そんな感じでいいですね」
「良くないわ!」
そして言うだけいって、よしおは満足げに「では」と告げて電話を切った。




