愛の伝道師⑨
◆
翌週の定例集会。
いつものように心の傷をペロペロとなめ合った信者たちは、普段ならば体の相性の良い者と連れだってホテルなり施設の仮眠室なりへ繰り出すところだが、この日はそんな気分の者が少ないのか、ぱらぱらと帰宅していく者が多かった。
よしおは丁度その時、介護で悩んでいた美奈子と雑談をしていた。二十八歳の、教団に毎月二万円を喜捨している女である。話の内容は何てことのないものだ、よしおの線が細い事を気にしたのかなんなのか、普段食べているものから始まり、よしおには恋人はいないのかとか、そういう、まあ──モーションめいた内容である。
よしおはと言えばそんな美奈子の拙いアタックを冷たくあしらうと言う事はなかった。この男からすれば美奈子は同士である。共に愛を模索する仲間だ。仲間が雑談を欲しているとあらばそれに付き合うくらいの社会性は当然ある。
社会性とは鈴木よしおの代名詞なのだから。
しかし雑談の最中、よしおはほんの一瞬目を細めて、おもむろに目の前で楽しそうに話している美奈子の頭上にゆっくりと手を伸ばす。美奈子は驚いた様子を見せたがよしおの手を避けようとはしない。
なぜなら信頼しているからである。
それどころか何を思ったか、年甲斐もなく頬を紅潮させてよしおを見る始末だ。
あるいは、という思いがあったのかもしれない。
まあこの教団の性質を考えれば無理からぬ事だ。「真心の泉」は愛の行為──要はセックス! ──にて心を充足させる事を奨励している。某大学のセックス・サークルも真っ青になるほど風紀が乱れているのだから、つまりは美奈子はよしおから誘いを受けているのだと思ってしまったわけだ。
が──。
「失礼、虫が飛んでいたのです。少し大きい虫でした
。刺されたら痛むかもしれませんから」
よしおはそう言って、ぎちり、と握り絞められた拳を美奈子に見せた。
「ほら、暴れています。音を聞いてみてください」
そういって拳を突き出すよしお。
面食らっていた美奈子だが、恐る恐るよしおの拳に耳を近づけると──。
──ギィイイイ……
──キイィエエエエ……
なにやら甲高いというかか細いというか、聴いているだけで胸が締め付けられ、背筋がぞわぞわしそうな音──声? が聴こえてくるではないか。
「鈴木さん、これ……何か……声、が──」
「羽と羽が擦れている音かもしれませんね。それにしてもここは何だか虫が多い。古い建物だからかもしれませんね」
そういってその場を立ち去っていくよしおの背を、美奈子は何とも言えない気持ちで見送った。
◆
指先まで甘い匂いがする
愛してる ねぇ、愛してる
なぞる喉元真っ白なままで
あなたのすべてを飲み干して
ひとつになりたかっただけ
骨の髄まで愛してあげたかった
でももうできない
祈っても あがいても 二度とは
Foreverもう、二度とは
だってあなたはもういない
冷たくなったあなたはわたしの胃の中で熱くなってる
・
・
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帰路、よしおはDACCOというオルタナティブロックの歌手のとある歌を口ずさんだ。沖縄出身の男性シンガーソングライターであるDACCOは、一言で言えば病んだ曲で知られている。まあ近年の活動では、かつてのトゲトゲしさは残しつつも、「生命の輝き」や「赦し」といった、より温かく包み込むような楽曲も増えているのだが。よしおのお気に入りの歌手の一人だ。
それはともかくとして、そんな歌を口ずさみながらよしおは考えていた。
──ここ最近、集会所に厭なものが集まっている。普通、どこにだって浮遊霊の一体や二体はいるが、最近はとてもとても普通とは言えない。
握りしめた拳をさらに強く握りしめると、拳の隙間からどろりと粘着質な黒い何かが滴り落ちる。
最初からこういうモノがたむろしていたわけではない。ここ最近急に増えてきたのだ。放っておけば、信者たちに明確な害を及ぼすであろう。よしおも見つけ次第駆除してはいるのだが、いかんせん数が多い。
このまま増え続ければ、いずれはよしおの手に余るようになるだろう。
これは実のところ、よしおの苦手な相手であった。
よしおは強力な悪霊とサシで対峙する事を得意としている。よしお個人の対霊的戦闘力の高さ、協調性のなさ、無差別性など評価した結論だ。
対して、苦手な相手も存在する。
それは条件付きの多勢だ。
例えば今現在ビル内で多数発生しているアレやコレやとか。
ああいうモノには必ず発生源が存在する。それを絶たなければ埒が開かない。
発生源は大体決まってる。特定の呪物か、人間かである。
人無くして霊はなし。
ビルに出入りする全ての人間を皆殺しにして、その後出てきた霊をことごとく滅ぼし尽くしてしまえば事は解決する。
しかし今のところ、それを以て「解決」だと宣うほどよしおはイカれてはいなかった。
普段のよしおはそれなりにクールなのだ。
──僕一人では手に余る。さてどうするか、放っておくのも良くないだろう。たむろしているモノは良くないものだ。僕の大切な仲間たちに被害が及ぶ。いや、待てよ。彼女なら良い知恵があるんじゃないか?
よしおはスマホを取り出し、緑のアイコンをタップした。
本作のフレーバー・ページです。本ページは「鈴木よしお地獄道」のあれこれをそれっぽくHTMLで作成した資料集のようなものであり、登場する如何なる団体、名称等々全て架空のものなのでご了承ください。
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