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呪われた姫の婚姻  作者: 翠葉
第1章 婚約準備
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親愛なるマリアンヌ様


『親愛なるマリアンヌ様へ


 初めて手紙をお書きします。私はクリスチアーナと申します。

 今まで手紙を差し上げられず申し訳御座いません。私がマリアンヌ様の事を初めて知ったのは一週間前、神父様を通じての事でした。

 幼い頃にご病気で塔へとお入りになられた姉上様がいらっしゃる。リンデラント王国にはその方が花嫁として向かわれるのだと。


 私はとても驚きました。私にお姉様がいらっしゃった事にも、リンデラント王国に嫁がれるという事にもです。城では私が嫁ぐ事になると噂になっていましたし、私はその話を聞いて泣き出してしまったのですから。

 マリアンヌ様は私の身代わりとしてリンデラント王国に嫁がれるのだと、神父様は仰いましたけれど本当なのでしょうか?


 本当ならお茶会を開いて、マリアンヌ様をお招きしたいのですけれど、ご病気が重く倒れてしまったとお聞きしました。

 そんなお体で私を庇って下さるなんて、マリアンヌ様はとても優しく、勇気のあるお方なのですね。


 お父様は、来月お姉様の為に夜会を開くと仰いました。その時お逢いできる事を楽しみにしています。


 どうか今は、お体を休めてご健康を取り戻してくださいますように。

 あなたの忠実な妹 クリスチアーナより』



「……」

 真っ白な、王家の紋章の透かしが入った便箋に綴られた文字は流麗で乱れもなく、高い教養がある人間が書いたものだと一目で解るものだった。

 僅かに花の香がするのは、香水の香りを移したのだろう。頭が良いばかりでなく、年頃の少女らしい気遣いとセンスに溢れた素晴らしい配慮だと思う。

 思う、けど……


「ねえ、ローラ……この手紙に書いてある『マリアンヌ様』って、どなたの事なのかしら…」

「姫様の事に決まっているではありませんか。お見舞いの花束はこちらの飾りますわね?」

「まってっまってローラ!おねがい一人にしないで!このお返事をどうすればいいのか一緒に考えて?!」


 呆然とする私に事実を突きつけ、あまつさえ置き去りにしようとする乳母兼侍女に私は泣きついてお願いする。


(なんでこんなに評価高いの?!病弱で倒れてしまうような体を押して、妹の身代わりになって嫁ぐ姉って誰の事なの!私の事だよね!知ってた!!)


 その内情は、奇行が過ぎて塔に隔離され、お陰で運動と縁がないまま育ち、結婚話が出たからと外に出てダンスのレッスンを頑張ったら、そこで初めて幼児並みの体力であると知れて寝込んだという間抜けな話なんだけど。


「ねぇローラ…私って傍から見るとこの手紙の通りなの?それとも、私の妹が天然なだけ?」

「…クリスチアーナ様は王や王妃様からも可愛がられていますし、貴族の派閥を超えて人気のあるお方ですから。

 今まで、誰かに騙されたり、敵意を持たれたりしたことがないのでしょう」

「天然だった!」


 軽く絶望した私はがっくりと机に手を突いた。

 多分妹は、本当に今まで姉の事を知らずに育ち、祖国を離れて敵国に向かうという絶望的な時に、その姉が救いの手を差し伸べたという形になったのだろう。

 間違ってないけど間違ってると言いたい…そもそも、私が嫁ぐ事は王命だったから従う以外道は無かったのだし、別に妹を可哀そうに思ったわけでもない。

 一度も顔を見た事もなければ、手紙も来ないのだから仕方ない。時々ローラが妹姫がどうこうと口にしたり、番兵から『お姫様』の話を聞く程度の接点しかないのだから、名前だけなら知ってますって程度の他人なのだ。双子だ、妹だと言われても全く実感がない。


 だというのに、この重いくらいに信頼のこもった手紙にどう返事をしろというのか!どんだけ美化されてるの!私!!


「……とりあえず、お礼状は早い方がいいかしら」

「そうですね。姫様は体調を崩されているのですから、礼状だけでよろしいでしょう。お返しの品は必要ないかと」

「今書きますから、添削をお願い」


 色々…本当に色々と思う処はあれど、妹には罪はない。純粋に私を心配してくれているだけなのに八つ当たりはいけない。

 そう何度も心の中で唱えながら、体調はもうすっかり良い事。お嫁入りの話は本当だけれど、身代わりではないという事。夜会は私も楽しみにしている事などを書いて、最後に花束の礼を書き封をして送ることになった。

 もちろん、ローラの添削で純粋な妹が傷つかないよう、王や王妃への批判に聞こえる言葉もないように、そしてなにより、私の本性がばれないようオブラートに包みつつ、耳障りのいい言葉を使っての返事になったのは、言うまでもない事だった。


(いい子なんだろうけど…優しくて教養もあって、純粋で可愛らしい方なんだろうけど……なんだろう。お近づきにはなりたくない気がするわ)


 そんな私の予感めいた思いが的中するのは、しばらく後の事だった。

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