第20話 龍の化身
「相変わらずこういうところが貴方はバカなの」
「一言もない」
形としては、殿様がジュニアとタロサを抱きしめている。
問題はタロサの背中から炎のように噴き出している巨大な翼だ。
つまりタロサが天高く飛び、殿様とジュニアはタロサにしがみついているのが実態だった。
「どこが『私の子』なの。どうして全部独りで抱え込むの。タロサはドラゴンの化身なの。ドラゴンが人間を依り代にして人の形で生まれたの。個人どころか一地方でさえ手に余る問題なの。こんな重大な事をどうして隠していたの」
「隠してない。普通と違うのは分かってたが、あの人の子供だからそういうものだろうとみんな納得してた」
「うーん、ちょっと変わった普通の子扱いだったのは事実だから、そう言われると納得してしまうの」
おおおおーん、と、タロサが叫んだ。
遠くの木々が揺れた。
殿様は感じ入った様子で、良い声だなぁ、と言った。
「やはりおひいさまは正真正銘の山の神様の花嫁だったんだ。それにしてもどうしてここなんだろう。この地方でドラゴンと言っても本当におとぎ話なのに」
「昔からドラゴンが人の姿で現れたら、とんでもない事が起きる前兆なの。でも良い事か悪い事かは分からないの。とにかくこの地方だけじゃなく皇国全体に影響が出るだろう世紀の大事件なの」
「皇帝陛下になったんだな」
殿様はしみじみと言った。
「好きでなったんじゃないもん」
「独りでこんなとこまで逃げて来たのを見た時は自分の目を疑った」
「今は本物のジュニアが身代わりになってるの。最初は本当にあの子が来る筈だったの。でもあの子は近頃急に背が伸びてるし、ボクの影武者が出来るのもこれが最後だと思ったの」
「皇帝って、誰かがやらないとその座を奪い合って争うしな」
「そのくせ大臣たちのする事に迂闊に口を出すと揉めるの」
「御簾の陰に切り株でも置いとけばいいんだよ。ただ……」
周りが全部やってくれるのって楽でいいなぁと、思わなかった訳じゃない、と殿様は呟いた。
「久しぶりで会った貴方は浮浪者どころか、ほとんど野生動物だったの。自分ばっかりのびのびと好き勝手に羽を伸ばしてたの。ズルいの」
「ごめんなさい」
殿様は耳を倒して謝った。
「宮殿を空っぽにしてて良いのかとか、どうして今更ここなのかとか、いろいろある筈なのに、比べようもないけどなんだか昔をやり直してるみたいで嬉しくて、ついどうでもよくなってしまって、だからおババが怒った」
「おババさまはご無事かしらん」
「分からん。あの程度でどうかなるくらいならとっくに死んでる人だからなぁ。でも父上も最期はあっけなかった」
今のタロサは、顔こそあどけないままだが、目が赤く輝いていて明らかにいつもと違っている。
「ボクたちはずっと、貴方を死なせてしまったと思っていたの。『伝説の英雄』は貴方のお父さんに打ち明けて手をついてお詫びしたの。でも獰猛候は自分の息子が悪いと言っただけで、貴方が生きている事を教えてくれなかったの。後でお会いした貴方のお母さんも同じだったの。でも3年前、任地出発で挨拶に来た貴方を遠目で見た時から、どうしても確かめたいと思ってたの」
「父上は戦局如何でまだまだ状況が変わると考えていた。今日は詫びられても、明日は責められるかもしれない。協力はしたが、英雄が本当に貴方を皇帝に据えてしまうとも思ってなかった。今だってクーデターが起きて貴方の帰る場所は無くなっているかもしれない。この平和はとても脆くてすぐ壊れてしまう仮初めの姿に過ぎないから」
「この子、どこへ行く気なの」
「風に乗ってる。『ドラゴンの寝息』の出処、山の最深部だろう」
「それは山の神様が呼んでるって事なの。じゃあ、そこに着いたら降りられるかしら」
「無理かもしれない」
「どうして」
「古い噴火口で、どこまで続くか誰も知らない穴だから」
◇◇◇
「うっそーん」
タロサの光の玉が落ちた辺りでおババの息子は仰天していた。
「おっ母、なんで生きてるだ?」
おババはまだ半分地面に埋まった状態から抜け出そうと躍起になっていた。
『一の長』は厳かに宣言した。
「これより第3号戦時体制に入るだ。皆に伝えれ。これは訓練ではねぇ」
◇◇◇
「じゃあ、このまま、この子と一緒に地の底行きなの」
「そうでもない。でも迷ってる。これはチャンスかもしれない」
――世界の果てまで自由に旅をしよう。
「このまま、あの穴に入れば如何にも干からびてすぐ死にそうだが、もしかしたら今度こそ冒険の旅の扉が開くかもしれない」
殿様の言葉にジュニア、いや皇帝はムフムフと笑い出した。
「それはなかなか悪くないの。お飾りの皇帝とホームレスの領主がドラゴンの子に誘われて別世界へ旅立つおとぎ話なの」
しかし皇帝は、ちょっと寂しそうに言った。
「でも分かってるの。こういう時に貴方はいつも結局、やるべき事をやってしまうの」
「ごめんよ」
「いいの。お互いに今までだってじゅうぶん冒険の日々だったの。特別などこかに行かなくても、今居る所で生きる事が既に冒険だと分かったの。でも前に約束した事を思い出して欲しかったの」
「忘れた事なんかない」
殿様はそこでちょっと言葉を切った。
これもきっとおババの思惑通りなんだよなぁ、と、ぼやいてから、続けた。
「どこまでも一緒に冒険しよう」
殿様は目を閉じて息を整えた。そしてタロサと皇帝を抱き直すと喉を鳴らし始めた。
音というより振動のような途切れる事のない低い音が荒ぶる魔物を鎮めてしまう。
代々の辺境候が領主を務めるに値した本当の理由は、爪でも牙でも敏捷性でもなく、この能力にあった。
タロサの翼は次第に小さくなり、それにつれて3人は抱き合ったまま山の中に、ゆっくり降りていった。
あけましておめでとうございます
次回は第21話「生きることは冒険だ」です




