【1】
——走る。
息を切らしながら、ひたすらに。
弓矢が腕を掠め、肌を切り裂く。
背後から響く怒号。
それでも、ひたすら走る。
もうすぐ——もうすぐの筈だ——。
濃い霧。
辺り一面に濃霧が広がり、追うも追われるも飲み込まれる。
一か八か。
霧の中を走る——。
「魔女の城……本当に、あったのか——」
在る。とは知っていたが、魔女は来るものを選ぶという。自分が、果たして魔女のお眼鏡に叶うかどうか——賭けだった。
賭けに負ければ、俺は捕まり、口を封じられる。
全身に傷を負い、汗だくの泥まみれ。上がる息をどうにか整える。
暫く門前で立ち尽くしていると、静かに扉は開く。
「こんにちは。どうぞ、中へお入り下さい」
少年が現れる。
男は、言われるままに、魔女の城へと足を踏み入れた。
魔女。
そう言われると、誰しもが老婆の姿を思い浮かべるが、男の前に姿を見せた魔女は、想像以上に年若く驚く。
冷たいお茶を差し出され、乾燥し切っていた喉を一気に潤す。
「すまない。助かった」
口を拭う。
「相当危ない橋の様ね。困るのよ——あんな物騒な連中にうろつかれるの。それで、何故追われていたのかしら。話くらいは聞いてあげてもいいわよ」
金髪の魔女は冷ややかな視線を送る。
男は、感じ取る。
別段歓迎されているわけではない事に。話の内容によっては、恐らく。容赦なく外に放り出される。そうすれば——男に待つのは。
音を立てて唾を飲み込む。
そして、懐にしまい込んでいた、それを魔女の前に差し出す。
「魔法のランプ。奴らの狙いはこれだ」
突如差し出された遺物に、魔女達は顔を見合わせた。
「俺は、ベルズ。発掘の仕事をしている。これは、先日。サリア砂漠の遺跡で見つけた。本物だったら世紀の発見になる。すぐに鑑定してもらった。ところが——偽物だった。がっかりさ。皆方を落として慰め合った。でも、すぐに事件は起きた。俺達が滞在しているテントが何者かに襲撃された。仲間は、みんなそこでやられた。俺は、たまたま外出していて助かったが……。おかしいと思った。このランプが見つかった途端に、発見者を消すなんて——。だから、このランプは本物だったんじゃ無いかって考えた。手柄を全て横取りする為だったんじゃないかって。俺は、仲間の為にも、このランプを守らなきゃいけない。俺達が見つけたんだって。でも、奴らは俺を追ってきた。俺を始末して、このランプを手にするつもりなんだ」
男は経緯を話し終えると、魔女はランプを手に取る。
「——魔法のランプね」
ルナはじっとそのランプを観察する。
ただの黄金のランプ。装飾は一切ない。
伝説では、魔法のランプには魔神が住んでいるという。ランプを擦ると、その魔神が現れ願い事を何でも三つ叶えてくれると。
魔法使いでも敵わない程の力を持った魔神。そりゃ、魔法が使えない人間からすれば、喉から手が出るほど欲しい代物だろう。
でも、今のご時世。
こうして魔女や魔法使いの制度が整備され、かつての魔神の様に、願いを叶える仕事をしている者も多い中。仮に魔法のランプが本物であっても、その価値はどれほどのものであろう。
——やっぱ、無償ってのが絶大か。
仕事で在る限り、対価は必然。
——そう考えると、やっぱそれなりの価値にはなってくるのか。そもそも、これ今も魔神住んでるん?
ルナは小首を傾げ、徐にランプを擦り始める。
「あ——」
「え」
「ちょっ——ルナ?」
その場を唖然とさせるものの、残念ながら魔神は現れない。
「んー。やっぱこれ偽物なんだわ」
「——あんたねぇ、万が一本物だったら、どうするつもりだったのよー」
「そん時はそん時。なんか適当に三つ願い事すれば済む話なんだわ。ジュース取ってきてとか」
——ぐぬぬ。パシリに使っていいものじゃないわよ! 全く。
怒りをグッと飲み込む。
「——偽物か……」
男は残念そうな顔をした。
「でも、偽物ならどうしてそこまでして欲しがるのかしら」
「本物だって思っていれば欲しいものさ。奪ってから試そうとしてる。もしくは——試した後だとか。それなら、今ここで何も起きなくても不思議ではないんだわ」
「そうか——」
男は、それだ。とばかりの表情。
「さて、どうして欲しい? 一応。聞くだけなら聞くんだわ」
魔女は問う。
願いを——。




