【5】
三本の尾を持つ狐。
純白の狼に続いた珍しい動物に、観客はこれも出し物だと思い込んでいた。
「えーうそー。予想外でーす」
ローズは観客に聞こえない声で呟き、フランネルと目を合わせる。
フランネルは、静かに狐に歩み寄り獣の言葉で話しかけた。
「檻を壊したのか?」
狐は答えない。
「ここで騒ぎを起こせば、命はないぞ?」
「……感じる」
「感じる?」
「あっち……とても大切な、何か……」
何を言おうとしているのか。何を感じたのか。フランネルは、狐の視線が一点を見つめている事で察した。
かつての自分にも訪れた、あの感覚。
ローズと初めて会った時の——離れ難く、強く引き付けら、抗えない——。
この狐は、今この瞬間に、己の主を見つけたのだ。
フランネルは、美しい声で鳴く。
その声を聞いたクロは、ルナの肩に乗り耳打ちで事情を伝えた。
「ほーん。なるほどね。あの子の主があの観客の中にいる訳だ。凄くね? こんな事って、あるんだねーびっくりなんだわ」
こっそり袖から舞台を見守っていたルナの所へ、団長と魔法庁の人が現れる。
「どうしようー。逃げちゃったよあの狐。取り押さえに行ったら、騒ぎになっちゃうよー」
団長は慌てふためいている。
「なんたる失態だ! 今すぐ捕縛の準備を——」
「ちょっと待って欲しいんだわ。あの子の事は、私達に任せてくださいよ。団長。あと、捕縛も必要ないんだわ。——丸く収めてあげるから、そこで待ってて」
「し、しかし——」
「魔法庁が現れたら、せっかく盛り上げたのに、全部水の泡になるんだわ。それに、観客はこれも演出だと思ってる。だからこそ、それを利用するってわけ。最悪——どうにも手に負えなくなったら、その時手を貸してくれればいいんだわ」
ルナはそう言い残すと、舞台に再び上がり、一点を見つめる狐の元へと向かった。
「ルナ。何をするつもり?」
「ま、見ててよ」
通りすがりに一言だけ会話を交わす。
「さてさて——今宵はサプライズゲストをお迎え致しましょう! この世にも珍しい桃色の毛並み。そして、三本のしっぽを持つ狐ちゃん。この子に、そのゲストを選んで貰いましょう」
ルナは、狐の隣に立つ。
「居るんでしょう。あんたが会いたかった人が。大丈夫。あたしは魔女だからね。あんたの大事な人、探すの手伝ってあげる。だから、あんたは迷わず進むんだわ」
小声でそう伝えた。
狐は、ルナの声に応えるように、一歩を踏み出す。
踏み出すごとに、気持ちが強くなる。
ずっと待ってた——。ずっと、ずっと。でも、現れなかった。
棄てられて、捕まって。もう、会えないんだと、思ってた。
でも、感じた。
今日、ここに居るって。
やっと——会えるんだって。
狐は、そこにたどり着くと、静かに座る。
「この辺だね。よしっ。さーて、今宵のラッキーな人を選ぼう。狐ちゃん」
ルナは近場の人を狐の反応を見ながら選んでいくと、大きく頷く人物が見つかった。
「決まりだ! はい、そこのラッキーボーイ! ——ん?」
見知った顔だった。
あたふたと、左右を見ながら自分を指差す人物。
うっわ。なんで見に来てんだ、こいつ。
と、思いながらも後には引けない。
「はい。そこの人立ってー。さぁ、ステージへようこそ」
笑顔が引き攣る。
半ば強引に舞台に連れ出し、終始動揺を隠せないその人物に、ルナは説明をする。
「さぁ、ラッキーな君。お名前は?」
「……えっと……ルシアン……です」
「はーい。ルシアン君。この狐ちゃんに選ばれた、ラッキーボーイ! なんと、この、狐ちゃん。今日会ったばかりのルシアン君の命令を聞いちゃいまーす。成功しましたら、どうか拍手をお願いいたします!」
えーそんな、事出来るのー。と、観客は揺れる。
「……えっと、何をすれば……」
「お手とか、お座りとか、回れとかで大丈夫っす」
「えっ——」
「とにかく、やれ」
小声で脅されたルシアンは、おどおどしながら、言われた通りにした。
ルナの言った通り。
桃色の狐は、ルシアンの言う事を良くきいた。
「はーい。ルシアン君ありがとう! さぁ、皆様、ルシアン君と狐ちゃんに盛大な拍手を——」
最後は団員全員登場し、夢のようなサーカスの演目は、全て無事に終了した。
「っし。成功! てか、ルシアン。なんであんたが、こんな所に来てるんだよ! この町は、あたし達の縄張りなんだわ」
「縄張り——えっ? も、もしかしてルナ?」
「そーだよ。このにぶちん!」
「いやー。似てるなーとは思ってたけど」
「本人なんだわ。で、都会から、何しにこの町にきたわけ?」
「べ、別に何だっていーだろ。た、ただの観光だよ。俺だって、旅行くらい。するし」
ルナと目を合わせない青年は、狐と同じ桃色の癖のある髪を弄る。
「ハァ……。まぁ、いいや。それより。あんた、この狐ちゃんとちゃんと誓約交わしなよ。あんたの半身なんだから。偶然でも、今日あんたと会わなかったら、危なくこの子、転生する所だったんだから」
「え——俺の?」
「そうだよ。魔法庁も来てるし。手続きしちゃいな」
「俺の——半身……」
ルシアンは、桃色の狐を見つめる。
「大事にしてあげなよ」
その言葉。そっくり返したい所ね。
ローズは、己の半身を爆発させたルナへの言葉を、空気を読んで飲み込んだ。
魔女の城。
ルナは書き記す。
こうして、団長からの依頼は完遂した。サーカス団からは、記念にと衣装を貰い受けた。団長には、安請け合いしないように注意をする。また同じ事か起きたら困るからね。ぶらりとサーカスを見に来たルシアンは、半身を得て、手続きとかなんやかんやで、暫くは町に滞在する様子だった。早く帰れ。まったく。
でも、まあ。大変だったけど。
楽しかったな。
追記
舞台、意外と癖になる!
同時刻。別室。
少年は、鏡に映る自分を見つめる。
少し焦げた黒髪。
火に強いとはいえ、無茶振りにも程がある。
そろそろ加減というものを覚えて頂きたい。と思いつつも、ルナ様の魅力の一つであるが故。クロは苦笑いを浮かべる。
良いのです。
少々破天荒な方が、退屈しませんので。




