9話:作戦会議
偵察(斥候)に出していた数騎のバニー兵が、泥濘ならぬレゴリスにまみれて帰還した。彼女たちがもたらしたホログラム映像に、軍議室は凍りついた。
「……これが、敵の根城ですか」
イヂーチが声を震わせる。
そこには、月面の巨大なクレーターをまるごと改造した、異形の要塞がそびえ立っていた。幾重にも張り巡らされた高エネルギーの防壁、全方位を睨む人参型電磁砲。そして要塞の最深部、赤黒く脈動する培養槽からは、山をも飲み込まんとする巨躯を誇る「バイオ怪獣バックス・ラビット」の咆哮が漏れ聞こえていた。
「まるで、血を吸って肥大化したダニのようです…」
コダーマが顔を背ける。敵は、かつての迫害への怨嗟を動力源として、最凶の生体兵器を完成させようとしていた。
「閣下! 我が『月面バニー白襷決死隊』による一点突破、肉弾突撃を具申します!」
イヂーチが、乃木から授かった白襷を握りしめ、机を叩いた。
「敵の培養槽が完成する前に、全軍で電撃戦を挑むべきです。犠牲を恐れては勝機を逃します!」
「無理よ、イヂーチ! あの火線の中を突っ込むなんて自殺行為だわ。私の砲兵隊で遠距離からの砲撃で……」
コダーマが反論するが、かぐや姫は沈痛な面持ちで首を振る。
「砲弾は敵の防壁に弾かれます。……やはり、私自身の命を差し出して…」
若き兵たち、そして姫。それぞれの「自己犠牲」の案が飛び交うが、どれも光明は見えない。乃木はただ黙って、煙の出ない月の煙草を燻らすように、一点を見つめていた。その瞳には、かつて旅順の要塞を前に、死体の山を築いてしまった自分自身の影が映っていた。
「……みな、静まれ」
乃木が静かに、だが重く口を開いた。喧騒が止み、全員の視線が老将に集まる。
「イヂーチ。突撃の気概はよし。だが、兵を無為に死なせるのは指揮官の恥辱だ。本官は、貴公らを一人として『肉弾』にはせん」
乃木は、机の上に広げられた月面の地質図を指差した。
「……貴公ら月の民は、元来、穴掘りが得意であると聞いたが、相違ないか?」
「え? ええ、まあ……本能的なものですけれど。今は機械がありますし……」
戸惑うサーハに対し、乃木は不敵に微笑んだ。
「ならば決まりだ。全軍で拠点を包囲し、陽動の砲撃を浴びせよ。敵の目を外に向けさせている間に――工兵隊を組織し、地下に坑道を穿つ。月の地殻を潜り、要塞の真下まで至るのだ」
「坑道戦術……! 盲点でした。敵は正面や宇宙からの攻撃を警戒していますが、足元までは……!」
かぐや姫の目が輝く。
「穴が開き次第、精鋭による浸透戦術を行う。防壁の内側から、バイオ怪獣の心臓部を叩くのだ。……そして、その先陣は本官が務める」
「いけません!!」
少女たちが一斉に叫んだ。
「閣下は総大将です! もしものことがあったら……!」
「そうです! 穴掘りなら私たちがやります。閣下は後ろで指揮を……!」
涙ぐみながら縋り付くサーハとコダーマを、乃木は静かに、だが鋼のような力で制した。
その手は、冷たい幽霊の手ではなく、慈愛に満ちた「父」の手であった。
「案ずるな。本官は一度、死んでおる。……その本官が先頭に立つのが、最も理にかなっておるのだ。それに、貴公ら若者を暗い穴の先陣に送っては、死んだ息子たちに合わせる顔がない」
乃木は腰の軍刀を引き寄せ、そしてバニーたちから贈られた、「光線銃」を手に取った。
彼は丁寧に、儀式のように布でそれらを磨き始める。
「……もう、誰一人として死なせはせん。これは、明治の老いぼれが、未来を生きる貴公らに贈る、最後の手向けだ」
蒼き地球を背負い、銀の刀身と光の銃口を磨く乃木の姿に、娘たちはもはや言葉を返せなかった。ただ、その背中が、旅順の寒風を背負った軍神のようでありながら、愛おしい子供を守ろうとする「父」のそれに見えて、彼女たちは静かに、襷を締め直すのであった。
登場人物・兵器紹介
バックス・ラビット
ウサギ怪人達の作り上げた狂気のバイオ怪獣
餅つきの臼からウサギの手足頭が生えたような奇怪な姿
手に持つ重力杵が振り下ろされる時、ムーンパレスは壊滅する。全長100m




