7話:猛特訓
月面の夜は長い。
月の都から提供された宿舎の中、乃木希典は一人、浅い眠りの中にいた。
夢に見るのは、常に「白」だ。
旅順の雪、自刃した際の白装束、そして――この月面の冷酷な砂。
夢の中の乃木は、数多の白襷を締めた若者たちが、雪崩のように敵陣へ吸い込まれ、二度と戻ってこない光景を何度も反芻する。
(……本官は、また繰り返すのか)
目を開けると、暗闇の中で己の手が見えた。霊体となってなお、その手には数万の将兵の血が染み付いているように感じられる。
昼間、サーハやコダーマの幼い顔を見た。彼女たちはまだ、死というものの本当の冷たさを知らない。イヂーチの瞳に宿った武人の光も、裏を返せば「死地へ進む覚悟」だ。
彼女たちを死なせたくない。女子に銃を取らせ、戦場に立たせるなど、明治の漢としては耐え難い屈辱である。
だが、乃木は同時に知っていた。彼女たちが立たねば、この月面王国はウサギ怪人たちに蹂躙され、種そのものが絶える。
乃木は、傍らの軍帽を手に取り、ゆっくりと被り直した。
「……情を殺せ、希典。それが貴公の背負うべき十字架であろう」
襟を正し、鏡の中の自分を、かつての「戦鬼」の顔へと戻していく。
翌朝、ムーン・パレスの訓練場には、耳を貫くような叫びが響き渡っていた。
「腰が高いッ! それで重力を制したつもりかッ!!」
乃木の竹刀が、サーハの尻を痛烈に叩いた。
「あうっ!? す、すみません閣下!」
「謝る暇があるなら、土を噛み締めろ! 貴公らが踊るのは舞踏会ではない、死地だッ!」
昨日までの慈愛に満ちた(と彼女たちが勝手に思っていた)老将の姿はそこになかった。
乃木は、三千のバニー兵をクレーターの底に集め、泥臭い「基礎」を徹底的に叩き込んだ。
低重力を利用した跳躍の練習ではない。あえて重力に抗い、地を這い、姿勢を低く保つ匍匐前進の特訓だ。
「イヂーチ! 貴公が倒れれば、姫君の盾は消える! 立て、立つんだッ!」
「……は、はいッ!!」
汗と砂にまみれ、レオタード姿の彼女たちは、もはや美少女としての体裁をなしていなかった。だが、その瞳からは、かつての享楽的な光が消え、研ぎ澄まされた「刃」のような輝きが生まれ始めていた。
訓練場の高台からその様子を見つめる、九十八代目かぐや姫。
彼女の隣に立つ侍女が、不安げに囁いた。
「姫様……閣下は、少し厳しすぎるのでは……?」
かぐや姫は、首を振った。
彼女には見えていた。乃木が叫ぶたび、その背中で揺れる「寂寥感」が。
「いいえ。閣下は、あの子たちを殺さないために、あの子たちを地獄へ突き落としているのです。……あれは、愛ですよ」
かぐや姫は、自らも重い十二単を脱ぎ捨て、動きやすい活動衣に着替えていた。
「私も、あの中に入ります。月の主権を奪還するのは、私自身の役目ですから」
特訓は夜通し続いた。
月の都の住人たちは、自分たちが信じていた「科学」がいかに脆く、乃木が説く「精神(気魄)」がいかに強靭であるかを、身をもって理解しつつあった。
「いいか、貴公ら。武士道とは、死ぬことと見つけたり……ではない。死を恐れぬほどの意志で、生を掴み取ることだッ!」
乃木の一喝に、三千のバニー兵が地を揺らすほどの怒号で応える。
その中心に立つイヂーチは、もはや筋肉の痛みすら忘れていた。彼女の脳裏には、旅順で乃木が貫いた「不器用なまでの愚直さ」が、月面の冷たい風に乗って流れ込んでくる。
サーハとコダーマも、互いに支え合いながら立ち上がった。
「……閣下、私たち、もっとやれます。もっと、厳しくしてください!」
乃木は、その言葉を聞き、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、痛ましげに目を細めた。
だが、次に口を開いた時は、再び鋼のような声に戻っていた。
「……よろしい。ならば、次は実戦形式だ。本官が、貴公ら全員を相手にするッ!!」
月の裏側から迫る、巨大な決戦の気配。
乃木希典の心にある「弱さ」は、彼女たちの熱狂によって、より強固な「勝利への意志」へと昇華されていくのであった。
登場兵器紹介
ウサギ怪人編
・ニンジン型の槍
棒の先端にニンジンを模した機械が絡みつく武器。
何故か高周波で振動している。無段階で振動の強さを調整出来る。
ニンジン型の棍棒
ニンジンの形をした棍棒。
何故か高周波で振動している。




