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12話:バイオ怪獣起動!

「全軍、突撃ッ! 一歩も退くな、月の民の誇りを見せなさいッ!!」


要塞の外郭では、九十八代目かぐや姫が凛然たる号令を飛ばしていた。

もはや後方に控える「姫」ではない。彼女の足元には、かつての優雅さをかなぐり捨て、泥と硝煙にまみれた乙女たちの軍列が続いていた。


「撃って、突いて、噛み付いてでも進めッ!」


コダーマ率いる砲兵隊は、弾薬の尽きた重砲を捨て、光線銃と銃剣を手に斜面を駆け上がっていた。


「コダーマ隊、要塞外郭取り付きました! これより白兵戦に移行するッ!!」


月面二〇三高地の急斜面は、ウサギ怪人たちの鮮血と、力尽きたバニー兵たちの亡骸で埋め尽くされていく。それは、明治の日本が旅順で経験した、あの地獄絵図そのものであった。



要塞最深部。乃木は、四メートルの巨躯と化したステーセルと、死の舞踏を踊っていた。

「……フッ、ぬうっ!」

乃木の刀が怪人の太腿を裂くが、傷口からは不気味な泡が吹き出し、瞬時に再生していく。


「ムダダ……。カガクハ……カミヲモ……コエル……ッ!」


丸太のような腕が空を切るたび、衝撃波が乃木の頬を削る。

その時だった。通路の奥から、絶叫が響いた。


「……ああああっ!!」


それは、後方を任せたイヂーチの声だった。

(イヂーチッ!)

刹那の動揺。武人にあるまじきその隙を、怪物の五指が見逃すはずもなかった。


「ツカまエタゾ……!」

乃木の細い身体が、万力のような巨大な掌に包み込まれる。

ミシミシと骨が軋む音が、真空に近い空間でも乃木の脳髄に直接響く。


(……これまで、か……)


意識が遠のく中、視界が白く染まる。

二度目の走馬灯。

あの日と同じ、旅順の刺すような寒風。泥を啜り、倒れゆく兵たちの「大将殿……」という呪詛のような、あるいは祈りのような最期の声。


(すまぬ……本官は、また……)





「……離せええええええッ!!」


絶望の淵を切り裂いたのは、一筋の銀光だった。

そこには、ウサギ怪人を血だるまで倒し、這いずるようにして駆けつけたイヂーチがいた。


誇り高き兎耳は無残に引きちぎれ、正装はボロ布のように破け、白く柔らかな胸元が露わになっている。だが、その瞳に宿る光は、乃木が教え込んだ「気魄」そのものだった。


「閣下を……放しなさいッ!!」

イヂーチは跳躍し、ステーセルの手首に、折れかけた銃剣を渾身の力で突き立てた。


「ガアアアッ!?」

痛打に緩む巨大な掌。


「……かたじけない、イヂーチッ!」


拘束から解き放たれ、空中で体勢を立て直した乃木。その瞳には、もはや哀愁はない。あるのは、愛弟子を傷つけられた父親の「怒り」と、戦鬼の「冷徹」のみ。


着地と同時に、乃木は橙色に燃え盛る『光の刀』を正眼に構え、弾丸のごとく地を蹴った。


一閃。

刀身はステーセルの硬質な皮膚をバターのように裂き、再生が追いつかぬ速度でその「義」の心臓を貫通した。


「……グ、ハハ……。オワッタ……ト、オモウナ……」

ステーセルは口から白濁した体液を吐き出しながら、狂気に満ちた笑みを浮かべた。


「……エネルギ……充填……一〇〇……パーセント……。月ヲ……ハカイ……シロ……ッ!」


その言葉を最後に、巨躯は音を立てて崩れ落ち、塵へと帰した。

直後、要塞全体が、地底からの巨大な鼓動によって激しく震動した。


「グオオオオオオオオンンンンッ!!」


培養槽を突き破り、ついに出現したバイオ怪獣。その一振りの咆哮と一撃で、鉄壁を誇った要塞の天井が、紙細工のように崩落していく。


「閣下! 崩れます!」


イヂーチが乃木に駆け寄る。

崩れ落ちる瓦礫、鳴り響く警報。

乃木は、瓦礫の隙間から見える、今にも動き出そうとする巨大な影を見据えた。


「……本当の『二〇三高地』は、これからであったか」


軍帽を失い、白髪を乱した乃木は、愛弟子の肩を抱き寄せながら、崩壊する要塞の中で次なる戦いを見据えていた。

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