13話:日の本の聖将
要塞「月面二〇三高地」が断末魔の地響きと共に崩壊し、その中から出現したのは、人知の理をあざ笑うバイオ怪獣ロジャー・バニーであった。
「……そんな」
外壁で銃剣を振るっていたコダーマの手から、剣が滑り落ちた。見上げるほどの巨躯、そしてその手に握られた巨大な「グラビティ・キネ(重力杵)」。
指揮を執っていたかぐや姫も、その圧倒的な破壊の権現を前に、ただ震えることしかできない。
「総員、退避ッ!! 命を無駄にするな、走れッ!!」
乃木の裂帛の気魄が月面を震わせる。
怪獣が重力杵を振り下ろした瞬間、クレーターがもう一つ穿たれ、重力波がバニー兵たちを木の葉のように吹き飛ばした。月面王国の終焉――誰もがそう確信した、その時。
振り下ろされた杵の柄を、猛然と駆け上がる影があった。
白髪を振り乱し、ボロボロになった軍服を翻す、帝国陸軍大将・乃木希典。
「グオオオオオッ!!」
怪獣が巨腕を振るい、羽虫を払うように乃木を叩き落とそうとする。だが、月面の1/6重力と、自らの霊魂を燃料とした乃木の跳躍は、もはや物理法則を超えていた。
「――我が魂、今、この刻の為にありッ!!」
漆黒の空を背景に、乃木が宙を舞う。
大上段に構えられた光の刀身は、月面の冷たさを全て吸収したかのような、白銀を超えた虚無の輝きを放っていた。
一刀流奥義『一の太刀』。
閃光が走った。
巨大な怪獣の脳天から、その醜悪な心臓に至るまで、一直線の「断」が刻まれる。
一瞬の静寂。
直後、バイオ怪獣は内側から溢れ出す膨大なエネルギーによって爆散し、要塞の残骸と共に月面の塵へと帰した。
「閣下ーーーッ!!」
爆風の中、イヂーチたちが叫びながら駆け寄る。
もうもうと立ち込める銀の砂の中から、ゆっくりと歩み出る人影があった。
片腕で折れた軍刀を鞘に収め、誇り高く背筋を伸ばしたその男は、満身創痍でありながらも、勝利の凱歌をその沈黙で体現していた。
「閣下! ご無事ですか!」
かぐや姫が、戦塵で汚れた顔に涙を浮かべて歩み寄る。
「……うむ。これで、姫君の国も安泰だな」
乃木の姿が、地球光に溶け込むように少しずつ透けていく。
「行かないで……! 私たちと一緒に、この国の夜明けを見届けてください!」
かぐや姫の必死の訴えに、乃木はそっと、その長い耳に触れ、父のような慈しみを持って微笑んだ。
「……姫君。これからの月を創るのは、あの勇ましき乙女たちだ。本官のような旧時代の亡霊は、夜明けと共に消えるのが筋というもの」
乃木は、天に浮かぶ青い地球を指差した。
「……大帝がお呼びだ。静子も、待っておるだろう。……さらばだ。規律を忘れず、励まれよ……」
「閣下にッ! 敬礼ッ!!」
イヂーチの号令に、生き残ったバニー兵が一斉にカチリと踵を鳴らした。
最後に一際強く輝く青い星――地球を指差し、明治の老将は満足げに微笑んで、月面のレゴリスの中に消えていった。
エピローグ:蒼き星からの守護神
数年後。月の都「ムーン・パレス」には、新たな風が吹いていた。
かつての堕落した姿はなく、軍服を凛々しく着こなしたバニー兵たちが、「乃木流・月面軍隊格闘」の掛け声を月面に響かせている。
都の中央広場には、一つの銅像が建立された。
軍刀を杖に、はるか遠くの地球を、慈しむように双眼鏡越しに見つめる老将の姿。
その台座には、九十八代目かぐや姫自らの手で、誇り高き文字が刻まれている。
『蒼き星、日の本の聖将。彼は種を残さなかったが、我らの魂に、不滅の誇りを植え付けた』
空には、今日も青い地球が美しく輝いている。
かつて一人の武人がその命を賭して守った、生命の輝きを湛えながら。
(完)




