最終話:新しい魔王
あの夜から、しばらくの月日が流れた。
エナガは、あの日聞いた真実を、少しずつ、自分の中で消化していった。すぐに全部を受け入れられたわけじゃない。それでも、毎日繰り返される、いつもの騒がしい食卓が、少しずつ、彼女の心を溶かしていった。
「エナガ、今日のご飯なに作ろっか!」
「まだ朝ごはん食べたばっかりでしょ、気が早いのよ」
「えー、でも楽しみにしてたら、一日速く進む気がするんだもん!」
そんな、いつも通りのやり取り。ようたが控えめに料理を手伝い、きあがルートにまとわりつき、スターが飄々と全体を眺めている。賑やかな朝の光景は、もう、すっかり見慣れたものになっていた。
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ある日の昼下がり、庭先で、あけびとファードが訓練をしていた。
「エナガさーん! 見てて!」
ファードの声に、エナガが窓から顔を出す。
「はいはい、見てるわよ」
その時、ふと、あけびが口を滑らせた。
「そういえばさ、エナガって、昔の魔王と同じ血、持ってたんだよね」
場の空気が、一瞬、固まる。
「あけび!」
エナガが、思わず声を上げた。
「あ、ご、ごめん! そんな、変な意味で言ったんじゃなくて!」
「わかってるわよ、わかってるけど!」
慌てる二人を見て、縁側でお茶を飲んでいた師匠が、うへへ、と笑った。
「いいじゃないか。事実は事実だ」
「師匠まで……!」
「なら、いっそ、開き直ればいい」
師匠が、悪戯っぽい目でエナガを見る。
「お前は、あの陰気な魔王とは違う。……新しい魔王ってことにしとけばいいだろ」
「は……?」
「新しい、優しい魔王。なかなか、いい響きだと思わないか」
「なによそれ、意味わかんない」
エナガは呆れたように言いながらも、頬が、少しだけ赤くなっていた。
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その一言が、思いのほか、家族の中に浸透していったのは、それから間もなくのことだった。
「魔王ー! ご飯できたよー!」
台所から、あけびの呑気な声が響く。
「誰が魔王よ!」
「えー、だって師匠がそう呼んでたし」
「あんたまで便乗しないでよ!」
そう言いながらも、エナガは、まんざらでもなさそうに、台所へと向かっていった。
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「魔王さん、これ美味しいですよ」
ようたが、控えめに料理を差し出す。
「だから、魔王って呼ぶのやめなさいって」
「あ、す、すみません……」
「……別に、怒ってるわけじゃないけど」
きあも、目を輝かせながら会話に加わる。
「魔王さまって呼んでいい? かっこいいし!」
「様はやめて。普通に恥ずかしいから」
チアが、静かにお茶を飲みながら、そのやり取りを見て、微かに笑っていた。
「……悪くない呼び名だと思うが」
「あんたもそっち側なの!?」
賑やかな笑い声が、食卓いっぱいに響き渡る。
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その夜、片付けを終えたエナガは、一人、縁側に座って、夜空を見上げていた。
「……魔王、ね」
ぽつりと呟いた声には、もう、以前のような重さはなかった。
「まがいものだろうが、なんだろうが。……別に、いいか」
隣に、いつのまにか、師匠が腰を下ろしていた。
「なんだ、一人で夜風にあたって」
「師匠こそ」
二人は、しばらく、無言で夜空を見上げていた。
「……なあ、エナガ」
「なによ」
「お前は、お前のままでいい。それだけは、絶対に変わらないからな」
エナガは、少しの間、黙っていた。それから、小さく笑った。
「……分かってるわよ、そんなの」
夜空には、一筋の流れ星が、静かに流れていった。
賑やかな家の中から漏れる灯りが、二人の背中を、優しく照らしていた。
――こうして、かつて「まがいもの」と呼ばれた少女は、いつしか、誰よりも優しい"魔王"として、家族に愛される存在になっていった。
物語は、まだ、続いていく。彼女と、彼女の大切な家族たちの、これからの日々と共に。
ノ//シ//




