第33話:エナガの世界
気がつくと、エナガは、どこまでも続く鏡の間に立っていた。
無数の鏡に、自分の姿が映り込んでいる。
「……なによ、これ」
杖を構え、周囲を警戒する。その時、正面の鏡が、大きく波打った。
「――誰よ……あんた……」
鏡の中から、ゆっくりと歩み出てきたのは――もう一人のエナガだった。だが、その瞳は、いつもより冷たく、静かに澱んでいる。
「私はあなた」
幻影のエナガが、静かに口を開く。
「……っ」
続けて紡がれた言葉は、エナガ自身の、本当の名前だった。誰にも呼ばれたことのない、その名前。
エナガの体が、凍りついたように動かなくなる。
「な……なんで、それ……」
「知ってて当然でしょう。私はあなたなんだから」
幻影は、感情のない声で続ける。
「私は最強になんてなれない。そう。チアよりも師匠よりも強くなれるはずがない」
「……」
「だから……努力したって無駄なの。わかる? ガリ勉ちゃん」
「……っ……」
エナガは、言葉を返せなかった。何かを言い返そうとしても、喉の奥で、声が固まってしまう。
「ずっと、頑張ってきたつもりだったんでしょう。でも、その全部、本当は意味なかったって、心のどこかで気づいてたんじゃない?」
「ちがう……」
「まがいものが、いくら本物のふりをしたところで、本物にはなれない」
幻影の言葉が、鋭い針のように、心の奥深くへと突き刺さっていく。
「……っ……」
エナガは、その場に、思わず崩れ落ちそうになった。膝が、震えている。
「……わかったなら、楽になりなさい。全部、投げ出してしまえばいい」
幻影が、静かに手を差し伸べる。
その手を、取りかけた瞬間――
「――エナガ!!」
遠く、聞き覚えのある声が、頭の中に響いた気がした。
「……」
はっと、エナガは顔を上げる。
「……あんたの声じゃない」
震える声で、それでも、エナガは立ち上がった。
「私は、まがいものかもしれない。……でも」
杖を握る手に、力がこもる。
「本物じゃなくたって。誰かに認めてもらえなくたって。……私は、私のままで、ここまで来た」
幻影のエナガの表情が、初めて揺らいだ。
「私は、努力するのをやめない。無駄でも、意味がなくても。……それを決めるのは、あんたじゃない、私よ」
杖の先に、光が集まっていく。
「消えなさい」
放たれた一撃が、幻影を真っ二つに引き裂いた。
鏡の間が、ガラスの砕けるような音を立てて、崩れていく。
「……はぁ……」
エナガは、その場に膝をつき、大きく息をついた。頬に、一筋、涙が伝っていた。
「……行かなきゃ」
涙を拭い、エナガは、ゆっくりと立ち上がった。目の前に、戦場の光景が、少しずつ戻ってくる。
その足取りは、来た時よりも、確かに、力強くなっていた。




