図書館で彼と②
「偶然だね。なに調べているの?」
と、訊きながら彼が見ている雑誌を覗き見る。
「ちょ、勝手に!」
彼が慌てた様子で止めようとしたが、その前にページの文字が見えた。
どうやら論文雑誌らしい。英文で書かれているが、英語は辞書がなくても大体分かるので、何の論文を見ているのかすぐに分かった。
その内容に胃がすぅっと冷えたが面に出さず、口にする。
「αとΩについて調べているんだ。やっぱり興味ある?」
彼が目を見開いた。
「読めるのか?」
「僕がイギリス人のクォーターなのは知っているでしょ? 親の里帰りでイギリスに行くことがあるんだ。だから自然に、ね」
「イギリスとアメリカの英語は違うって、聞いたけど」
「違いっていっても、方言みたいなものだよ。そこら辺を分かっていれば、後は簡単だよ」
「方言って……だいぶ違うだろ」
「細かいことは気にしない。津軽弁とか沖縄弁ほど、訳が分からないことはないってこと」
少なくても、久留島類にとってはそうだ。
そもそもイギリス英語と英語の違いは、丁寧なのか省略がよく使われているかの違いだ。
イギリス英語は丁寧で固いイメージがあり、英語はそれを砕けて言っているようなイメージだ。発音も違うところもあるし、庭とか休暇とかの言葉が違ったりもするが、それが方言らしいなと、久留島類は考えている。
同時に、他の人には分からない感覚なんだろうな、とも思う。
現に彼も分からないという顔をしている。分かってもらおうとは思っていないので、別にいいが。
「話を戻して。やっぱり番に興味ある?」
彼の隣に座ってみると、彼は嫌そうな顔をした。だが、気付かない振りをしてにこっと笑ってみせる。
彼が調べているのはαとΩ、という項目であって、番に関するものではない。だが、二つのバース性を調べているということは、そういうことなのだろう。
彼の視線が泳ぎ、やがて逸らされた。
「他人事じゃないからな。お前だって一応当事者だろ」
無難な言い逃れだな。誤魔化しているのがバレバレだ。少し思案して、こう応えた。
「うーん。僕は興味ないかな。番って面倒くさそうだし」
興味がないというより、忌避しているというのが正しいが、彼の真意を探るために煽る言葉を選んだ。面倒くさそうなのは、本音だが。
さあ、どんな反応を見せるのか。
「本能上、避けて通れないのに?」
意外と淡々とした声色で返してきた。あれが本当なら、もっと動揺するはずだ。
――だからといって、あの顔をもう一度見たいわけでもないんだけど
「それが面倒くさそう。僕、束縛されるの嫌いだから」
束縛されるのは、心が黒く淀むから本当に嫌いだ。
縋り付かれるのはもっと嫌いだ。嫌悪しているといってもいい。
あの人を、思い出すから。
彼が黙り込む。鳶色の瞼を細め、何かを思案しているようだ。
その表情は憂いているようにも見えるし、無に近い表情にも見えた。
(なにを考えているんだろう)
彼が考えていることなんて、分かるはずがない。
それでも、その瞳の奥にある感情を見たいなと、思った。
彼がこちらをちらっと見て、呟く。
「お前の運命の番、かわいそうだな」
「え?」
自分にとって予想外の台詞に、素っ頓狂な声が出た。彼がさらに言い紡ぐ。
「お前、番を持つつもりがないんだろ? お前の運命の番は、他の奴と結婚するしかないってことだろ」
他人事のように淡々と話す彼に、さすがに違和感どころのレベルではないということに気付いた。
あれが本当だとか嘘だとかどっちにしたって、この反応はおかしい。こんなにも冷静でいられるわけがない。嘘であれ、動揺したっていいはずだ。
「な、なんだよ」
彼が顔を引き攣りながら訊ねてきた。
いつの間にか仮面が剥がれ落ちて、いつもは見せない顔を見せていたらしい。我ながら危ない。
「……咲夜くん。ほんとうに、僕のことを覚えていないの?」
改めて訊ねてみないといけないような気がして、重い口を開く。




