9話 逆ナンされてる
パフェを食べて、ゲームセンターに行った日から数日が経った。
先輩を見ることが出来ない日々に禁断症状が出るかと思っていたが、意外と落ち着いた日々を過ごしている。ひとえにメッセージのやり取りが続いているおかげだろう。
とは言え短文で送られてくる先輩の返信は、ほぼ一言だけの業務連絡に近いものだった。今日は暑いですね、先輩は何するんですか。今日予備校。頑張ってください。素っ気ないそれに心が折れる事はなかった。送れば、返って来る。それだけで凄い事実だからだ。むしろ漲る一方である、連絡をくれる先輩は至上の存在。
時折猫の写真や、友達と出掛けているのか出先の写真が送られてくることもあった。可愛いですね。これどこですか。雑談みたいに送ったそれに暇だったのか今日は普通に返信が来て、特に頭を使わず反射で送る。
『ここ文ちゃん好きそう』
『あ、それ保存してる店です!近く行ってるんですか?』
『予備校の隣の駅前にあった。知ってるのさすがだね』
『リサーチの文って呼んで良いですよ。近いのいいなーそっちまで行くんでお店付き合ってくださいよー』
『夏期講習終わった後で良ければ付き合えるけど』
ベッドから跳ね起きた。さすがに反射が過ぎていた。
やべ。欲求が全面に出てしまっている。焦りながらスマホを握りしめているとぽこんと通知がまた一つ鳴る。文ちゃん遠くないの。こちらを気遣う文面に思わず目頭を抑えた。
『私は今月いっぱい定期内です笑』
『南高ほんと遠いね』
この日なら行けるよ、というメッセージにじゃあこの時間はどうかと送り返した。了承のスタンプが返ってきて、これは現実かと画面を見詰める。これ、私が誘った事になるのか? 無意識とは恐ろしいと自分の親指をじっと見る。あなた今何したか分かってるの?
『じゃあ駅前で待ち合わせね。リサーチの文ちゃん』
はーい、と元気なスタンプを返す。それもまた親指が勝手に送っていた。
夏期講習の終わる時間が午前中との事だったので、ちょうどよく到着しそうな電車に乗り込んだ。
学校に行くわけでもないのにここまで来るのは何だか不思議な気持ちになる。あまり乗らない時間帯の電車に一人、降りたことのない駅に向かっている。非日常のような高揚感を覚えた。
さてどっちの出口だ。改札を出て周囲を窺う。スマホを開くと穂高先輩から数分前に画像付きでメッセージが送られてきていた。ここ。謎のポーズのモニュメントを少し遠くから撮影したような画角。
外を見ると窓の向こうにそれらしきモニュメントが見えたから多分こっちの方に居るのだろうか、角度的に遠くはない気がする。
窓際をうろうろとしながら探していると、輝かしいオーラを感じた。多分あれだとぱたぱたと小走りで近寄って、あ、と気付いて足をぴたりとその場に止めた。
先輩はいつも通りに麗しい姿をしていた。黒いマスクはいつも通りだ。ゆったりしたシャツは白く、胸ポケットがついているのが遠目に分かった。なんかぬいぐるみとか入れたいなと関係ない事を思う。小さいやつ。黒いワイドパンツは先日とは少し形が違う、あの系統が好きなのだろうか。今日もお手本みたいに素晴らしい姿だと思う。気怠げに立つ様は格好付けてないのにかっこいい。
かっこいい、単品の先輩は、ほんとに。
今日は被らないと思ったのに。自分の姿を見下ろして頭を抱える。ビッグシルエットの白いシャツ、黒いロングスカート。黒で合わせたスニーカーも可愛いと思って履いてきたが、見たところ先輩の靴も黒ではないか。スポイトしたみたいに完全に同じ配色になっていた。
どうしたものか。前に躍り出るのには少し勇気が必要だった。しかしこの場で着替えるわけにもいかない、着替えなど持っていない。
柱の陰で深呼吸を数回繰り返してどうにか自分を奮い立たせる。そうしていけると思えた頃、よし、と気合いを入れてぱっと飛び出した。
飛び出して、おや、とまたすぐに足を止める。
先輩の前にきらきら女子が二人立ち、何事か話しかけているようだった。学年までは分からないが、まあ高校生ではありそうだ。
お友だちかな。先輩のお友だち初めて見たな。話が終わるまで待つべきかとじりじりにじり寄りながら気付く。待ち合わせですかぁ。甘ったるい声が聞こえてきて、あこれ逆ナンだなとようやく理解した。まあ、と穂高先輩が返しているのも聞こえる。
お兄さんかっこいいからぁ、声かけちゃった。きゃはきゃはと楽しげな声に、ね、穂高先輩かっこいいもんね。腕組みをしながらうんうんと声は出さずに同意をした。
しかし見ていても良いものだろうか、自分の立ち位置が分からない。順番待ちみたいに並べば良いの? でも先輩が逆ナンに喜んでいる場合邪魔するのもなと首を傾げて眺めていると、顔を上げた穂高先輩とばっちりと目が合った。
瞬間へにゃん、と眉毛が下がる。
「ちょっとー。先輩困ってるんですけどー」
観察してないで、と手招きされて慌てて隣に駆け寄った。お待たせしました、と頭を下げながら思わず笑う。困ってたんだ。平静に見えたから分からなかった。
「えっと。彼女さんですか?」
きらきら女子が上から下まで私を見ている。失礼な。先輩に。そう思ってから自分の格好を思い出した、だだ被りしていることを失念していた。
「仲良しの後輩」
スマホをしまった先輩が、私の顔を覗き込む。
「ね」
「んひ。ねー」
仲良しと言われて思わず顔が緩んだ。一体どれほど崩れていたのか、顔やば、と先輩が笑っている。
じゃあ、待ち合わせ相手来たんで。先輩がきらきら女子にそう告げて、すぐにその場から歩き出した。
「先輩やっぱおモテになられるんですねー」
「久しぶりに声かけられた。油断してたー」
久しぶりなんですか。意外ですね。目的地へと歩きながらそう尋ねると、うん、と頭上から返事が降ってくる。
「朝、あの電車にずらしてからはなかったね」
「そうなんです?」
「結構早い時間でしょ、そもそも人少ないからね」
だから早起き頑張ってた。そう締めた先輩になるほど、と納得しかけて、なるほど? と引っ掛かりを覚えた。
つまり先輩は逆ナンなどが嫌だったから苦手な早起きまでしてあの電車に乗っていた、ということは私に見られていたのは相当不快だった、ということになる。
「え、先輩菩薩だったりしますか?」
「何急に。怪異だよ」
「よくいま私と遊んでくれてますね……?」
「文ちゃんはね、面白いから」
きゅっと笑いながら穂高先輩が自分の胸元を指差した。
飛び込んでこいと言う事だろうか、そんなはずがない。意味が分からず示す先を眺めていると、次に先輩は私を指差した。
「今日も似てんね」
「あ、はい、偶然ですね」
「文ちゃん俺にカメラとか仕掛けてる?」
「見たいですがまさか!」
思わずドスの効いた声が出た。腹から飛び出た声だった。
先輩が口を抑えて顔を背けた。肩が震えているのが見える。
文ちゃんってほんと、良いよね。告げられたそれは笑いの余波が抜け切っていなくて、褒められた気はあまりしなかった。




