14話 食べ歩きをする
「いっつも飲み物だけなのに付き合わせてすみません……」
「コーヒー好きだから俺も楽しんでるよ。美味しいから飲んでみる?」
「ひぃ」
雑貨屋なのか本屋なのかいまいち不明なカラフルな店で売っているニワトリの玩具みたいな声が出た。黄色いやつ。私の声帯も器用なものだ。
不意打ちを喰らった穂高先輩も笑っている。これは一石二鳥というやつではないだろうか。
今日も商店街に来ていた。とは言っても先日行った一高近くのところではなく、また別の駅の商店街だ。
初めて商店街行きました、と別れ際に言った時に、ちょっと小さいけど甘いの充実してるとこあるよと穂高先輩が教えてくれた場所だった。いつ暇ですか。聞くなり思わず口が滑っていた。
先日の一高近くに訪れた際も思ったが、商店街とはまるでお祭りのメインストリートみたいだ。色んな匂いが混ざり合ってどれから手を出したものだか分からない。とりあえず買ったみたらし団子は大当たりで、もしまた通るなら帰りにも買おうかな、とちょっと思いながらむにむにと食感を楽しむ。
歩きながら物色していると手持ちスタイルにカットされたケーキと水出しコーヒーとやらを売っている店を見かけた。先輩なんか素敵なのが! と思わず伝えると、食べたいの? と先輩がチーズケーキを一つ買ってくれた。どうしよう、穂高先輩がくれたものは全部手を付けたくない。永久に保存しておきたいけど生の食品は難しそうだ。
食べかけの団子とチーズケーキを両手に持って途方に暮れる私に気付いて、先輩が肩を震わせながら目を逸らしていた。自分用に買っていたコーヒーを溢しそうになるほどだった。
その後笑いながら撮っていいかと聞かれたが、この情けない姿になんの需要があると言うのか。先輩が良いならいくらでも良いですよ。
「時間まだ大丈夫なの?」
「はい、ここからなら大丈夫です。遅くなったとて乗り換えなしです!」
「それは良かった」
晩ご飯もここで食べ歩きして済ませちゃいたいな、とメンチカツを見ながら一瞬思ったりもしたが、その場合お腹が満たされるのは私ばかりだ。さすがにそこまで遅くまで先輩を引っ張るつもりはなかった。
「文ちゃん、食べないの?」
間違っても潰さないように限界まで広げた手のひらに載せたスティックタイプのチーズケーキを見て先輩が笑っている。接地面積は少なければ少ないほど良い。
もったいなくて……と唇をひん曲げながら返すと、先輩が少しマスクの位置を直していた。息の漏れる音も聞こえる、今日の先輩はご機嫌そうだ。
「それは食べちゃいな、溶ける前に」
「溶けますかね……」
「ケーキだしなあ。口に合ったらまた買ってあげるから」
ね。先輩が優しくそう続けて、意を決して口へと運んだ。ぱくりと一口齧り付く。
これは。これはとてもよいものだ。ねっちりとした生地はチーズの濃厚さを全力で伝えてきている。常人の方には少々甘みが強い気もしたが、私にはちょうど良いしきっとこのくらいがコーヒーに合うのだろう。知らんけど。
少し柔らかくなってきていたが、それすらもベストマッチと言えた。もしかして今が食べ頃なのではないだろうか。
「先輩これめちゃめちゃ美味しいですやばい」
「ふふふ。良かった」
「は〜〜〜幸せですね」
せめて少しでも長く味わおうと、ちみちみと一ミリずつ齧りとる戦法に変えた。しかし私の体はやっぱり正直なので、気付けば口いっぱいに頬張ってしまう。
つらい。あっという間になくなってしまった。
「ごちそうさまでした……」
「っふ、なくなって悲しいね」
穂高先輩が腕を挙げかけてやめた。何だか最近よくこういう動作を先輩がしている気がして、何だろうなと考える。
思い至ったのは先輩の家族の話だった。花火。妹さん。八歳。
「先輩、もしかして今頭撫でようとしませんでした?」
「え。あー」
「ファンサですか? 良いですよ。むしろお願いします」
妹さんの頭もよく撫でてるんです? そう問いかけながら手のひらが降ってくるのを期待して差し出した頭には待てども何も落ちてこない。
何だ。勘違いか。残念に思いながら顔を上げると、一瞬くしゃっと髪を乱される感触があった。
「妹扱いはしてないかな」
もうすぐ途切れるから折り返そうか。先輩が示した先には商店街の終わりを告げるアーチが建っていた。ほんとだ、と呟きながら踵を返す。
ファンサの方だったようだ。慈愛に満ちた天使みたいな先輩の笑顔を反芻する。なんて罪な男なのかと高鳴る心臓と心の中で一頻り言い合うのだった。
時刻表なんて見ずに食べ歩きをしたものだから、駅に戻ってもまだ電車は来ていなかった。ここは先輩の最寄りでも私の最寄りでもない。電車は先程行ったばかりだった。
ホームのベンチに並んで座って、下らない話で時間を潰す。綺麗な横顔だな、と思った。
「こないだ先輩のお友達会ったじゃないですか」
「ああ、陽太?」
「仲良いんですか?」
「今のクラスでは一番仲良いね」
ちょっとうるさいけどね、と先輩が微笑んだ。
良いなあ、と口には出さずに思う。穂高先輩と同じクラス。非常に羨ましい。学年も違うしそもそも学校も違う私には一生縁のない生活だ。
決して異性に雑に扱われたい願望はないが、それだけ近くに居るのだと思うと嫉妬でハンカチを食いちぎってしまいそうだ。
「やっぱ気になる?」
「先輩の学校生活が気になってます、とても」
「俺の? 普通だよ」
その普通が知りたいんですよね! 決して口には出せませんけど! 頬の内側を噛んでどうにか言葉にするのは耐えた。
「先輩、彼女出来たら教えてくださいね! さすがに連絡控えるんで」
「彼女?」
元気なお友達への対応を見て、普通の男子高校生をやっているのを知ってしまった。他校の失礼な後輩にまでこれだけ優しい先輩なのだから、きっと一高でも簡単に女子を侍らせる事が可能だろう。
いや、この先輩がハーレムを作っているのを想像できない。きっと一途に一人を大事にするのだろうなと思った。
「はい! 私は先輩思いの後輩なので」
「……やだなー」
「先輩思いな後輩のこの私が!?」
頬杖をついた先輩がこちらを見ている。待ち時間に飽きたのか、少し疲れた様子だった。連れ回しすぎたのかもしれない、それは非常に申し訳ない。
「文ちゃんはさー」
「はい!」
「彼氏出来たら俺に一番に教えてくれんの」
「作る予定ないですけどね! 教えてほしいんですか?」
「うーん。やだなー」
「今日の先輩難しいです!」
難しいね、と先輩が言った。
電車が来るまではまだまだかかるようだった。




