13話 友達に会う
夏休みはあっという間に終わった。そこまで遊び呆けたつもりもなかったが、どうして楽しい時間はこんなにも終わるのが早いのだろう。
久しぶりに袖を通した制服は何だか自分のものじゃないみたいだった。
え。サイズ変わってないよね。鏡の前でぐるぐる回ったが、毎日見ているせいで変化は感じられなかった。
復活した定期は嬉しいが通学はふつうに面倒だ。休みの日は早起きなんて至って簡単なのに、学校があると思うとどうしてこんなに早起きは億劫になってしまうのだろう。
それでも久しぶりに友達と会えると思うと心が躍る。地元の友達とお盆中に会うことには成功したが、やはり僅かな期間では物足りなかった。
改札を潜って一歩進む毎に足が軽くなるみたいだった。友達と会えるのは嬉しい、けれどそれと同じくらい、もしかしたらそれ以上の楽しみが電車の中に待っている。
「穂高先輩! おはようございます!」
「おはよ、文ちゃん」
お久しぶりですとお辞儀をすると、今日も元気いいねとふんわりと返事が来た。制服の先輩だ! 私服もたいへん良かったけれども、制服もやはりかっこいい。甲乙をつけるのが難しい、トレーディングカードなどになれば良いのに。言い値で買う。
表情筋が勝手に緩んでいたようだ。顔凄いよ、と先輩が笑っている。
端っこの車両の端っこの席、そこに腰掛けた先輩が隣の座席をぽんぽんと叩いた。失礼します。顔面に力を込めながら、久しぶりにそう呟いた。
「朝起きれた?」
「余裕でした! 先輩は眠そうですね」
「今にも寝そう」
終わったね夏休み。終わりましたね。寂しさを孕みながらぽつりと言葉が落ちた。ずっと続けば良かったのにとどうしても毎年思ってしまう。今年は葛藤もあったけれど、学校の日はとりあえず先輩を毎日拝む事が出来るので。まあどんなに願っても自動的に終わってしまうものなのだが。
行きたい店は粗方行けた? 先輩が首を傾げた。その拍子に同じ匂いがふわりと漂う。美人の匂いだ。気合を入れて私も今日お裾分けを使用している。
行きたい店。以前送り付けたリンクのことだろうか。
「送った分は消化できました! ありがとうございました」
「それなら良かった。お役に立てた?」
「とても! 先輩が居なかったら私の休みはどんよりでした」
「どんより」
でも無限湧きしてるんですよね、行きたいとこ。SNSの保存したページを開いて見せると先輩が噴き出した。前よりめちゃくちゃ増えてない? そうなんですよね。不思議なことだなあと思う。
「何で増えちゃうんですかね……」
「楽しみがいっぱいで良いね」
斜めにしたスマホに先輩の指が触れた。長い指が私の珠玉の動画たちをスワイプしていく。流れ始めた三つめを見て、あーここ知ってる、と先輩が覗き込んだ。
「高校の近くだ。商店街でしょ」
「そうなんです。アウェーすぎて行ったことなくて」
怖くて。そう言うと先輩がふふ、と笑った。
「先輩ホームだけど。案内する?」
「さ。さすがに。これ以上は」
「この前の花火のお礼も兼ねて」
妹喜んでた、文ちゃんにありがとうって。女神みたいな先輩の顔に見惚れているうちに次の駅が近付いていたようで、急に速度が落ちたのを感じた。慌てて停車駅を確認する私の横で先輩がカバンを持ち直している。
「確かそこ閉店十八時だよね。来れそう?」
「先輩のような美人さんは放課後忙しいのでは……」
「先輩のような何もしてない高校生はね、放課後割と暇だよ」
どうする? そんな先輩の問いかけに、気付いた時には頷いていた。
女神に抗う術など私は持ち合わせていないのだ。
商店街の一角が食べ歩き天国になっている。私の目当てはその中の一つ、たい焼き専門店だった。サクサクの薄皮の中にたっぷりと餡子が詰まった逸品。
案内するよと言ってくれたその二日後にはアウェーに乗り込む事が決まった。わざわざ駅まで来てくれた先輩に恐縮しながら並んで歩く。
駅が近いせいかすれ違う人々は当然ながら先輩と同じ制服を着た学生が多い。何だかもじもじしてしまう。
なるほど、先輩の通う一高は本当にここからすぐの距離らしい。本当に羨ましいことだなと思う、私の南高近辺とは客層がずいぶんと違う。あちらはどちらかと言えば夜になるとネオンがぎらつく店が駅の近くに多いらしい、そんな時間までいた事がないからお目にかかった事はないけれど。
「文ちゃんカフェだけじゃないんだね」
「和菓子も好きです! 甘いのなら何でも」
ほどなく到着したたい焼き専門店には少しの列が出来ていた。しかしあっという間に進んでいく、回転は早そうだ。
おすすめとかあるんですかと尋ねると、やっぱ餡子じゃないの、と返された。そうだった、先輩は甘いものが駄目だったんだ。今度こそしっかり頭に刻み込まなければならない。
「うひひ。あちあちだ」
「火傷しないようにね」
夏限定の冷たいメニューもあったけれど、やはり定番を食べてみたかった。頭から齧り付いて幸せを頬張る。穂高先輩はいつも通りにアイスコーヒーを頼んでいた。
お肉屋さんのコロッケも美味しいと聞いたことがある。こうした商店街に来るのは何気に初めてだから全部が物珍しい。お弁当屋さんもある、唐揚げのいい匂いがした。
そうしてきょろきょろしながら歩いていると、穂高じゃん、と背後から先輩を呼び止める声がした。
「陽太? お前まだいたの」
「こっちの台詞なんですけどー。え待って彼女? 聞いてねー! こんにちは」
「こんにちは。とんでもないことでございます」
「何何何どういう意味?」
振り向いたそこには短髪の快活そうな男子生徒がいた。穂高先輩のお友達なのだろう、けたけたとその人が笑っている。元気そうなお友達である。
彼女ではないのね。お友達はそう言いながら、ちらりと穂高先輩の顔を覗いていた。
「えーじゃあ俺もお友だちになって良い? 何ちゃん? 俺陽太」
「えっと」
「てかその制服南高でしょ? 可愛い子多いって聞いてたけどほんとじゃんね、連絡先交換して良い? 友達紹介して!」
「うんと」
「南高はね、他校の異性とむやみに連絡先交換したら駄目だから」
「いて」
穂高先輩がお友達の頭をぺちりと叩いた。そんなあ、と言いながらお友達が叩かれた部分を摩っている。
「えーでも穂高は知ってるんでしょ」
「俺は『むやみに』じゃないんで」
帰れ帰れ、と先輩が追い払うように手を振った。名残惜しそうにお友達が振り返り振り返り駅に向かって進んで行く。今度詳しく聞くからな! 遠くからそんな声がかかった。どうしたら良いか分からず、とりあえず一度頭を下げた。
「元気なお友達ですね……」
「あいつ常に彼女募集してるから。近付かない方がいいよ」
ふと見上げると目が合った。ごめんね、と先輩が溢して、何だか分からず瞬きをする。
「なんか止めちゃった。交換したかった?」
「全然! 待って下さい全然って言ったら失礼ですね!」
穂高先輩のがあればもう大満足二百万点ですと言った私に、満点が何点なのと先輩が笑った。
穂高先輩は私に優しいところしか見せていないが、同性の友達には結構雑なんだなと新たな一面を目の当たりにしてしまった。
普通の高校生なんだな。そんなことを思いながら、手の中のたい焼きに齧り付いた。




