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11話 無茶をする


 穂高先輩と幾度か出掛けて観察をして、思う事がある。

 先輩は私の行きたい飲食店に快く付き合ってくれるが、実質彼が口にするのはマスクをしたまま摂取できるようなストローで飲める飲料ばかりだ。アイスコーヒー、アイスティー、フレッシュジュースやスムージー。甘いものが苦手だと言いながら、私の頼むパンケーキやパフェをじっと見ている事が多い。視線を感じて顔を上げると、にこにことした穂高先輩とよく目が合うのである。

 きっと本当は食べたいのだろうな、と思った。

 

 怪異のひとたちが人間社会で暮らすようになって、もうずいぶんと世代を経たらしい。初めの頃はひっそりと紛れ始めたそうだから、実際にはいつ頃からそうなのか詳しいことは分かっていない。おじいちゃんが子供の頃にはとっくにいたと聞いたこともある。

 メディアなどで見かけることはあるけれど人間に比べて母数そのものが少ないのか、街中などで見かけるとちょっと人目を引く存在。

 

 どこまで踏み込んで良いものなのか各々の裁量に任されることもあるから、聞きたくても直接聞けないこともある。何らかのハラスメントに抵触する恐れがあるからだ。思い返せば本当に先輩は優しいと思う、よく私の妙な質問に笑って答えてくれているものだ。

 そんな背景があるから、穂高先輩も外ではマスクを外して思い切り好物に齧り付く事が出来ないのだろう。それは大変だな、と思った。私が同じ立場だったらみっともなく号泣している可能性がある、目の前で減っていくパンケーキたちをただ見ていることしか出来ないなんて。

 穂高先輩にも楽しんで欲しいなあ。

 いつも私の子守りを引き受けてくれる世界一美人で素敵な先輩の笑顔を思い浮かべながら、私は脳みそをぐるぐると回転させた。








 定期はとうとう三日前に切れた。どれだけ確認しようと覆ることのないその日付に泣く泣く机に仕舞い込む。チャージすれば使えるけれど、その途端にどこまでも遠出して湯水の如く使いそうだった。さすがにそれは自制する、私のママはとても怖いのだ。

 

 穂高先輩と遊びたいなあ。一緒に楽しめる物は何だろうなあ。そんな事をごろごろしながら考えて、ぴこん、と一つ名案が浮かんだ。先輩がマスクを着けたまま楽しめるような甘くて美味しい最高のもの。

 

 あるじゃん。早速先輩に時間取れる日はありますかと質問を投げる。遊びたいからこっち来てください。並んだ文字列に我ながらふてぶてしい後輩だなと笑ってしまう、先輩の優しさの上で成り立っている関係だなと改めて思う。

 やっぱり優しい先輩は生意気な後輩のメッセージに面白がるような返信をくれて、この人を全力で楽しませないといけないな、と勝手な使命感を抱いた。









 世界的チェーンのコーヒーショップは高校生にも人気だが、案外私は入った事がない。コーヒーが飲めないからだ。フラペチーノを飲むためだけに入店することは稀にあったが、それでも数えるほどしかない。同じ値段ならもっとガツンと生クリームを啜りたかったのだ。

 だから失念していた。この店には、カスタムがあるではないか。


 穂高先輩との待ち合わせよりも少し前に駅に着いて、駅の中にあるコーヒーショップに立ち寄った。同じものを一緒に味わってみたかったのだ。

 ストローで飲める状態のものであれば先輩も外で味わえるに違いない。コーヒーとは言え限界まで甘くカスタムすればきっと私も飲めることだろう。同じドリンクを二つ買って、いそいそと待ち合わせ場所に向かう。少し早くに着けそうだった。



「あれ。先輩もう着いてたんですか」

「さっき。文ちゃんも早いね」



 こんにちは。こんにちは。軽く頭を下げあって隣に立つ。今日も当たり前のように服の系統は被っていた。上はくすみブルー、下はデニム。スカートとパンツで別れこそすれ、どうしてここまで似通ってしまうのか。



「同じクローゼットから出したりしてます?」

「スカートは持ってないなあ」



 何だかもう慣れてきた。いや恥ずかしいことに変わりはないが、恥ずかしがっている方が恥ずかしい気もする。

 行きましょうか、と告げる私に、そういえばどこ行くのと穂高先輩が首を傾げる。



「ふふふ。飲みます! これを」



 テイクアウトした紙袋を掲げて見せる。駅裏すぐに公園があるんです、と先陣を切って歩き出した。

 地元だから私の荷物も今日は少ない。小さなカバンがゆらゆらと揺れる。



「なんか買っといてくれたの?」

「お楽しみです!」



 到着した公園では数人の子供が遊んでいた。今日は少し曇っているから、外遊びもまだ出来るのだろう。

 さすがに嫌か、と遊具を避けて人気のなさそうな場所を探す。奥まったところに古いベンチがあるのを思い出した。昔は灰皿もあったそうだが、とっくに撤去されて屋根とベンチだけが残ったスペース。

 

 妙に低い高さのベンチに座ろうとしてバランスを崩して転びそうになる。あぶね。思わず出た声に先輩がくすくすと笑った。

 溶けてはいないだろうか。まだ大丈夫か。わくわくとした気持ちで袋から一つ取り出して、ずいっと穂高先輩の目の前に差し出した。

 先輩が少し目を丸くしてこちらを見ている。



「これなら一緒に楽しめます!」



 丸い蓋の中でクリームが山になっている。土台はコーヒーのはずなのに大量に混ぜられたチョコたちでずいぶん茶色く染め上げられていた。友達がよく飲んでいるというカスタムを教えてもらって注文したものだった。

 自分の分も取り出して、おんなじです! と軽く振って見せる。先輩が目を白黒させていた。



「これ、俺に?」

「はい! 先輩いつも付き合ってくれる時、私が食べるの見てるだけになっちゃってるじゃないですか。ほんとは食べたいんだろうなって思ってて」



 外でも先輩が気兼ねなく摂取できる甘いものに気付きました、とうきうきしながら伝えた。喜んでくれるだろうか。

 甘い匂いが漂ってきて、待てをされている気分になる。



「かんぱーい!」

「あは。乾杯」



 クリームを分断するようにぶっといストローを突き刺して、軽くカップをぶつけて口を付ける。じゃりじゃりとした氷の粒が流れ込んでくる。チョコとクリームの甘い香りがして、そして、コーヒーの苦味が舌を擽った。



「うぇ」



 なんだ。想定よりも苦い。友達は甘いと言っていたのに。もしかして私が極端に苦味から離れて生きてきた生き物だからだろうか。

 でもコーヒーが好きな先輩なら楽しめるレベルのはずだ。そう思って横を見ると、マスクからストローを引き抜いた先輩がマスクを抑えて肩を震わせていた。え、もしかして感動している……?



「ごめん、ありがたいけどまじで無理かも。俺ほんとに甘いの苦手で」

「えっ!」



 はちゃめちゃに笑っていた。果物は平気なんだけどクリームがね、と言いながら面白そうにカップを見ている。



「初めて飲んだ。こんな甘いんだ」

「友達がゲロ甘スペシャルって呼んでるカスタムしました」

「ふは。言い得て妙だね」



 余計なお世話であったらしい。しおしおと小さくなる。縮こまったついでに目の前に来たストローを吸うと、やはり苦味ばかりを感じる。



「甘い?」

「苦いです」

「え。これが?」

「私コーヒーほんとに駄目なので……」

「やば」



 出会ってから一番笑っているような気がした。苦手なものを勘違いで渡されたことがよほどおかしかったのかもしれない。

 膝を抱え込む私を覗き込むように先輩も丸くなる。無理そう? 優しい声がかけられた。一口吸って無言で顰めた私の顔を見て、また先輩が笑っている。


 

「強がりかと思ってました、ごめんなさい……」

「俺文ちゃんに嘘ついたことないけどなあ」

「私も頑張るので先輩はそっち頑張ってください、さすがに二杯は無理です私」

「罰ゲームみたいだね。何の?」



 言葉とは裏腹に先輩は終始面白そうだった。なかなか減らない二つのカップを見て、私の顔を見ては笑っている。笑顔にする事には成功したが成功と言えるのかは甚だ疑問だった。

 溶けかけたそれをどうにか半分まで減らした頃、横を見ると私より飲み進めている先輩が何だかアンニュイな表情になっていることに気付いた。相当辛いのかもしれない。目が合って微かに笑った先輩が妙に耽美に見えた。



「やばい先輩いまめっちゃ美しいです。写真撮って良いですか」

「一緒に撮るならいいよ」



 畏れ多すぎる。もしかして引き立て役にする気ですか、と思わず苦情を申し入れた。



「死にかけ二名記念」

「ほんとごめんなさい」



 先輩がもう良いって、と笑う。

 穂高先輩の写真は欲しいがそこに私は要らない。しかし単体で撮らせてはもらえなさそうだったので渋々とインカメでシャッターを下ろした。撮れた写真はチェキみたいで何だか愉快だ。現実味がなかった。


 

「SNS上げるなら目線入れてね」

「上げませんよ! め、目線?」

「なんか仲間内で流行ってる。文ちゃんとこでも流行らせよ」



 他校のノリはよく分からない。思い出が全部プライバシーに配慮されている。リテラシーの高い事だなと思った。

 そもそも顔は入らないような写真ばかり上げているから、私も傾向は似ているかもしれない。


 

「私が……南高のインフルエンサーに……? 」

「フォロワー何人?」

「二十一人です」

「意外と少数精鋭だね」

「先輩も選ばれし一人ってわけですよ」



 どうにか揃って飲み干して、うぷうぷになったお腹を抱えた。まさかこんな結末を迎える事になるとは思っていなかった。

 


「気持ちは嬉しかった、いやほんと。いい思い出」



 ご機嫌そうな先輩が目元を緩めてそう言った。

 私のせいで苦行を強いられたのに、本当に仏のような人だ。感動の余り涙が滲んできた気もする。

 ゴミください。入っていた袋にカップを並べて入れる。先輩が私の手から袋をするりと掠め取った。

 


「またなんか一緒に飲もうね」

「ごめんなさい」

「今度は俺にも選ばせてね」

「ごめんなさいってば! 先輩がいじわるだ!」

「今日晩飯食えないかも」

「ごめんなさい!!」

 


 顔を覆った私の隣で、先輩が声を上げて笑った。

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