第29話④ :『猫も負けた』
最初に報告を受けたのはアオの卓だった。
席につくなり姫が言う。
「それで?」
アオは苦笑した。
「早いですね」
「聞いてきた?」
「聞いてきました」
姫は満足そうに頷く。
「で?」
アオは順番に話した。
相談だったこと。
店では話せない内容だったこと。
家へ行ったこと。
実は息子がいたこと。
出張の相談だったこと。
そして。
猫が懐いたこと。
全部。
一通り。
聞き終えたあと。
姫は少しだけ考えた。
「へぇ」
アオは続きを待つ。
姫はグラスを回した。
そして。
「クロノくん、やっぱり優しいんだ」
アオは少し笑った。
そうなると思った。
見ていた伝票小人たちも頷く。
『そこ』
『そこだな』
『猫じゃない』
『猫じゃないな』
『相談でもない』
『相談でもないな』
『クロノ』
『クロノだな』
少し沈黙。
『強火担』
『強火担だな』
*
別の卓。
「それで!?」
席についた瞬間だった。
カイは諦めた。
「でしょうね」
「聞いた!?」
「聞きました」
「で!?」
「相談でした」
「そこじゃない!!」
即ツッコミだった。
カイは順番に説明する。
家。
息子。
相談。
出張。
猫。
全部。
最後まで。
ちゃんと。
説明した。
姫は真剣に聞いていた。
そして。
「猫!?」
そこだった。
「そこですか」
「そこだよ!?」
「そこじゃないと思います」
「そこだよ!!」
姫は机を叩いた。
「三分!?」
「はい」
「怖い!!」
「少し」
「見たかった!!」
「でしょうね」
伝票小人たちは頷く。
『通常運転』
『通常運転だな』
『面白がり』
『面白がりだ』
『猫』
『猫だな』
『相談』
『どこ行った』
『どっか行ったな』
平和だった。
*
リクは少し緊張していた。
姫が静かだったからだ。
報告は最後まで聞いてくれた。
一度も口を挟まない。
家。
息子。
相談。
出張。
猫。
全部。
聞き終わる。
沈黙。
長い沈黙。
やがて。
姫がぽつりと言った。
「羨ましいな」
一拍置いて、リクが固まる。
「……何がですか」
姫は微笑む。
「猫」
リクは少し安心した。
「猫が」
安心できなかった。
姫はグラスを見つめる。
「いいなぁ」
リクは笑顔を維持した。
頑張って維持した。
伝票小人たちは固まっていた。
『怖い』
『怖いな』
『湿度』
『湿度だ』
『高い』
『梅雨』
『梅雨並み』
『それ』
『それ以上?』
『高い』
『高いな』
つまりじっとり。
少し沈黙。
『でも』
『でも?』
『本人は猫の話してる』
『してるな』
『たぶん』
『たぶんな』
誰も深く考えなかった。
*
シュウの卓だけ少し違った。
「へぇ」
姫が言う。
「そうなんだ」
終わりだった。
本当に終わりだった。
シュウはそうだろうと思った。
でも。
心のどこかで、もっと聞かれると思っていた。
姫は普通に酒を飲んでいる。
完全に興味を失っていた。
沈黙。
シュウはグラスを見る。
そして。
クロノの話を思い出す。
猫。
三分。
膝。
離れない。
閉じ込めても戻る。
意味が分からない。
姫は普通だった。
シュウだけが姫の相手をしながら、ずっと考えていた。
伝票小人たちが見ている。
『逆』
『逆だな』
『姫普通』
『普通だ』
『なんとなく』
『きいた』
『うん』
『興味なし』
『興味なし』
『ホスト変』
『変だな』
『変』
『クロノ』
『クロノだな』
『気にしてる』
『気にしてるな』
ロッカー小人が腕を組む。
『イエローカード』
『継続』
『継続だな』
『見張る』
『見張るな』
『クロノ守る』
『守るな』
『そう?』
シュウはもちろん知らない。
自分が監視対象になっていることを。
*
その頃。
歌舞伎町のどこか。
小人ネットワークでは別の話が共有されていた。
『聞いた?』
『聞いた』
『窓際』
『窓際だな』
『しょんぼり』
『しょんぼりだな』
『鳴いてた』
『鳴いてたな』
少し沈黙。
『相談』
『負けた』
『負けたな』
『人間』
『負けた』
『負けたな』
また沈黙。
『猫』
長い沈黙。
『猫も負けた』
『負けたな』
猫は頑張った。
ものすごく頑張った。
三分で懐いた。
膝を占領した。
相談を潰した。
帰宅も阻止しようとした。
それでも。
翌日。
人間たちが話していたのは。
クロノだった。
『かわいそう』
『かわいそうだな』
『でも』
『でも?』
少し沈黙。
『相手が悪い』
『相手が悪いな』
『クロノだし』
『クロノだからな』
全員が頷いた。
それはそれとして。
猫は負けた。
その事実だけは。
誰も否定しなかった。




