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第29話④ :『猫も負けた』


最初に報告を受けたのはアオの卓だった。



席につくなり姫が言う。

「それで?」


アオは苦笑した。




「早いですね」

「聞いてきた?」

「聞いてきました」


姫は満足そうに頷く。

「で?」



アオは順番に話した。


相談だったこと。

店では話せない内容だったこと。

家へ行ったこと。

実は息子がいたこと。

出張の相談だったこと。


そして。


猫が懐いたこと。


全部。

一通り。



聞き終えたあと。


姫は少しだけ考えた。

「へぇ」



アオは続きを待つ。


姫はグラスを回した。




そして。


「クロノくん、やっぱり優しいんだ」


アオは少し笑った。

そうなると思った。




見ていた伝票小人たちも頷く。

『そこ』

『そこだな』

『猫じゃない』

『猫じゃないな』

『相談でもない』

『相談でもないな』

『クロノ』

『クロノだな』



少し沈黙。


『強火担』

『強火担だな』







別の卓。


「それで!?」

席についた瞬間だった。


カイは諦めた。

「でしょうね」



「聞いた!?」

「聞きました」

「で!?」

「相談でした」

「そこじゃない!!」


即ツッコミだった。



カイは順番に説明する。

家。

息子。

相談。

出張。


猫。


全部。


最後まで。

ちゃんと。

説明した。


姫は真剣に聞いていた。


そして。


「猫!?」


そこだった。



「そこですか」

「そこだよ!?」

「そこじゃないと思います」

「そこだよ!!」



姫は机を叩いた。



「三分!?」

「はい」

「怖い!!」

「少し」

「見たかった!!」

「でしょうね」



伝票小人たちは頷く。

『通常運転』

『通常運転だな』

『面白がり』

『面白がりだ』

『猫』

『猫だな』

『相談』

『どこ行った』

『どっか行ったな』


平和だった。





リクは少し緊張していた。

姫が静かだったからだ。



報告は最後まで聞いてくれた。


一度も口を挟まない。

家。

息子。

相談。

出張。

猫。


全部。


聞き終わる。

沈黙。



長い沈黙。


やがて。

姫がぽつりと言った。





「羨ましいな」



一拍置いて、リクが固まる。



「……何がですか」


姫は微笑む。


「猫」


リクは少し安心した。


「猫が」



安心できなかった。



姫はグラスを見つめる。

「いいなぁ」


リクは笑顔を維持した。

頑張って維持した。




伝票小人たちは固まっていた。

『怖い』

『怖いな』

『湿度』

『湿度だ』

『高い』

『梅雨』

『梅雨並み』

『それ』

『それ以上?』

『高い』

『高いな』


つまりじっとり。




少し沈黙。


『でも』

『でも?』

『本人は猫の話してる』

『してるな』

『たぶん』

『たぶんな』



誰も深く考えなかった。






シュウの卓だけ少し違った。


「へぇ」

姫が言う。


「そうなんだ」

終わりだった。


本当に終わりだった。



シュウはそうだろうと思った。

でも。

心のどこかで、もっと聞かれると思っていた。


姫は普通に酒を飲んでいる。

完全に興味を失っていた。


沈黙。


シュウはグラスを見る。


そして。


クロノの話を思い出す。

猫。

三分。

膝。

離れない。

閉じ込めても戻る。


意味が分からない。


姫は普通だった。

シュウだけが姫の相手をしながら、ずっと考えていた。



伝票小人たちが見ている。

『逆』

『逆だな』

『姫普通』

『普通だ』

『なんとなく』

『きいた』

『うん』

『興味なし』

『興味なし』

『ホスト変』

『変だな』

『変』

『クロノ』

『クロノだな』

『気にしてる』

『気にしてるな』


ロッカー小人が腕を組む。


『イエローカード』

『継続』

『継続だな』

『見張る』

『見張るな』

『クロノ守る』

『守るな』

『そう?』



シュウはもちろん知らない。

自分が監視対象になっていることを。






その頃。

歌舞伎町のどこか。


小人ネットワークでは別の話が共有されていた。


『聞いた?』

『聞いた』

『窓際』

『窓際だな』

『しょんぼり』

『しょんぼりだな』

『鳴いてた』

『鳴いてたな』


少し沈黙。


『相談』

『負けた』

『負けたな』

『人間』

『負けた』

『負けたな』


また沈黙。


『猫』


長い沈黙。


『猫も負けた』

『負けたな』


猫は頑張った。

ものすごく頑張った。


三分で懐いた。

膝を占領した。

相談を潰した。

帰宅も阻止しようとした。


それでも。

翌日。


人間たちが話していたのは。

クロノだった。


『かわいそう』

『かわいそうだな』

『でも』

『でも?』


少し沈黙。


『相手が悪い』

『相手が悪いな』

『クロノだし』

『クロノだからな』


全員が頷いた。


それはそれとして。



猫は負けた。


その事実だけは。

誰も否定しなかった。


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