第29話③ :『端折んな』
営業終了後。
バックヤードの扉が開いて、クロノが入ってくる。
その瞬間だった。
「おかえりー」
「初アフターおめでとう」
「生還したか」
「飯食った?」
「何時間いた?」
「可愛かった?」
「手ぇ繋いだ?」
「繋いでません」
即答だった。
「聞いてねぇよ」
レンが笑う。
「聞いたじゃないですか」
「そういう意味じゃねぇんだよ」
「じゃあどういう意味ですか」
「俺も分かんねぇ」
バックヤードに笑いが起きる。
伝票小人たちも集まっていた。
『始まった』
『始まったな』
『事情聴取』
『事情聴取だ』
『祭り』
『祭りだな』
田辺が缶コーヒーを開ける。
プシュッ。
「で」
少し静かになる。
「どうだった」
クロノは頷いた。
「相談でした」
沈黙。
「端折んな」
田辺だった。
「端折んな」
レンだった。
「端折らないでください」
ユウだった。
「そこ結果だろ」
「過程!」
「本編!」
「中身!」
「そこ聞いてねぇ!」
野次馬ホストたちも一斉に言う。
クロノは少し考えた。
「姫に呼ばれました」
「うん」
「行きました」
「うん」
「相談でした」
「だから端折んな!!」
バックヤードが爆発した。
伝票小人たちが転がる。
『学習しない』
『しないな』
『強い』
『強いな』
『端折り力』
『つよい』
『端折り力だ』
田辺が額を押さえた。
「最初からだ」
「はい」
ようやくクロノは説明を始めた。
姫に呼び止められたこと。
相談があると言われたこと。
店では話しにくい内容だったこと。
家へ行ったこと。
そこまでは良かった。
本当に。
「家?」
レンが止まる。
「はい」
「家?」
「はい」
「家ぇ?」
「はい」
「お前アフターで家行ったの?」
「行きました」
「普通に?」
「普通に」
「入ったの?」
「入らないと相談できないじゃないですか」
「それはそうなんだけどそうじゃない」
伝票小人たち。
『そうじゃない』
『そうじゃないな』
『クロノ』
『平常運転』
『平常運転だな』
クロノは続けた。
「息子さんがいました」
沈黙。
今度は本当に沈黙だった。
レンが止まる。
ユウが止まる。
近くで着替えていたホストも止まる。
ドライヤーの音まで止まった気がした。
「息子?」
「はい」
「誰の」
「恭子さんの」
さらに沈黙。
「え」
「え?」
「えっ?」
バックヤードがざわつく。
プライベートを一切話さない”姫”。
初めて明かされた情報はかなりの衝撃をその場の全員に与えた。
その反応に、忠敬は瞬時に思う。
(伏せるべきだったか)と。
ユウが手を上げた。
「整理します」
「頼む」
田辺が即答した。
ユウはクロノを見る。
「まず姫に息子さんがいたんですね」
「いました」
「初耳なんですけど」
「俺も」
「俺も」
「俺も」
全員だった。
伝票小人たちもつられてざわつく。
『初耳』
『初耳だな』
『いた』
『前から』
『いたな』
『子供』
『子供だ』
『びっくり』
『びっくりだな』
『そう?』
『うん』
「で」
田辺が続きを促す。
クロノは頷いた。
息子と挨拶したこと。
出張の相談だったこと。
そこまでは理解できた。
問題はその後だった。
「猫がいました」
「うん」
「懐きました」
「うん」
「終わりです」
「終わるな!!」
レンが机を叩いた。
バックヤードに笑いが起きる。
「そこだろ!!」
「本編!!」
「繰り返し!!」
「学習!!」
「猫の話しろ!!」
「何した!!」
「餌!?」
「ちゅーる!?」
「マタタビ!?」
「何もしてません」
全員が疑わしい目で見た。
クロノは本当に何もしていない。
だから困惑していた。
「待て待て待て」
静観していた野次馬ホストの一人が遂に我慢できずに割り込む。
「懐いたってどのレベル?」
「懐いたです」
「だからその懐いたを説明しろ」
「膝に乗りました」
「おう」
「降りませんでした」
「おう」
「相談中ずっといました」
「おう」
「帰る時離れませんでした」
沈黙。
「重っ」
誰かが言った。
「重いな」
「重いですね」
「重いだろ」
「彼女か」
「重いですね」
バックヤードの意見が一致した。
伝票小人たちも頷く。
『重い』
『重いな』
『本気』
『本気だ』
『過去最速』
『過去最速だな』
『前は?』
『しらん』
『しらん』
『今回』
『三分』
『三分だ』
ロッカー小人が腕を組む。
『記録更新』
『更新だな』
『殿堂入り』
『殿堂入りだ』
「閉じ込めたら?」
レンが聞く。
「戻りました」
「え?」
「戻りました」
「どうやって」
「分かりません」
「二回目は?」
「戻りました」
「三回目は?」
「戻りました」
沈黙。
「「「「怖ぇ」」」」
今度は全員だった。
クロノは首を傾げた。
「そうですか?」
全員が見た。信じられないものを見る目で。
「そうだよ」
レンが即答した。
「そうですね」
ユウも頷く。
「そうだな」
田辺も頷く。
クロノだけ納得していなかった。
伝票小人たち。
『本人だけ』
『本人だけだな』
『平和』
『平和だ』
『いつもの』
『いつもだな』
しばらくして。
話は終わった。
バックヤードには妙な沈黙が流れる。
誰も想像していなかった。
初アフター。
相談。
息子。
そして猫。
全部予想外だった。
伝票小人がぽつりと言う。
『相談』
『相談だな』
『負けた』
『負けたな』
『猫』
『勝った』
『勝ったな』
ロッカー小人が首を振る。
『まだだ』
『まだ?』
『聞いた』
『何を』
少し沈黙。
『その後』
空気が変わる。
『あー』
『窓際』
『窓際だな』
『見てた』
『見てたな』
『せつない』
『鳴いてた』
『鳴いてたな』
伝票小人が小さく呟く。
『しょんぼり』
少し沈黙。
『じゃあ』
『じゃあ?』
『相談』
『負けた』
『負けたな』
『人間』
『負けた』
『負けたな』
『猫』
『負けた』
『負けたな』
また沈黙。
『クロノは?』
少し間。
『帰宅』
『猫に興味なし』
『そのまま』
『帰宅』
『帰宅だな』
長い沈黙。
そして。
『それはそう』
『それはそうだ』
当のクロノは、その頃にはロッカーを閉めていた。
もちろん。
自分が何を騒がれていたのかは、最後までよく分かっていなかった。




