第28話:『迷子のお守りと、強火担(つよびたん)たち』
休日の昼下がりだった。
忠敬は珍しく家でのんびりしていた。
本を読み、コーヒーを飲み、時々窓の外を見る。
急ぎの予定もない。
大学も店も休みの日は、だいたいこんなものだった。
部屋の小人たちも思い思いに過ごしている。
コップ小人は窓際に座り、本棚小人は本の上で寝転がり、充電器小人はコードにぶら下がっていた。
ティッシュカバー小人は机の上で大きなあくびをする。
『暇』
『暇だな』
『平和』
『平和だ』
ふと充電器小人が言った。
『かまって』
忠敬はチラリと小人を見て、「コンビニのあとで」と言った。
コップ小人が窓の外を見ながら言った。
『いつ?』
「この章が終わったら」
『コンビニ』
『コンビニ行くの』
『プリン』
「買わない」
『買え』
『買え』
「買わない」
いつものやり取りだった。
嬉しそうに小人たちが笑う。
やがて忠敬は立ち上がった。
「ちょっと行ってくる」
『いってらっしゃい』
『プリン』
『プリンだぞ』
「買わない」
忠敬は財布だけを掴んだ。
忠敬と2人っきり。
スーパーウルトアレアだった。
『………―――っ』
感動して言葉もない財布小人に家じゅうからブーイングが飛んだ。
「うるさい」
忠敬はピシャリと言い放つ。
玄関が閉まる。
部屋は静かになった。
その数分後だった。
ゴトッ。
何かがベランダへ落ちた。
すぐにコップ小人が身を乗り出す。
『ん』
本棚小人も顔を上げた。
『落ちた』
『何か落ちた』
見に行くと、一つのお守りが転がっていた。
少し汚れている。
紐もほつれていた。
どうやら長いこと外を彷徨っていたらしい。
お守り小人はふらふらと立ち上がった。
『生きてる……』
『迷子だ』
『迷子だな』
『カラス案件か?』
『たぶん』
お守り小人は周囲を見回した。
知らない部屋。
知らない小人たち。
『ここどこだ』
コップ小人が答える。
『忠敬の家』
『誰』
『忠敬』
『見える人』
『聞こえる人』
『返事する人』
お守り小人は固まった。
『……は?』
本棚小人が補足する。
『忠敬』
『忠敬だ』
『見える兄ちゃん』
今度はお守り小人が二度見した。
『あの?』
『あの』
『歌舞伎町の?』
『そう』
『本物?』
『本物』
お守り小人はしばらく言葉を失った。
『嘘だろ』
『本当』
『本当だな』
コップ小人たちは首を傾げる。
何をそんなに驚いているのか分からない。
*
十分後。
玄関が開いた。
『おかえり』
『プリン』
『買ったか』
「買ってない」
『買えよ』
『買え』
すると本棚小人が思い出したように言う。
『あ。迷子』
『迷子いる』
忠敬が靴を脱ぐ手を止めた。
「迷子?」
『ベランダ』
『落ちてた』
『カラス案件』
忠敬はベランダへ向かった。
お守りを拾い上げる。
「ああ、本当だ」
その瞬間。
お守り小人は硬直した。
『ホントだ』
『見えてる』
『聞いてる』
『聞いてるぞ』
『ホントなんだ……』
忠敬はお守りを裏返し、表返しする。
「落とし物か」
『落とし物』
『迷子』
『迷子だな』
「持ち主探さないとな」
お守り小人は思わず顔を上げた。
『探すのか』
『探す』
『探すな』
『普通じゃない』
『普通ではない』
コップ小人が当たり前のように言った。
『忠敬だぞ』
お守り小人は思わず叫んだ。
『普通じゃないよ!』
コップ小人は充電器小人と顔を見合わせた。
『そうか?』
『そうなの?』
本棚小人も首を傾げる。
『普通じゃないのか』
『そうかも』
やはり意味が分からなかった。
*
お守りの持ち主探しは難航した。
数日間だけ、迷子の小人は忠敬の家で預かることになった。
その数日で。
お守り小人は何度も驚くことになる。
朝。
『おはよう』
「おはよう」
昼。
『暑い』
「そうだな」
夜。
『今日はどうだった』
「平和だった」
『平和らしい』
『平和だな』
『よかった』
お守り小人は毎回固まった。
『何だここ』
『何なんだここ』
『普通に会話してる』
『毎日』
『毎日するよな?』
お守り小人は沈黙した。
鍵小人は凪いだ目でそれを見ていた。
長い沈黙に、逆にコップ小人たちは困惑していた。
『普通、だろ?』
『普通』
『普通だよな?』
『うん』
本気で意味が分かっていない。
彼らにとっては当たり前の日常だった。
*
ある夜の深夜。
忠敬はもう就寝していた。
コップ小人が何気なく尋ねた。
『持ち主どんなやつだ』
お守り小人は少し笑った。
『朝弱い』
『忠敬も弱いな』
『いつもダルそう』
『毎日走る』
『走るのか』
『走る。そしてよく転ぶ』
『転ぶのか』
『忠敬は走んないな』
『転ぶの痛そう』
小人たちが笑う。
お守り小人も笑った。
『馬鹿だ』
『馬鹿なんだ』
『転ぶの好きなの』
『ちがう』
けれどその顔はどこか嬉しそうだった。
少し間を置いて、お守り小人は続ける。
『受験の日も走ってた』
笑い声が止まる。
『雨だった』
『転んだ』
『受験票濡らした』
『馬鹿だな』
『学習してない』
『でも受かった』
お守り小人は少し誇らしそうに胸を張った。
『大学入っても変わらない』
『変わらないのか』
『変わらない。まだ転んでる』
お守り小人が思い出すように少し笑って、黙った。
しばらく沈黙が流れる。
やがて。
『面接の日も緊張してた』
『握ってた』
『ずっと』
『ずっとか』
『ずっと、皺になるくらい』
本棚小人がぽつりと言った。
『好きなんだな』
お守り小人は頷く。
『好きだ。見守ってきた』
誰も茶化さなかった。
お守り小人は少し遠くを見る。
『不安な時は触る』
『嬉しい時も触る』
『落ち込んだ時も』
『触る』
小さく笑った。
『だから』
『早く帰りたい』
その言葉で。
部屋は静かになった。
*
さらに数日後。
お守り小人から聞いた話を、忠敬に必要なことだけ教えた甲斐があったのか、持ち主が見つかった。すぐ近所だった。
忠敬は出かける準備をしている。
お守り小人は少し落ち着かない様子だった。
『帰るのか』
『帰る』
『そうか』
『う、ん』
お守り小人の歯切れが悪い。
それに首を傾げながら充電器小人が言う。
『?待ってるだろうしな』
『帰るの待ってる』
『待ってるな』
『探してるかも』
『泣いてるかも』
それに、お守り小人は頷いた。
『うん、待ってる』
『たぶんすごく』
財布小人も頷く。
『帰るな』
『帰るよ』
『そうだ』
『でも、』
そして少し迷うように。
少し寂しそうに。
お守り小人は言った。
『でも、』
『羨ましかった』
部屋が静まる。
『すごく』
『羨ましかった』
『…ズルいなぁ』
誰も何も言わない。
支度を終えた忠敬だけが事情を知らず、お守り小人に言った。
「見つかってよかったな。行くぞ」
『……うん!』
お守り小人は真っ直ぐに忠敬を見つめた。
忠敬は優しくお守りを鞄へ入れた。
鞄の隙間から、お守り小人は顔を出した。
『いってくる。またね』
『いってらっしゃい』
『元気でな』
『またな』
『カラス気を付けろ』
『気を付ける』
お守り小人は手を振った。
そして部屋を出ていった。
*
静かになった部屋で。
コップ小人がぽつりと呟く。
『そんなに羨ましいのか』
財布小人が答えた。
『かなり』
『かなりだな』
スマホ小人も頷く。
『有名だぞ』
『見える兄ちゃん』
『しかも聞こえるし』
『困ってたら助けてくれる』
『よくじっと見られる』
『話してくれることもある』
『知らない方が珍しい』
充電器小人が目を丸くした。
『普通だと思ってた』
『普通だな』
本棚小人も同意する。
『そうじゃない』
鍵小人が首を振った。
『普通じゃない』
『かなり希少』
『見えるの、変』
『変だな』
『おかしいな』
しばらく沈黙。
やがてコップ小人が言った。
『じゃあ』
『かなりいい持ち主なのか』
財布小人は少し考える。
『いいかは知らん』
『変だし』
『忘れるし』
『財布忘れたし』
『忘れたな』
少し間。
本棚小人が口を開く。
『でも』
『本は戻す』
『ちゃんと戻すな』
充電器小人も続く。
『充電もする』
『コード気をつけるしな』
ティッシュカバー小人も頷いた。
『洗濯の日も戻される』
『綺麗にな』
コップ小人が言う。
『洗う』
『洗うな』
『ちゃんと』
『泡楽しい』
財布小人がちょっとだけ嫌な顔をした。
『おい』
『始まったぞ』
仕方なさそうにスマホ小人も呟く。
『始まったな』
だが誰も聞いていない。
本棚小人が言った。
『探す』
充電器小人が続く。
『見つける』
ティッシュカバー小人も頷く。
『戻す』
そして最後に。
コップ小人が断言した。
『拾う』
『『『それは絶対』』』
財布小人が即座に返す。
『財布忘れたぞ』
一秒。
沈黙。
そして。
『それは例外』
『例外だな』
『ノーカウント』
『判定不可』
『あれは特別』
財布小人が固まった。
『ノーカウントか……、そうか』
スマホ小人が呟く。
『好きが増えた』
鍵小人が頷く。
『もっと増えたな』
イヤフォン小人が口に手をあてた。
『悪化してる』
『重症が』
『感染した』
しかしコップ小人たちは気にしなかった。
『忠敬だから』
『忠敬だな』
『そうだな』
『忠敬だから』
今度は財布小人たちも否定しなかった。
『まあ』
『それはそう』
『それはそうだな』
『うん』
*
その夜。
風呂から上がった忠敬が部屋へ戻る。
『おかえり』
「風呂だろ」
『そうだった』
『そうだったな』
忠敬は冷蔵庫から麦茶を取り出した。
コップへ注ぎ、机の端へ置く。
ほんの少しだけ。
端だった。
普段なら。
『危ない!』
『端、端!!』
『落ちる!!』
そう騒ぐはずだった。
だが今日は違う。
コップ小人が先に言った。
『大丈夫』
忠敬の手が止まる。
「何が」
少し沈黙。
すると本棚小人が言った。
『落ちても』
充電器小人が続く。
『拾う』
ティッシュカバー小人も頷く。
『探す』
クッション小人が忠敬を見て。
『見つける』
そしてコップ小人が当たり前のように言った。
『捨てない』
しばらく静寂。
最後に。
『忠敬だから』
財布小人が呟いた。
『重い』
スマホ小人も頷く。
『重いな』
『重火力だ』
『重火力だな』
『重症』
忠敬はしばらく黙っていた。
自分の物に何があったのかは分からない。
だが。
何となく。
今日はみんな機嫌がいい。
そんな気がした。
忠敬はコップを持ち上げる。
そして、机の中央へ置き直した。
フチを優しくなぞって、
少しだけ照れ臭そうに笑う。
「……そうか」
小さく息を吐く。
「じゃあ、割らないようにはする」
コップ小人は即答した。
『知ってる』
『知ってるな』
本棚小人も頷く。
『だから大丈夫』
充電器小人も続く。
『そうだな』
ティッシュカバー小人も笑った。
『そうだ』
財布小人が呟く。
『だよね』
スマホ小人も呟く。
『間違いない』
イヤフォン小人が頷いた。
忠敬は首を傾げた。
「今日は本当に何なんだ」
誰も答えなかった。
ただ。
部屋のあちこちから。
少し誇らしそうな笑い声だけが聞こえていた。




