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第26話:『口コミ最速』


財布小人が愚痴をこぼしたのは、ほんの出来心だった。


昨日、忠敬に置いていかれた。

主力なのに。

レギュラーなのに。


それはそれは腹が立った。


だから風に飛ばされてきたレシート小人に言った。

『置いていかれた』


レシート小人は驚いた。

『うわ』

『それはキレる』


財布小人は頷く。

『主力なのに』


レシート小人も続いた。

『レギュラーなのにな』


財布小人は腕を組む。

『そうだろ』


『そうだな』

『それは怒る』

『怒るな』

『それはそう』


やがて風が吹いた。


レシートが空へ舞い上がる。

それに合わせてレシート小人も手を振った。


『じゃあな』

『おう』


『災難だったな』

『本当にな』


レシートは道路の向こうへ飛んでいった。


そこで終わるはずだった。

財布小人もそう思っていた。





本当に。





翌朝、大学へ向かう途中。

駅前の自販機の横を通った時だった。


『あ』

釣銭返却口小人が声を上げる。


『本人だ』

『主力置いていった人だ』

『聞いた』

『聞いたな』


忠敬は足を止めない。

表情も変えない。

そのまま歩く。


だが内心では。

(なんで知ってる)


後ろではまだ続いていた。


『財布忘れたらしい』

『主力を』

『主力をな』

『それは怒られる』

『それはそう』


スマホ小人が小さく呟く。

『早いな』


鍵小人も頷いた。

『早い』


財布小人は少し嫌な予感がした。










大学、講義前。

自販機で缶コーヒーを買う。


すると近くのスマホ小人が言った。

『いた』

『本人』

『主力忘れた人』


その持ち主の財布小人も頷く。

『聞いた』

『歌舞伎町方面から来た』

『口コミだからな』


忠敬は無言だった。

(早すぎるだろ)


もちろん口には出さない。

出せるわけもない。



周囲から見れば、ただ缶コーヒーを買っている学生だ。


『一回らしい』

『三回じゃなかったか』

『二回だろ』

『一回だ』

『そうだった』


(増えてるな)

忠敬は静かに缶コーヒーを持ち上げた。


その横で、財布小人は少しずつ気まずくなり始めていた。










昼休みの学食。

忠敬は定食を受け取った。


するとトレー小人が声を上げた。

『あっ。本人だ』


『聞いた』

『主力置いてった』

『三回』

『一回だ』

『一回か』

『でも怒られる』

『それはそう』


忠敬は無言で箸を取った。


忠敬のスマホ小人も無言でただ座っていた。

鍵小人も、イヤホン小人も。


財布小人も何も言わず、


いや。


言えなかった。


皆から少し離れた場所で、小さく座り込んだ。


どうやら思った以上に広まっている。

そしてたぶん。


原因は自分だ。



帰り道のコンビニ。


レジ待ち。

前に並ぶ会社員の定期券小人がこちらを見た。


『本人だ』

『聞いた』

『主力軽視』

『反省してるか』

『してそう』

『顔が』

『顔がな』


忠敬は無表情だった。


だが


スマホ小人も。

鍵小人も。

イヤホン小人も。


財布小人も。




もう誰もお通夜状態だった。

むしろ皆、財布小人の方を見れなかった。


ポイントカード小人なんてもう涙が決壊しそうになっている。



家に置いていかれることくらい、軽いものに思えた。






周囲に誰も居なくなっても、忠敬は喋らなかった。


いつもなら。


賑やかなのに。

優しく返事を返してくれるのに。


帰り道は静かだった。


他所の小人たちだけが楽しそうに噂を続けていた。



夜。


帰宅。


玄関のドアが閉まる。


忠敬は無言だった。

外から帰ってきた小人たちも静かだった。


玄関を上がる。

部屋へ入る。


すると留守番組が顔を上げる。


『おかえり』

『おかえり』

『おかえり』


『今日は遅かったな』

コップ小人が言った。


充電器小人も続く。

『何かあったのか?』


だが。


誰も返事をしない。

異様な空気だった。




目覚まし時計小人が首を傾げる。

『どうした?』


鍵小人が小さく答えた。

『後で話す』


『重いな』

『重い』

『結構重い』



留守番組は顔を見合わせた。

何かあったらしい。


それだけは分かる。


忠敬は鞄を机へ置く。

財布を取り出す。


机の上へ置く。


財布小人は覚悟を決めたように顔を上げた。

『……おかえり』




忠敬はしばらく財布小人を見つめる。




部屋中の小人たちが固唾を飲んだ。





そして。





「お前」






財布小人が背筋を伸ばした。

『……はい』



「おしゃべりだな」



財布小人は目を閉じた。

『(やっぱりそこか)』




その瞬間。


留守番組は全員、(財布か)と思った。








事情説明はすぐ終わった。


『そんなに広まったのか』

コップ小人が驚く。


『学食まで?』

充電器小人も目を丸くした。


『早くないか』

『早いな』

『小人持ち物ネットワーク』

『エグいはやさ』

『口コミ怖い』


財布小人は机を見つめたままだった。


やがて、小さく呟く。

『……でも』



忠敬が見る。






『心配だったんだ』



財布小人は視線を逸らした。

『昼飯どうするかと思ったし』

『困ると思ったし』


『だからちょっと愚痴った』


少し間が空く。


そして。


『ごめんな』


部屋が静かになった。


忠敬は少し困ったように笑う。

「……いいよ」


財布小人が顔を上げた。


「心配してたのは知ってる」

『そうか』


空気が少し柔らかくなる。


そして忠敬は財布を持ち上げた。

「もう忘れないからな」



沈黙。




数秒後。


スマホ小人が吹き出した。

『ぷっ』


鍵小人。

『言った』


イヤホン小人。

『言ったな』


財布小人。

『昨日も聞いた』


『聞いた』

『確かに聞いた』

『そうそう』


忠敬は顔をしかめた。

「おい」


笑いが広がる。


するとコップ小人がぽつりと呟いた。

『仲直りしたな』


その一言で少し静かになる。


『したな』

『した』

『よかった』

『長引くかと思った』

『そうそう』

『よかった』


財布小人が気まずそうに言う。


『別に喧嘩じゃない』

『喧嘩だった』

『喧嘩だな』

『喧嘩だった』


忠敬も頷く。

「喧嘩だったな」


『うるさい』


また笑いが起きた。




財布小人は肩をすくめる。

『まあ』

『忘れる時は忘れる』

「嫌な信頼だな」

『長い付き合いだからな』


今度は誰も茶化さなかった。


『それはそう』

『それはそう』

『『『それはそう』』』


忠敬は苦笑して財布をポケットへしまった。


いつもの場所。

いつもの距離。

いつもの――安心できるぬくもり。


それを見送ったコップ小人が、小さく呟いた。

『よかったな』


今度は誰も否定しなかった。



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