1話:『歌舞伎町の異端児と、おしゃべりなシャンパングラス』
小物の小物が見えて、その声が聞こえる忠敬が『絶対就かないだろう仕事ってなんだろう』ふとした思いつきで始まった、潜木忠敬のスルーできない告発日常:IF『歌舞伎町の異端児クロノ』。
お楽しみいただけますと幸いです。
――歌舞伎町。
「……なんで俺がこんな場所にいるんだ」
巨大なネオン看板を見上げながら、忠敬は本気で後悔していた。
黒シャツ。
細身のスーツ。
慣れないセット髪。
どう見ても“ホスト”だった。
事の発端は単純である。
大学のゼミで世話になった先輩――元演劇サークル所属の超陽キャ男・神崎に、ある夜泣きつかれたのだ。
『頼む忠敬ぇぇぇ!! 一ヶ月だけでいい!』
『嫌です』
『即答!?』
『俺みたいな陰キャがホストとか事故だろ』
『違うんだよ! 今うち、人手がマジで足りなくてさ! 一人飛んだ!』
『それは店の問題だろ』
『お前なら絶対売れる!!』
『売れる要素どこだよ』
忠敬は心底嫌そうな顔をした。
だが神崎は引かなかった。
『顔はいい! 声も落ち着いてる! あとお前、“聞き上手”だろ!?』
『……』
『な!? 否定しないだろ!?』
否定できなかった。
なにせ忠敬は、物の小人たちのせいで、人間の嘘や本音を嫌でも拾ってしまう。
バッグの小人は持ち主の生活を知っている。
財布の小人は金銭感覚を知っている。
スマホの小人は感情の揺れを知っている。
結果として、 「なんかこの人、今こういうことで悩んでるな」 が、妙に分かってしまうのだ。本人はまったく嬉しくない特殊能力だったが、他人から見ると“異常に空気が読める男”になる。
『一ヶ月! マジで! 時給も高い!』
『……』
『あと寮、家具付き』
『……いつからだ』
『明日!』
『断るタイミングをくれ』
そして気づけば。
高級ホストクラブ『LUXE』新人・潜木忠敬―― 源氏名『クロノ』誕生である。
*
「はい新人ー! 名刺持った!?」
「……」
「笑顔笑顔!」
「接客業に向いてないって言ってますよね俺」
「顔がいいから大丈夫!」
ホストクラブ『LUXE』店内。
シャンデリア。
高級ソファ。
甘ったるい香水。
騒がしいコール。
忠敬は胃痛を覚えていた。
(帰りたい……)
テーブル上のシャンパングラスの小人たちが、キャッキャとはしゃぎながら忠敬を見上げた。
『おっ、新人だ!』
『この兄ちゃん、目つき悪いのにめちゃくちゃ丁寧だぞ!』
『さっきも俺たち指紋つかないように拭いてくれた!』
(そこ見てたのかよ……)
さらに隣の灰皿の小人がボソッと呟く。
『三番卓の女の人、無理して笑ってるぞ。“今日で彼氏と完全に終わった”ってスマホがさっき泣いてた』
忠敬は視線を向けた。
確かにそこには、 派手に笑っているのに、どこか疲れ切った女性がいた。神崎がニヤニヤしながら背中を押す。
「ほらクロノ、お前あそこ行ってこい」
「嫌な予感しかしないんですけど」
「大丈夫大丈夫!」
全然大丈夫じゃなかった。
*
「はじめまして。クロノです」
ぎこちなく頭を下げる。
女性客たちは最初、 「うわ、新人だ」 くらいの軽い反応だった。
だが数分後。
「……え?」
「なんで分かったの?」
「え、怖」
空気が変わっていた。
忠敬は別にテクニックを使ったわけではない。
ただ。ブランドバッグの小人が、 『その人、最近仕事辞めたの気にしてる』 と言い、スマホの小人が、 『元彼との写真まだ消せてない』 と呟き、ハンカチの小人が、 『今日泣くの三回目』 と教えてくるだけだ。
だから忠敬は、 自然とその人が一番欲しい言葉を選んでしまう。
「……頑張りすぎなんじゃないですか」
「……っ」
女性が固まる。
「なんか、“ちゃんとしなきゃ”って無理してる顔してる」
沈黙。
次の瞬間。
「ぅ、あ……」
ボロボロ泣き始めた。
(うわぁぁぁぁぁ!!)
内心で忠敬は頭を抱えた。
周囲のホスト達も騒然としている。
「え、なにあれ」
「新人が姫泣かせたぞ」
「しかも営業感ゼロで」
神崎だけが腹を抱えて笑っていた。
「だから言ったろ!? お前売れるって!!」
*
しかし、忠敬最大の問題は “女を口説けない”ことだった。
「クロノくーん♡」
「……どうも」
「もっと近く来て?」
「ここで十分では」
「ホスト向いてなくない!?」
実際向いてなかった。
だが、物たちは妙に忠敬を気に入っていた。
高級ボトルの小人は、 『この兄ちゃん雑に扱わねえ!』 と感動し、ソファの小人は、 『座る時ちゃんと衝撃逃してくれる!』 と絶賛し、ついには店の伝説級シャンパンタワーのグラス達が、『クロノを売れっ子にするぞー!!』と一致団結し始めたのである。
(なんなんだよお前ら……)
結果。
店内で酔った客がグラスを倒しそうになると、 忠敬だけが異常な速度で察知して受け止める。酔客同士のトラブルも、 灰皿やスマホ小人の会話から空気を読んで未然に防ぐ。
さらには
『五番卓の客、薬盛ろうとしてる!!』
という小人の悲鳴を聞き、 忠敬が即座に店長へ報告。
大問題を未然に防いだことで、 店からの信頼が爆発的に上がった。
気づけば。
「クロノ指名入りました!」
「また!?」
「今月新人売上トップ!?」
「なんでだよ……」
本人だけが納得していなかった。
*
深夜二時。
営業終了後、騒がしかった店内は静まり返り ネオンだけが窓の外で瞬いている。忠敬はソファに座り込み、ネクタイを緩めた。
「……疲れた」
その瞬間、テーブルの上の名刺の小人たちが 一斉にぴょんぴょん跳ね始める。
『今日もいっぱい“ありがとう”って言われてたぞ!』
『あの泣いてたお姉さん、帰る時ちょっと笑ってた!』
『クロノって結構向いてるじゃん!』
「向いてねえよ……」
忠敬は即答した。
だが、店の奥の鏡に映る自分は、 歌舞伎町へ来た初日より、少しだけ柔らかい顔をしていた。
手首のスマートウォッチのクロノが、 小さく振動する。
「主人。本日の“人助け回数”、過去最高を記録したよ」
「数えるな」
「ちなみに売上もNo.2だ」
「だから数えるなって言ってるだろ……」
呆れたようにため息を吐く忠敬の周囲で、 シャンパングラスたちは、 今日もカチカチと小さく楽しげな乾杯の音を鳴らしていた。




