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1話:『歌舞伎町の異端児と、おしゃべりなシャンパングラス』

小物の小人が見えて、その声が聞こえる忠敬が『絶対就かないだろう仕事ってなんだろう』ふとした思いつきで始まった、潜木忠敬のスルーできない告発日常:IF『歌舞伎町の異端児クロノ』。


お楽しみいただけますと幸いです。



――歌舞伎町。

湿った夜風が、不夜城の熱気と交ざり合って肌にまとわりつく。


「……なんで俺がこんな場所にいるんだ」


見上げるほど巨大なネオン看板の下で、潜木忠敬(くぐるぎただたか)は天を仰ぎ、本気で後悔していた。

黒シャツ。

細身のスーツ。

慣れないセット髪。


ガラスに映る自分の姿は、どこからどう見ても“ホスト”そのものだった。



事の発端は、数日前に遡る。

大学のゼミに向かうためキャンパスを歩いていた忠敬は、向こうからやってきた先輩――元演劇サークルの超陽キャ男・神崎(かんざき)と顔を合わせた瞬間、全力で泣きつかれたのだ。


白昼堂々、周囲の学生たちの視線が集まるのもお構いなしに、神崎は両手を合わせて拝み倒してくる。


『頼む忠敬ぇぇぇ!! 一ヶ月! マジで一ヶ月だけでいいから店を手伝ってくれ!』

『嫌です』

『即答!? 1秒も迷わないじゃん!』

『俺みたいな陰キャがホストの店に入るなんて、事故そのものですよ。あと目立つので離れてください』

『違うんだよ! 今うち、人手がマジで足りなくてさ!エース候補が一人飛んだんだ!』

『それは店のリスク管理の問題ですよね』

『冷たい! でもな、お前なら絶対売れるって!!』

『その根拠のない自信、どこから湧いてくるんですか』


忠敬は心底嫌そうな顔を隠そうともせず、一歩後ずさった。だが、神崎はなおも距離を詰めてくる。


『顔はいい! 声も落ち着いてる! あとお前、異常に“聞き上手”だろ!?』

『……』

『な!? 否定しないだろ!?』


ぐうの音も出ない。否定したくてもできなかった。

なにせ忠敬には、人間の嘘や本音を嫌でも拾ってしまう理由がある。

――彼の視界には、常に『物の小人たち』の姿が見えていた。


バッグの小人は持ち主の生活を知っている。

財布の小人は金銭感覚を知っている。

スマホの小人は感情の揺れを知っている。



結果として、 「なんかこの人、今こういうことで悩んでるな」 が、妙に分かってしまうのだ。本人はまったく嬉しくない特殊能力だったが、他人から見ると“異常に空気が読める男”になる。



『一ヶ月! マジで! 時給も高い!』

『……』

『あと寮、家具付き』

『……いつからだ』

『明日!』

『断るタイミングをくれ』


そして気づけば。

高級ホストクラブ『LUXE』新人・潜木忠敬(くぐるぎただたか)―― 源氏名『クロノ』誕生である。





*





「はい新人ー! 名刺持った!?」

「……」

「笑顔笑顔!」

「接客業に向いてないって言ってますよね俺」

「顔がいいから大丈夫!」


ホストクラブ『LUXE』店内。


シャンデリア。

高級ソファ。

甘ったるい香水。

騒がしいコール。


忠敬は胃痛を覚えていた。


(帰りたい……)



テーブル上のシャンパングラスの小人たちが、キャッキャとはしゃぎながら忠敬を見上げた。


『おっ、新人だ!』

『この兄ちゃん、目つき悪いのにめちゃくちゃ丁寧だぞ!』

『さっきも俺たち指紋つかないように拭いてくれた!』


(そこ見てたのかよ……)



さらに隣の灰皿の小人がボソッと呟く。

『三番卓の女の人、無理して笑ってるぞ。“今日で彼氏と完全に終わった”ってスマホがさっき泣いてた』


忠敬は視線を向けた。

確かにそこには、 派手に笑っているのに、どこか疲れ切った女性がいた。神崎がニヤニヤしながら背中を押す。


「ほらクロノ、お前あそこ行ってこい」

「嫌な予感しかしないんですけど」

「大丈夫大丈夫!」



全然大丈夫じゃなかった。




*





「はじめまして。クロノです」

ぎこちなく頭を下げる。


女性客たちは最初、 「うわ、新人だ」 くらいの軽い反応だった。



だが数分後。



「……え?」

「なんで分かったの?」

「え、怖」



空気が変わっていた。


忠敬は別にテクニックを使ったわけではない。

ただ。ブランドバッグの小人が、 『その人、最近仕事辞めたの気にしてる』 と言い、スマホの小人が、 『元彼との写真まだ消せてない』 と呟き、ハンカチの小人が、 『今日泣くの三回目』 と教えてくるだけだ。



だから忠敬は、 自然とその人が一番欲しい言葉を選んでしまう。


「……頑張りすぎなんじゃないですか」

「……っ」

女性が固まる。


「なんか、“ちゃんとしなきゃ”って無理してる顔してる」


沈黙。



次の瞬間。


「ぅ、あ……」

ボロボロ泣き始めた。


(うわぁぁぁぁぁ!!)


内心で忠敬は頭を抱えた。



周囲のホスト達も騒然としている。

「え、なにあれ」

「新人が姫泣かせたぞ」

「しかも営業感ゼロで」


神崎だけが腹を抱えて笑っていた。

「だから言ったろ!? お前売れるって!!」




*




しかし、忠敬最大の問題は “女を口説けない”ことだった。


「クロノくーん♡」

「……どうも」

「もっと近く来て?」

「ここで十分では」

「ホスト向いてなくない!?」


実際向いてなかった。


だが、物たちは妙に忠敬を気に入っていた。

高級ボトルの小人は、 『この兄ちゃん雑に扱わねえ!』 と感動し、ソファの小人は、 『座る時ちゃんと衝撃逃してくれる!』 と絶賛し、ついには店の伝説級シャンパンタワーのグラス達が、『クロノを売れっ子にするぞー!!』と一致団結し始めたのである。


(なんなんだよお前ら……)


結果。


店内で酔った客がグラスを倒しそうになると、 忠敬だけが異常な速度で察知して受け止める。酔客同士のトラブルも、 灰皿やスマホ小人の会話から空気を読んで未然に防ぐ。


さらには

『五番卓の客、薬盛ろうとしてる!!』

という小人の悲鳴を聞き、 忠敬が即座に店長へ報告。



大問題を未然に防いだことで、 店からの信頼が爆発的に上がった。


気づけば。

「クロノ指名入りました!」

「また!?」

「今月新人売上トップ!?」


「なんでだよ……」

本人だけが納得していなかった。




*




深夜二時。

営業終了後、騒がしかった店内は静まり返り ネオンだけが窓の外で瞬いている。忠敬はソファに座り込み、ネクタイを緩めた。


「……疲れた」


その瞬間、テーブルの上の名刺の小人たちが 一斉にぴょんぴょん跳ね始める。


『今日もいっぱい“ありがとう”って言われてたぞ!』

『あの泣いてたお姉さん、帰る時ちょっと笑ってた!』

『クロノって結構向いてるじゃん!』


「向いてねえよ……」

忠敬は即答した。



だが、店の奥の鏡に映る自分は、 歌舞伎町へ来た初日より、少しだけ柔らかい顔をしていた。


手首のスマートウォッチのクロノが、 小さく振動する。


「主人。本日の“人助け回数”、過去最高を記録したよ」

「数えるな」

「ちなみに売上もNo.2だ」

「だから数えるなって言ってるだろ……」


呆れたようにため息を吐く忠敬の周囲で、 シャンパングラスたちは、 今日もカチカチと小さく楽しげな乾杯の音を鳴らしていた。



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