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第16話:『巡回中の警察官と、歌舞伎町の迷子騒動』


深夜一時半。営業途中の歌舞伎町は、まだまだ眠る気配がなかった。


ネオンは派手に瞬き、酔客たちの笑い声が路地のあちこちから響いている。そんな雑踏の中を、忠敬はコンビニ袋を片手に歩いていた。店で使う炭酸水や氷を買い出ししていた帰りだ。


「……重い」


袋の中ではペットボトルの小人たちが、ぎゅうぎゅう詰めになって文句を言い合っている。


『押すなって!』

『お前ラベル滑るんだよ!』

『お兄ちゃん絶対まとめ買いしすぎ!』


(うるさいな……)

頭の中だけでため息を吐いた、その時だった。


「――あ、いたいた。“クロノ”くん」


聞き覚えのある声に振り向くと、そこには以前会った若い巡査が立っていた。夜間巡回中らしく、制服姿のまま軽く手を上げている。


「こんばんは」

「本当にまた会ったな。歌舞伎町広いのに」

巡査は苦笑していた。


忠敬の視界では、巡査の制服ボタンの小人たちが早速ざわつき始めている。

『例のホストだ!』

『勘がヤバい人!』

『警部補さんがまた会ったら声かけろって!』


(やめろ。気まずいだろ)


もちろん聞こえているのは忠敬だけだ。巡査本人は、不思議そうに首を傾げている。


「どうした?」

「……別に」


ちょうどその時、『LUXE』の店用スマホが震えた。

画面には“レン”。嫌な予感しかしない。通話に出ると、案の定だった。


『クロノーー!! 今どこ!?』

「買い出し帰りです」

『姫卓でシャンパン追加! あと黒服足りねぇ!』

「戻ります」

『あと道でトラブル拾うなよ!?』

「誰のせいだと思ってるんですか」


電話を切ると、巡査が肩を震わせて笑っていた。

「大変そうだな、ホスト」

「そっちもでしょう」

「まぁな。酔っ払いは毎日湧くし」



二人は自然と並んで歩き始めた。

ホストと警察官が並んで夜の街を歩くというのも妙な光景だが、不思議と居心地は悪くない。巡査の方も、忠敬を警戒するというより、少し面白がっているようだった。


「大学生なんだっけ?」

「はい」

「昼大学、夜ホスト?」

「そんな感じです」

「寝てる?」

「最近ちょっと怪しいです」

「若いなぁ……俺なら死ぬ」


そんな会話をしていた時だった。

道路脇の看板小人が突然、必死に飛び跳ね始めた。

『お兄ちゃん! 前! 前!』


忠敬が顔を上げる。

少し先の街灯の下で、小さな女の子がぽつんと立っていた。五、六歳くらいだろうか。場違いなほど小さな身体で、ぬいぐるみを抱えながら今にも泣き出しそうな顔をしている。


巡査も気づき、すぐ表情を引き締めた。

「……迷子か」


二人は近づく。

女の子は警察官の制服を見るなり、びくっと肩を震わせた。その瞬間、巡査の警棒の小人が小声で忠敬に囁く。


『あー、この子“警察=怒られる”って思って緊張してるタイプだ』


(なるほど)


忠敬はコンビニ袋を漁り、店用に買っていた動物ビスケットを取り出した。

「食べるか?」


女の子はきょとんと目を丸くした。ビスケット箱の小人が得意げに胸を張る。

『俺、こういう時めちゃくちゃ強い』


確かに強かった。


女の子は恐る恐るビスケットを受け取ると、少しだけ表情を緩めた。巡査も、感心したように忠敬を見る。

「慣れてるな」

「……高校の時に幼稚園行く機会があったんで」


女の子が落ち着いたところで、巡査が優しく問いかける。

「お母さんとはぐれた?」


こくん、と小さく頷く。


その間にも、忠敬の周囲では小人たちが情報交換を始めていた。ぬいぐるみの小人が涙目で叫ぶ。

『ママ探してたの! 人いっぱいで怖かったの!』


さらに、女の子の靴の小人が補足する。

『ラーメン屋いた!』

『赤い龍の看板!』

『階段降りた!』


忠敬は周囲を見回した。すると、近くの呼び込み看板の小人が「あー!」と声を上げる。

『その親子、一時間くらい前に見たぞ!』

『ママめちゃくちゃ焦って駅の方走ってった!』


(交番か)


忠敬は巡査へ視線を向けた。

「駅前交番、確認した方が早いかもしれません」

「また勘か?」

「まぁ」


巡査は苦笑しながら無線を入れた。


数分後だった。


「――あっ!!」


女性の声が響く。振り返ると、若い母親が涙目でこちらへ駆けてきていた。


女の子は「ママぁ!」と泣きながら飛びつき、母親も強く抱き締める。その光景を見て、ぬいぐるみの小人たちは大号泣だった。

『再会ーーー!!』

『よかったぁぁ!!』


忠敬は小さく息を吐いた。母親は何度も頭を下げている。


「本当に、ありがとうございました……!」


巡査が穏やかに応じた。

「無事でよかったです」


その横で、女の子が忠敬の服の裾をちょこんと引っ張った。

「おにいちゃん」

「ん?」


小さな手が差し出してきたのは、さっき渡した動物ビスケットの最後の一枚だった。

「これ、ありがとう」


ビスケットの小人が感極まっている。

『選ばれし最後の一枚……!!』


(大袈裟だな……)


忠敬は少しだけ笑って、そのビスケットを受け取った。


親子が去っていくのを見送りながら、巡査がぽつりと呟く。

「……お前、本当に変なホストだな」

「よく言われます」

「もっとチャラいの想像してた」

「俺もです」


二人で少し笑った、そのタイミングでまたスマホが震えた。レンだった。


通話に出た瞬間、向こうの騒音が耳を突き刺す。

『クロノォォォ!!』

「なんですか」

『姫が“クロノいないとやだー”って床座ってる!!』

「帰してください」

『無理!! 美咲さんまで参戦してカオス!!』

「なんでですか」

『“クロノ呼べ”で一致団結してる!!』


巡査が吹き出した。

「人気者だな」

「嬉しくないです」


忠敬は深いため息を吐きながら、『LUXE』のネオンへ向かって歩き出した。


歌舞伎町は今日も騒がしい。


だが、その騒がしさの中に、少しずつ自分の居場所みたいなものが出来始めている気がしていた。


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