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第14話:『返さないでください!? “クロノ争奪戦”と、二つの店の思惑』


「……で。なんで俺が呼び出されてるんですか」


大学帰り。 講義終わりで少し眠そうな顔のまま、忠敬――源氏名:クロノは、歌舞伎町の高級バーへ半ば強制的に連れて来られていた。


テーブルには、


・《LUXE》店長・黒崎

・出張先ホストクラブ《JOKER》支配人・九条

・レン



という、妙に空気の重い面子が並んでいる。



グラスの氷が静かに鳴る中、九条が口を開いた。

「クロノ君」

「はい」

「うち、《JOKER》に来る気はありませんか?」


忠敬は無言になった。


レンが盛大に吹き出す。

「ぶっ……! やっぱ来た!!」

「笑い事じゃないだろ」

「いやでも絶対言うと思ったし!」


黒崎は深いため息を吐いた。

「九条さん。うちの新人に何言ってるんですか」

「新人、ですか」


九条は静かに忠敬を見る。

「正直、彼を新人扱いしているのは《LUXE》くらいだと思いますよ」


(なんなんだよその評価……)


その時。 忠敬の視界の端で、テーブルの上に置かれた二冊の予約台帳の小人たちが騒ぎ始めた。


《LUXE》側の台帳の小人は、ページをバタバタさせながら涙目だ。

『ダメぇぇぇ!!』

『クロノ君抜けたら予約欄またスカスカになるぅぅ!!』

『やっと綺麗に埋まり始めたのに!!』



対して、《JOKER》側の黒い台帳の小人は机を叩いている。

『返せ!!』

『こっちはクロノ君来た日だけ売上グラフおかしいんだよ!!』

『姫の滞在時間が長すぎる!!』


(予約台帳同士で取り合うな……)


忠敬は頭を抱えた。

だが現実の会話も、かなり似た方向へ進んでいた。


九条は真剣な顔で続ける。

「クロノ君がヘルプに入った日、《JOKER》の空気が変わったんです」

「……」

「普通、新人が他店に来れば浮きます。萎縮するか、逆に気負うかです」

「まぁ、普通はそうですね」

「ですが彼は違った」


レンが頷く。

「分かる。クロノって変に気負わねぇんだよな」


黒崎も苦笑する。

「そのくせ、卓はちゃんと回る」

「俺は普通にやってるだけです」

「それで回るのがおかしいんだよ」


ライターの小人が、カチリと火花を散らしながら呆れたように肩をすくめる。

『この兄ちゃん、“普通”って言葉好きだよな』

『周りから見たら全然普通じゃねぇのに』


(うるさい)



九条はグラスを置いた。


「《JOKER》は競争が激しい店です。売上主義で、キャスト同士も距離感が近いとは言えない」

「はい」

「ですが、クロノ君が入った卓だけ妙に空気が柔らかかった」


その時。 灰皿の小人が煙を吐きながらぼやく。

『マジで吸い殻減ったからな』

『ギスギスすると皆チェーンスモークするんだよ』

『クロノ来た日は店静かだった』


(灰皿が店の治安分析するな)


レンはグラスを傾けながら笑う。

「しかもクロノ、他卓ヘルプ行きまくってたし」

「人手足りなかったからだろ」

「普通あそこまで自然に入れねぇよ」


すると、携帯がひっきりなしに振動した。

《LUXE》のグループチャットだった。


レンの腕時計小人は腕を組む。

『クロノ移籍したら困る』


『クロノ《JOKER》と合ってた』

負けじと九条の腕時計小人も張り合う。


(……面倒くさい)


もちろん、その会話は忠敬にしか聞こえていない。レンたちは、忠敬が一瞬だけ疲れたように目を伏せた理由を知らないまま話を続けていた。


その瞬間、バーのドアが勢いよく開いた。


「クロノさん移籍するって本当ですか!?」


入ってきたのは、《LUXE》ホスト達だった。

「困ります!」

「シャンパンコール誰が回すんですか!?」

「ヘルプ卓崩壊しますって!」


一気に騒がしくなる。



忠敬はとうとう机に突っ伏した。

(なんでこんな大事になってるんだ……)


すると九条のスマホの小人が呆れた顔でため息を吐く。

『そりゃなるだろ』

『お前、“ホスト向いてなさそうな顔”しながら店内安定させてんだから』

『空気清浄機みたいな存在なんだよ』


(空気清浄機扱いするな)



ずっと静かだった黒崎が、不意に口を開いた。

「……クロノ」

「なんですか」

「お前、最初より店に馴染んだよな」


少し空気が止まる。



レンが笑った。

「最初、“世界に興味ありません”みたいな顔だったもんな」

「言い過ぎだろ」

「今はちゃんと周り見てる」


九条も頷いた。

「だから欲しくなるんですよ。店側としては」


忠敬は少しだけ視線を落とした。


騒がしい。

面倒くさい。

小人たちは相変わらずうるさい。



それでも《LUXE》で働く時間を、前ほど嫌だと思わなくなっている自分がいる。


レンや湊が騒いで、 黒崎が呆れながらフォローして、 気づけば他卓のヘルプに入っている。そんな日常が、少しだけ居心地よくなっていた。


「……移籍はしません」


その瞬間《LUXE》側の小人たちが大歓声を上げた。

『残留ぅぅぅ!!』

『予約表助かったぁぁ!!』

『今月の売上死なずに済む!!』


逆に《JOKER》側は崩れ落ちる。

『うわぁぁぁ!!』

『でもヘルプには来るよな!?』

『完全断絶だけはやめろ!!』



九条は苦笑した。

「残念です」

「すみません」

「ですが、またヘルプはお願いします」

「……暇なら」


その瞬間、《JOKER》側の小人たちが一斉に復活した。

『ヘルプ継続!!』

『売上の希望繋がった!!』


騒がしい声の中、忠敬は静かにアイスコーヒーを飲み干す。


マドラーの小人が揺れながら笑った。

『なんだかんだ、お兄ちゃん楽しそうじゃん』


忠敬は答えなかった。


ただ少しだけ。

困ったように笑っていた。


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