第4話 一心同体
エメラルド王国の国境駅。
ホームに滑り込んできた銀色の車体を見上げ、ルリシアは青い瞳を輝かせた。
「すごい! ……これが、マナレール!」
馬車が基本移動のエメラルド国民にとって、それは未知の乗り物だった。流線型の美しい車体は陽光を弾き、側面に走る魔力回路が淡い青の光を脈打たせている。動力には魔力と魔法結晶を利用し、レールの上を音もなく滑るように疾走するという。
「すごいですよ、ルリシアさん! 見てください、この継ぎ目! 魔力伝導の効率を最大限に考えた設計で、結晶の配置も計算され尽くしていて……!」
眼鏡を輝かせ、車体に張りつきそうな勢いで観察を始めるのはライル・レントだ。魔法科の探究心が完全に暴走している。
「ライルくん、出発しちゃうよ。乗ってから観察しよう?」
ルリシアが袖を引いて促すと、その隣から陽気な声が飛んでくる。
「いやー、みんなで旅行ってのは最高だな! なぁ、みんなお菓子食う!?」
エリックが大きな袋を抱え、楽しそうに騒いでいた。お菓子を周りの生徒たちに配り始める。
「こらっ、エリック! 何やってる! 遊びに来たんじゃないぞ! ちゃんと並べ!」
教師の怒声が飛ぶ。
「やっべ!」
「エリック、あんたまた……」
レイラがこめかみを押さえ、深いため息をついた。
車内に乗り込んでも騒ぎは収まらない。窓に張りつくライル、お菓子を食べながら、配り続けるエリック。引率の教師は別の車両で他の生徒たちに対応していて、こちらはほぼ放置状態だった。
「はい、ライルくんは座って。エリックくんもお菓子は袋ごと仕舞って。出発するよ!」
ルリシアがテキパキとまとめ始める。こういう時の仕切りはさすが優等生だった。だが、その腕にはなぜか分厚い本が何冊も抱えられていた。
その本に、目ざとくセナが気づいた。
「あれ……? ルリ、何持ってるの?」
「あっ、それは――」
止める間もなく、セナがひょいと一冊を抜き取った。表紙を見て、にやりと口角が上がる。
「なになに……『シルヴァリス帝国 おすすめ観光・デート特集』?」
ルリシアの頰が一瞬で真っ赤になった。
「セナ、返して! それは資料だよ! 初めて行く場所だから、下調べはしっかりしないと!」
「へえ〜、資料ねぇ……しかも付箋びっしり。誰とデートする気かな〜?」
「……み、みんなとグループで帝都を観察する予定だから、その準備だって!」
頰を染めながらもルリシアはきっぱり言い返し、本を取り戻した。セナが「ほ〜ん、デートの準備かぁ〜」とからかうように笑う。
それを横目に、レイラがぴしゃりと釘を刺した。
「浮かれる気持ちもわかるけど、闇魔法技術の授業は滅多に受けられないんだから、しっかり勉強するのよ? ルリ?」
「もちろん! 勉強もちゃんとやるよ。……でも、せっかくイリヤと一緒に来られたんだもん。思い出も作りたいの」
ルリシアが唇を少し尖らせつつ、真っ直ぐに答えた。本音がだだ漏れている。
その反応にセナが「やっぱりデートじゃん!」と声を上げ、レイラはふっと笑った。
「……まあ、いいけど。ちょっとルリ、一冊見せて!」
「えっ、レイラも見るの?」
意外そうなルリシアに、レイラはどこか得意げに本を受け取り、パラパラとめくり始めた。
「当然でしょう。せっかく来たんだもの、効率よく回らないと。あら、この庭園……夜は魔導灯が灯るのね。綺麗ね」
「えーっ! レイラまで!?」
目を丸くするセナをよそに、ルリシアがぱっと身を乗り出した。
「そこ、私もチェックしてたところ! あとね、ここの広場は夕方になると魔力の噴水が虹色に光るんだって!」
「いいわね。じゃあ初日はここを起点に……」
「ちょっと、二人とも観光する気満々じゃない……! ……もう、しょうがないなぁ」
呆れていたセナも結局は二人の間に頭を突っ込み、三人で額を寄せ合って誌面を覗き込んだ。
「あ、このお菓子屋、ここ行きたい!」
「セナ、さっき呆れてなかった?」
「せっかく行くんだから、楽しまないと!」
三人のきゃあきゃあという笑い声が、車内を明るく染めていく。付箋だらけのページを次々めくると笑顔が咲き誇るように広がっていった。
その様子を、イリヤは少し離れた席から静かに眺めていた。
(……すっかり浮かれているな)
無邪気さは愛おしいが、少し危うくもある。
「ねえ、イリヤ! ここ、一緒に行こうね!」
ルリシアが本を掲げて満面の笑みを向けてきた。その嬉しそうな顔を見た瞬間、イリヤの口元から力が抜けた。
「……ああ。どこへでも」
ルリシアが「やったぁ!」と声を弾ませ、再び本へと向き直る。
その笑顔を見届けてから、イリヤの赤い瞳は窓の外へと移る。
国境を越え、景色が変わっていく。緑豊かなエメラルド王国の大地が遠ざかり、やがて地平の彼方に、見たこともない都市の影が浮かび上がった。
高く伸びる尖塔。整然と並ぶ建造物。街全体が淡い魔力の光に包まれている。
闇魔法を有する――シルヴァリス帝国。
イリヤの瞳が、すっと細められた。
美しい国だが、その美しさの底に、冷たく張りつめたものを感じる。
(……やはり空気が、違う。精霊たちが好まないのも、この空気のせいか)
隣で弾けるルリシアたちの笑い声を聞きながら、イリヤは一人、その街の気配を注視していた。
**
マナレールが終着駅に滑り込んだ。
ホームに降り立った学生たちは、一斉に歓声を上げた。
「うわぁ……! 何ここ、すごい!」
「街が光ってる……!」
セナが目を輝かせ、ライルが興味深そうに周囲を見回す。近未来的な駅舎、洗練された人々の装い、空を移動する魔導の乗り物――エメラルド王国とは何もかもが違っていた。
ルリシアもきらきらと目を輝かせて辺りを見回した。
「すごい……本で読んで想像してたのと違う。空気まで違うんだね」
イリヤが段差を先に降りると、ルリシアの一歩を支えるように、手を差し伸べた。
「足元、気をつけろ」
「ありがとう、イリヤ」
ルリシアが笑うと、イリヤは自然に彼女を自分の傍らに引き寄せた。慣れない異国でも、彼は変わらずルリシアを気遣う。
「ようこそ、シルヴァリス帝国へ」
一人の男が穏やかにホームで待っていた。
長身に肩まで伸びた漆黒の髪を緩く結び、銀縁眼鏡の奥の藍色の瞳が優しく学生たちを見渡すと、口元には柔らかな微笑みを浮かべていた。
「私はシルヴァリス闇魔導学院の教師、リヒト・ノヴァリスと申します。滞在中、皆さんの案内を務めさせていただきます」
丁寧で品のある物腰だった。しかしその微笑みの奥には、どこか全てを見透かしているような静けさがあった。
リヒトの視線が、学生たちの一人ひとりを撫でる。
「……ほう。これは興味深い」
藍色の瞳が細められる。
「そちらのお嬢さんは風属性。そちらの彼は炎と地。――そして」
セナからライルへと移った視線がルリシアの前で止まった。
「あなたは……四属性全てをお持ちですか。珍しいですね」
感心したような声に、ルリシアが目を瞬かせた。
「……魔力が、わかるんですか?」
「ええ。読むのが少々得意でしてね」
リヒトは得意げに穏やかに微笑む。
その横で、ライルがむっと眉を寄せた。眼鏡の奥の目が、リヒトをじっと見据えている。
「……この人、僕とキャラ被ってるんですけど」
小さな呟きは、駅舎の喧騒の中に溶けて消えた。
そして、リヒトの視線は一度だけイリヤの前を通り過ぎ、意味深に微笑んだ。
その意味深な視線にイリヤの赤い瞳が警戒するように細まった。
**
リヒトに案内され、一行はシルヴァリス闇魔導学院へと辿り着いた。
古びた石造りの荘厳な校舎は、エメラルド魔導学院とはまるで趣が異なり、重厚でどこか陰のある佇まいだった。
「うわ〜、お城みたい……!」
セナがきょろきょろと見回す。その時だった。
「あれ? お子ちゃまたち、もう着いたの?」
間延びした声とともに、校舎の方から一人の青年が歩いてくる。
銀の髪に碧い瞳。妖艶と言っていいほど整った美貌に、気だるげな仕草が妙に様になっている。
セナがぽっと頰を染めた。
「えっ……何あの人、めっちゃイケメンなんだけど……!」
青年は欠伸を噛み殺しながらぶらぶらと近づき、学生たちをゆるりと見回した。やがて、その碧い瞳が、ルリシアの元で止まる。
「ふぅん……?」
興味を含んだ、値踏みするような視線に、ルリシアの青い瞳に困惑の色が滲む。
彼女の戸惑いに青年がにんまりと笑顔を向けた瞬間、イリヤがルリシアの前に立ちはだかり、彼女を背に庇うように青年を冷たく見据える。赤い瞳に、隠しようのない警戒の色が浮かんでいた。
「……おお、こわっ」
青年は困ったように肩をすくめ、にやりと唇の端を吊り上げた。そのまま、イリヤを真っ直ぐ見据える。
「君が、イリヤ・クロウリーねぇ。うんうん、聞いてた通り」
青年の手がふっとイリヤの手に触れた。
カチリ、という小さな音が鳴る。
いつの間にか、イリヤの腕に銀色の腕輪が嵌められていた。同じものが青年の腕にも光っている。
「はい、捕まえた」
青年はにっこりと笑った。
「俺はスノウ・シルヴァート。あんた、今日から俺と一心同体ね♡」
し〜ん、と一瞬の静寂。
「「「はぁ!?」」」
学生たちの声が見事に重なった。
ルリシアはイリヤの背中越しに顔を出し、嵌められた腕輪と、にこにこ笑うスノウ、そして明らかに不機嫌なイリヤを交互に見比べる。
「……え?」
首を傾げるルリシアは、なんとも言えない表情を浮かべた。




