表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/60

第4話 一心同体

 エメラルド王国の国境駅。

 ホームに滑り込んできた銀色の車体を見上げ、ルリシアは青い瞳を輝かせた。


「すごい! ……これが、マナレール!」


 馬車が基本移動のエメラルド国民にとって、それは未知の乗り物だった。流線型の美しい車体は陽光を弾き、側面に走る魔力回路が淡い青の光を脈打たせている。動力には魔力と魔法結晶を利用し、レールの上を音もなく滑るように疾走するという。


「すごいですよ、ルリシアさん! 見てください、この継ぎ目! 魔力伝導の効率を最大限に考えた設計で、結晶の配置も計算され尽くしていて……!」


 眼鏡を輝かせ、車体に張りつきそうな勢いで観察を始めるのはライル・レントだ。魔法科の探究心が完全に暴走している。


「ライルくん、出発しちゃうよ。乗ってから観察しよう?」


 ルリシアが袖を引いて促すと、その隣から陽気な声が飛んでくる。


「いやー、みんなで旅行ってのは最高だな! なぁ、みんなお菓子食う!?」


 エリックが大きな袋を抱え、楽しそうに騒いでいた。お菓子を周りの生徒たちに配り始める。


「こらっ、エリック! 何やってる! 遊びに来たんじゃないぞ! ちゃんと並べ!」


 教師の怒声が飛ぶ。


「やっべ!」

「エリック、あんたまた……」


 レイラがこめかみを押さえ、深いため息をついた。


 車内に乗り込んでも騒ぎは収まらない。窓に張りつくライル、お菓子を食べながら、配り続けるエリック。引率の教師は別の車両で他の生徒たちに対応していて、こちらはほぼ放置状態だった。


「はい、ライルくんは座って。エリックくんもお菓子は袋ごと仕舞って。出発するよ!」


 ルリシアがテキパキとまとめ始める。こういう時の仕切りはさすが優等生だった。だが、その腕にはなぜか分厚い本が何冊も抱えられていた。


 その本に、目ざとくセナが気づいた。


「あれ……? ルリ、何持ってるの?」

「あっ、それは――」


 止める間もなく、セナがひょいと一冊を抜き取った。表紙を見て、にやりと口角が上がる。


「なになに……『シルヴァリス帝国 おすすめ観光・デート特集』?」


 ルリシアの頰が一瞬で真っ赤になった。


「セナ、返して! それは資料だよ! 初めて行く場所だから、下調べはしっかりしないと!」

「へえ〜、資料ねぇ……しかも付箋びっしり。誰とデートする気かな〜?」

「……み、みんなとグループで帝都を観察する予定だから、その準備だって!」


 頰を染めながらもルリシアはきっぱり言い返し、本を取り戻した。セナが「ほ〜ん、デートの準備かぁ〜」とからかうように笑う。


 それを横目に、レイラがぴしゃりと釘を刺した。


「浮かれる気持ちもわかるけど、闇魔法技術の授業は滅多に受けられないんだから、しっかり勉強するのよ? ルリ?」

「もちろん! 勉強もちゃんとやるよ。……でも、せっかくイリヤと一緒に来られたんだもん。思い出も作りたいの」


 ルリシアが唇を少し尖らせつつ、真っ直ぐに答えた。本音がだだ漏れている。

 その反応にセナが「やっぱりデートじゃん!」と声を上げ、レイラはふっと笑った。


「……まあ、いいけど。ちょっとルリ、一冊見せて!」

「えっ、レイラも見るの?」


 意外そうなルリシアに、レイラはどこか得意げに本を受け取り、パラパラとめくり始めた。


「当然でしょう。せっかく来たんだもの、効率よく回らないと。あら、この庭園……夜は魔導灯が灯るのね。綺麗ね」

「えーっ! レイラまで!?」


 目を丸くするセナをよそに、ルリシアがぱっと身を乗り出した。


「そこ、私もチェックしてたところ! あとね、ここの広場は夕方になると魔力の噴水が虹色に光るんだって!」

「いいわね。じゃあ初日はここを起点に……」

「ちょっと、二人とも観光する気満々じゃない……! ……もう、しょうがないなぁ」


 呆れていたセナも結局は二人の間に頭を突っ込み、三人で額を寄せ合って誌面を覗き込んだ。


「あ、このお菓子屋、ここ行きたい!」

「セナ、さっき呆れてなかった?」

「せっかく行くんだから、楽しまないと!」


 三人のきゃあきゃあという笑い声が、車内を明るく染めていく。付箋だらけのページを次々めくると笑顔が咲き誇るように広がっていった。


 その様子を、イリヤは少し離れた席から静かに眺めていた。


(……すっかり浮かれているな)


 無邪気さは愛おしいが、少し危うくもある。


「ねえ、イリヤ! ここ、一緒に行こうね!」


 ルリシアが本を掲げて満面の笑みを向けてきた。その嬉しそうな顔を見た瞬間、イリヤの口元から力が抜けた。


「……ああ。どこへでも」


 ルリシアが「やったぁ!」と声を弾ませ、再び本へと向き直る。

 その笑顔を見届けてから、イリヤの赤い瞳は窓の外へと移る。


 国境を越え、景色が変わっていく。緑豊かなエメラルド王国の大地が遠ざかり、やがて地平の彼方に、見たこともない都市の影が浮かび上がった。


 高く伸びる尖塔。整然と並ぶ建造物。街全体が淡い魔力の光に包まれている。


 闇魔法を有する――シルヴァリス帝国。


 イリヤの瞳が、すっと細められた。

 美しい国だが、その美しさの底に、冷たく張りつめたものを感じる。


(……やはり空気が、違う。精霊たちが好まないのも、この空気のせいか)


 隣で弾けるルリシアたちの笑い声を聞きながら、イリヤは一人、その街の気配を注視していた。



**



 マナレールが終着駅に滑り込んだ。

 ホームに降り立った学生たちは、一斉に歓声を上げた。


「うわぁ……! 何ここ、すごい!」

「街が光ってる……!」


 セナが目を輝かせ、ライルが興味深そうに周囲を見回す。近未来的な駅舎、洗練された人々の装い、空を移動する魔導の乗り物――エメラルド王国とは何もかもが違っていた。

 ルリシアもきらきらと目を輝かせて辺りを見回した。


「すごい……本で読んで想像してたのと違う。空気まで違うんだね」


 イリヤが段差を先に降りると、ルリシアの一歩を支えるように、手を差し伸べた。


「足元、気をつけろ」

「ありがとう、イリヤ」


 ルリシアが笑うと、イリヤは自然に彼女を自分の傍らに引き寄せた。慣れない異国でも、彼は変わらずルリシアを気遣う。


「ようこそ、シルヴァリス帝国へ」


 一人の男が穏やかにホームで待っていた。


 長身に肩まで伸びた漆黒の髪を緩く結び、銀縁眼鏡の奥の藍色の瞳が優しく学生たちを見渡すと、口元には柔らかな微笑みを浮かべていた。


「私はシルヴァリス闇魔導学院の教師、リヒト・ノヴァリスと申します。滞在中、皆さんの案内を務めさせていただきます」


 丁寧で品のある物腰だった。しかしその微笑みの奥には、どこか全てを見透かしているような静けさがあった。

 リヒトの視線が、学生たちの一人ひとりを撫でる。


「……ほう。これは興味深い」


 藍色の瞳が細められる。


「そちらのお嬢さんは風属性。そちらの彼は炎と地。――そして」


 セナからライルへと移った視線がルリシアの前で止まった。


「あなたは……四属性全てをお持ちですか。珍しいですね」


 感心したような声に、ルリシアが目を瞬かせた。


「……魔力が、わかるんですか?」

「ええ。読むのが少々得意でしてね」


 リヒトは得意げに穏やかに微笑む。

 その横で、ライルがむっと眉を寄せた。眼鏡の奥の目が、リヒトをじっと見据えている。


「……この人、僕とキャラ被ってるんですけど」


 小さな呟きは、駅舎の喧騒の中に溶けて消えた。

 そして、リヒトの視線は一度だけイリヤの前を通り過ぎ、意味深に微笑んだ。

 その意味深な視線にイリヤの赤い瞳が警戒するように細まった。



**



 リヒトに案内され、一行はシルヴァリス闇魔導学院へと辿り着いた。

 古びた石造りの荘厳な校舎は、エメラルド魔導学院とはまるで趣が異なり、重厚でどこか陰のある佇まいだった。


「うわ〜、お城みたい……!」


 セナがきょろきょろと見回す。その時だった。


「あれ? お子ちゃまたち、もう着いたの?」


 間延びした声とともに、校舎の方から一人の青年が歩いてくる。

 銀の髪に碧い瞳。妖艶と言っていいほど整った美貌に、気だるげな仕草が妙に様になっている。


 セナがぽっと頰を染めた。


「えっ……何あの人、めっちゃイケメンなんだけど……!」


 青年は欠伸を噛み殺しながらぶらぶらと近づき、学生たちをゆるりと見回した。やがて、その碧い瞳が、ルリシアの元で止まる。


「ふぅん……?」


 興味を含んだ、値踏みするような視線に、ルリシアの青い瞳に困惑の色が滲む。

 彼女の戸惑いに青年がにんまりと笑顔を向けた瞬間、イリヤがルリシアの前に立ちはだかり、彼女を背に庇うように青年を冷たく見据える。赤い瞳に、隠しようのない警戒の色が浮かんでいた。


「……おお、こわっ」


 青年は困ったように肩をすくめ、にやりと唇の端を吊り上げた。そのまま、イリヤを真っ直ぐ見据える。


「君が、イリヤ・クロウリーねぇ。うんうん、聞いてた通り」


 青年の手がふっとイリヤの手に触れた。

 カチリ、という小さな音が鳴る。


 いつの間にか、イリヤの腕に銀色の腕輪が嵌められていた。同じものが青年の腕にも光っている。


「はい、捕まえた」


 青年はにっこりと笑った。


「俺はスノウ・シルヴァート。あんた、今日から俺と一心同体ね♡」


 し〜ん、と一瞬の静寂。


「「「はぁ!?」」」


 学生たちの声が見事に重なった。


 ルリシアはイリヤの背中越しに顔を出し、嵌められた腕輪と、にこにこ笑うスノウ、そして明らかに不機嫌なイリヤを交互に見比べる。


「……え?」


 首を傾げるルリシアは、なんとも言えない表情を浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ