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第5話 絆の指輪

 王都の大通りから一本入った石畳の路地に、その店はひっそりと佇んでいた。

 重厚な木製の扉に金色の文字で『エンチャント・ジェムズ』と刻まれた看板が掲げられ、ショーウィンドウには色とりどりの宝石が整然と並んでいる。


 王都でも指折りのアクセサリー店として知られるこの店は、『絆の指輪』が有名。ペアリングから婚約指輪、結婚指輪まで――二人の絆を象徴する指輪といえば、この店を挙げる者が多い。


 イリヤが先に重い扉を開けると、小さなベルが品の良い音を立てた。店内に一歩踏み入れたルリシアは、思わず息を呑んだ。


 店内にかすかに漂う魔法香料の甘い香り。柔らかな照明に照らされたショーケースの中では、数々の宝石やアクセサリーがそれぞれ小さく輝いていた。

 その光景に身体が強張ったルリシアの腰に、イリヤがそっと手を添える。


「大丈夫だ、ルリ」


 いつもの落ち着いた声が耳に届くと、彼女の強張っていた肩からふっと力が抜けた。


「いらっしゃいませ」


 奥から穏やかな声が響き、白髪交じりの髪を丁寧に結い上げた婦人が柔らかな微笑みを浮かべて近づいてきた。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


 ルリシアは少し緊張しながら、布に包んだライアスの結晶石の欠片を取り出した。


「あの……こちらの石を加工して指輪に埋め込んでいただけないかと思って。持ち込みなんですが、お願いできますか?」


 婦人は目を細め、布の上の欠片をそっと覗き込んだ。


「持ち込みの石でございますか。少々お待ちください、主人を呼んでまいります」


 しばらくして、奥の工房から大柄な男性が姿を現した。革のエプロンを着け、無骨な大きな手に拡大鏡を持っている。無口そうな印象だったが、その目は長年数多くの石を見てきた職人らしい鋭い光を宿していた。職人は「持ち込みの石とか……面倒だ」とぶっきらぼうに呟きながら、拡大鏡を目に当てて欠片をつまみ上げた。角度を変え、何度も丁寧に眺め続ける。


 やがて、その手がぴたりと止まった。


「……なんだぁ、これは?」


 驚きを隠せない声が、静かな店内に響いた。拡大鏡越しの目が大きく見開かれている。


「不純物が……一切ないじゃないか……人工的に作られたものか? それにしても……この純度で作られたものを、わしは見たことがないぞ」


 独り言のように呟いた後、職人はゆっくりとルリシアを見た。


「お嬢さん、この石……どこで手に入れた?」


 ルリシアは少し迷った末、正直に答えた。


「守護精霊から、いただいたものです」


 職人の目がわずかに見開かれ、婦人も静かに息を呑んだ。

 しばらくの沈黙の後、職人は拡大鏡を下ろし、欠片をそっと布の上に戻した。


「……そうか」


 彼は腕を組んでしばらく考え込み、やがてゆっくりと顔を上げ、ルリシアとイリヤを交互に見つめた。


「指輪に埋め込みたいと言ったな」

「はい。二つ、お願いしたいんです」


 職人は言葉の代わりに、首を縦に振った。


「石の加工は慎重にやる。こんな石は今まで見たことがない。それだけの時間をかける必要がある」

「本日中にご用意いただくことは可能でしょうか?」


 イリヤが問うと、職人は少し考えてから答えた。


「……腕によりをかけよう」


 婦人がにこりと微笑み、二人の方に穏やかに言った。


「では仕上がりまで、王都をお楽しみください。完成しましたら伝達鳥(コトドリ)でお呼びします。こちらの追跡石をお持ちください。それと、お名前をいただけますか?」


 ルリシアが名前を告げると、婦人は丁寧に帳面に書き留めた。

 その様子を眺めながら、自然と寄り添っていたルリシアとイリヤの指先が触れ合う。

 婦人は二人の手元をちらりと見て、柔らかく微笑んだ。


「……素敵なお二人ですね」


 ルリシアの頰がぱっと赤く染まった。イリヤは何も言わなかったが、視線をわずかに逸らし、耳の先がほんのり赤くなっていた。


「あ、あの、ありがとうございます……!」


 慌てて頭を下げるルリシアの隣で、イリヤが彼女の手を引いて店の扉を開けた。


「行くぞ、ルリ」

「う、うん」


 二人が店を出ると、背後で婦人の小さな笑い声が聞こえた気がして、ルリシアはますます顔を熱くした。



**



 店を出た二人は、王都の大通りをゆっくりと歩いた。アイスクリームを手に、特に目的もなく石畳の道を進む。ルリシアが食べながら「美味しい」と目を細めると、イリヤが自分の分を差し出した。


「一口くれるの?」

「ああ、こっちのも食べたそうにしていた」

「……あれ……バレてた? ありがとう」


 互いのアイスを交換し合いながら通りを一本折れると、色とりどりの小物が並ぶ雑貨屋や手作りのアクセサリーを扱う小さな店が続く路地に出た。


 ルリシアの視線があちこちに飛び、イリヤは黙ってその歩調に合わせていた。

 ふと、ルリシアの足が止まった。


「……あ」


 路地の角に、小さなガラス細工の店があった。ショーウィンドウに並ぶ繊細な細工物が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 その中に、二体の小さなガラスのうさぎが寄り添うように並んでいた。丸い体に長い耳、愛らしい佇まい。一体は目が赤い宝石、もう一体の目には青い宝石。


「……可愛い」


 ルリシアは窓に顔を近づけた。


 赤い目のうさぎと青い目のうさぎ。

 まるで自分たちを思わせる姿に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 熱が下がった朝、手のひらの中で消えてしまった冷たい感触を思い出す。


 ――このうさぎなら、消えない。


「……この子……イリヤみたい」


 思わず呟いてから、値札に視線を滑らせた瞬間、表情が固まった。


(……た、高い……!)


 お小遣いでは到底手が届かない金額に、ルリシアはしょんぼりと視線を落とした。

 後ろからイリヤがそっと身を寄せ、ショーウィンドウを覗き込む。


「……プレゼントしようか」

「え!? い、いいよ! 指輪だってイリヤのプレゼントなのに、これ以上悪いよ」

「遠慮するな」


 ルリシアはイリヤの手をそっと掴み、歩き出した。


「ありがとう。でも今日は指輪だけで十分だよ」


 イリヤは一歩踏み出しながら、ふと振り返った。一瞬だけ視線が二体のうさぎに戻るが、特に何も言わずに前を向いた。

 ルリシアはそれに気づかず、繋いだ手を軽く引いて歩き続けた。


(アルバイトして、お小遣い貯めよう。絶対あのうさぎ、買いにまた来よう!)


 胸の中で小さく決意しながら、二人は王都の街中を歩いていった。



**



 しばらく街中を歩いていると、広場の噴水が見えてきた。その時――


「お願いします!」


 広場の入り口の方から、切羽詰まった声が響いた。周囲の人々がざわつき始める。


「お願いします……! 子どもたちが、見つからないんです……!」


 二人は同時に声の方を振り返った。広場の端で、一人の女性が騎士に向かって必死に訴えていた。三十歳ほどだろうか。質素な身なりながら、その目に深い心配と焦りが強く滲んでいる。


「孤児院の子どもたちが、今朝から戻らないんです! 王都の外れの方へ行ったきり……」

「事情はわかった。だが今は緊急の任務の対応で全員が手一杯だ。すぐには動けない」


 騎士の声は穏やかだったが、言葉は固かった。


「で、でも……子どもたちが……!」

「必ず対応する。だが今しばらく待ってほしい」


 騎士はそう告げると、足早に立ち去ってしまった。女性はその場に取り残され、両手を胸の前で握りしめたまま唇を噛んだ。目にうっすらと涙が浮かんでいる。

 その光景を見て、ルリシアはイリヤの袖をそっと引いた。


「……イリヤ、あの人困ってる」

「ルリ」


 イリヤの声が低くなった。


「王都の外れだ。危険がないとは言えない」

「わかってる。でも……子どもたちが助けを待ってるんだよ」


 ルリシアはまっすぐにイリヤを見つめる。イリヤはしばらく彼女の目を見つめ返し、小さく息を吐いた。


「……俺の傍を離れるな」

「うん」


 二人は女性のもとへ歩み寄った。


「あの、子どもたちのことを聞かせてもらえますか?」


 ルリシアが声をかけると、女性は驚いたように顔を上げた。


「え……あなたたちは?」

「学院の生徒です。私たちで良ければ、子どもたちを一緒に探しに行きます」


 女性の目に、ほろりと涙がこぼれた。


「……本当ですか?」

「はい。行方不明なのは何人ですか?」

「五人です。全員、女の子で……朝から探しているんですが、どこにも」


 ルリシアはイリヤを見た。イリヤの赤い瞳が、静かに細まる。


「……女児のみ、か」


 その呟きは小さく、ルリシアには聞こえなかった。


「詳しい場所を教えてください」


 イリヤの言葉に、女性は涙を拭いながら頷いた。

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