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第3話 図書室での邂逅

決意した日から、猛勉強の日々が始まった。

私の最高順位は8位——きっとできる……!

イリヤくんはいつも首席だけど、必ず追いつける。ううん、追いついてみせる。


レイラと一緒に猛勉強会。

寮の自室や図書室の隅っこで、夜遅くまで参考書を広げて。 レイラは私のペースに合わせてくれて、私の苦手な戦闘理論の部分を丁寧に解説してくれる。


「ルリ、ここは魔法攻撃のタイミングを『波長の同期』として捉えるとわかりやすいわよ」


「うん、わかった! ありがとう、レイラ!……でも、こんな時間まで付き合わせてごめんね」


「いいのよ。ルリが頑張ってるの見てるだけで、私もやる気出るんだから」


時々、レイラが紅茶を淹れてくれて、休憩タイムに甘いお菓子を分け合った。

そんな中でも、ふとイリヤくんのことを思い出すと、胸がざわつく。シーラさんがまた彼に近づいてる噂を聞いた日は、無意識にため息が漏れる。


「ルリ、大丈夫?」


レイラが心配そうに覗き込んでくる。

私は慌てて笑顔を作ってペンを握りしめて掲げた。


「うん! 大丈夫! やってやる!」


本当は、不安で仕方ないけど、レイラの前で弱音を吐きたくなくて、必死にページをめくり続けた。


そんな日々が続き、睡眠時間は削られ、顔色は悪くなったけど……心の中の火は、消えなかった。

イリヤくんの赤い瞳に、ちゃんと映りたい。

その一心で、限界まで自分を追い込んだ。


**


そして、結果発表の日。


……結果は


二位だった。


でも、レイラを抜いて、イリヤくんのすぐ下に私の名前が並ぶ。嬉しくて、嬉しくて、涙が出そうになった。レイラが抱きしめてくれて、自分のことみたいに喜んでくれる。


その時、視線を感じた。

……イリヤくんが、こっちを見てる!


思わずちらっと彼を見た。確かに、視線が絡み合う。心臓が跳ねて、すぐに目を伏せてしまった。

胸がドキドキして、熱くなって……苦しい。

でも、好きな人に見てもらえるのって、こんなにも心が甘く締め付けられるんだ。

やっと、見てくれた……やっと、私の初恋が動き出した気がする。


**


その日の放課後。

図書室で、剣術の歴史書に手を伸ばしたら、同じタイミングで彼の綺麗な指が重なった。


「あ……」


思わず声が漏れ、顔が赤くなるのをぐっと堪える。彼は、いつもの落ち着いた声で言った。


「君が先にどうぞ。俺は後でいい」


……初めて、ちゃんと話しかけられた。

心臓が、うるさいくらいに鳴ってる。

私は、必死に笑顔を作って、彼を見て言った。


「ありがとう……読み終わったら渡すね」


彼はわずかに目を細めた。


「……魔法科が、剣術の歴史書を?」


突然の問いかけに心臓が跳ねた。


「うん、イリヤくんみたいに扱えたら素敵だなって……」


言ってから、顔が熱くなった。

誤魔化すように、慌てて付け加える。


「イリヤくんって有名だから。女の子たちがいつも噂してるよ? かっこいいって」


彼が、少しがっかりしたような顔をした。

……あ、やっぱり、噂とか嫌いなんだ……。

だから、私は勇気を出して言った。


「次のテスト、イリヤくんを抜かすつもりだから……見ててね?」


彼が、目を丸くした。

その顔が、すごく可愛くて。

私は笑顔で手を振って、逃げるようにその場を去った。


……やった!

ちゃんと、認識してもらえた!


彼の触れた指先をぎゅっと握りしめる。

まだじんっと熱い。


**


その日から、彼の視線を感じるようになった。私がいる場所に、時々、彼の赤い瞳が向いてる。


……見られてる! 私を見てる!

胸が……熱くて、苦しくて、嬉しくて。


イリヤくんが私を見てくれた。

それだけで、世界が少しだけ違って見えた。


**


図書室でのやりとりの翌日からは、顔を合わせるたびに目が合うようになった。

朝の廊下で、授業の合間の階段で、食堂の入り口で。彼はいつも淡々と、でも確実に、私に視線を返してくれる。


その一瞬が、嬉しくて……幸せだった。

でも、近づけば近づくほど、心臓がうるさくて仕方ない。


だから私は、必死に「完璧なルリシア・クリスティーノ」を演じ続けた。

優雅に微笑み、言葉を選び、背筋を伸ばす。

私の毎日は「イリヤくんを意識しすぎないように意識する」時間で埋め尽くされた。


(天才美少女の優等生。隙を見せない! 釣り合う女の子でいなくちゃ……!)


……でも、本当は違う。本当は、ただのルリシア。

下町育ちで、緊張するとすぐ喋りすぎてしまう、普通の子。


**


数日後の放課後。

私は、深呼吸を三回して図書室の重い扉をそっと押した。


(いた……)


——窓際の席。

夕陽が差し込んで、紺色の髪が淡く赤く染まっている。イリヤくんは変わらず、静かに本に目を落としていた。心臓が早鐘みたいに鳴る。


……でも今日は、ちゃんと用事がある。

手に持った本をぎゅっと握りしめて、ゆっくり近づく。


「イリヤくん」


声をかけた瞬間、彼が顔を上げる。

赤い瞳が私をまっすぐ捉えて、一瞬、息が止まりそうになった。


(……やっぱり、かっこいい)


数秒、ただ見つめてしまう。

……いけない! しっかりしなきゃ!


「あの……これ、ありがとう」


私は慌てて本を差し出した。

先日借りて読んだ、剣術の歴史書。


「……あと、これも」


手作りの栞を、本と一緒に差し出した。


「先日、焦がしてしまったから……代わりにはならないかもだけど……受け取ってもらえると嬉しいな」


イリヤくんは栞を受け取り「……そうか」と小さく頷いた。


ドキドキが止まらない。何か話さないと。

そう思って、話題を頭の中で探していると──


受け取った本をめくりながら、イリヤくんが静かに言った。


「……全部、読んだのか?」


「うん、とても良かった!」


ここで私は、つい勢いづいてしまった。


「剣術の歴史って、ただの戦いの記録じゃなくて、時代ごとの文化や哲学がすごく色濃く出てるよね。特に第三章の『剣と舞の起源』なんて、魔法以前の時代に剣舞が儀式として使われていたって話がすごく面白くて! それに、騎士団の流派が分かれた理由が、実は王族の血統争いと密接に関わってたなんて知らなくて……魔法使いの私から見ても、剣術ってこんなに奥深いんだって改めて思ったの。装飾剣の意匠ひとつにも政治的な意味が込められてたりして、本当に繊細で美しいなって……」


ベラベラと喋り続けて、ふと我に返った。


(……しまった! 語りすぎた!)


イリヤくんは無表情のまま、じっと私を見ている。

その視線があまりにも真っ直ぐで、私は頬がカッと熱くなって、慌てて視線を逸らした。


「……す、素晴らしい本だったから、イリヤくんもきっと気に入ると思うわ」


最後に、なんとかお淑やかに締めくくろうとしたけど、声が上ずってしまって、完全に失敗した感がすごい。


「……そうか」


彼の返事は、いつも通り短かった。


(……うう、失敗したかも……)


気まずい沈黙が流れる。

私はもう逃げ出したくてたまらなかったけど……足が動かない。

すると、イリヤくんがふっと小さく息を吐いて、本を軽く叩きながら言った。


「第三章、確かに興味深い。

俺は特に、剣舞が『戦場での心理戦』として機能していた記述が好きだ。

魔法とは違う、肉体だけで相手を制する美学がある」


「……え?」


思わず顔を上げた。

彼はいつもの無表情のまま、でもほんの少しだけ目を細めて、続けた。


「君の感想、悪くない。

もう少し詳しく聞かせてくれるなら、有難い」


一瞬、時間が止まった。


「……もう少し?」


「そうだ。君の視点は、魔法科の人間だからこそ新鮮だ。参考になる」


私の話を聞いてくれて、私の言葉を「参考になる」と言ってくれた。

胸の奥が、じんわりと熱くなった。


「……うん」


私は必死に笑顔を作って、小さく頭を下げた。

イリヤくんは、わずかに頷いて、また本に視線を戻す。

でも、その一瞬の間。

彼の耳の先が、ほんの少しだけ赤くなっていた気がした。


(……気のせい?)


私はそっと胸に手を当てて、図書室を出た。

廊下に出た瞬間、膝がガクガクして、その場にしゃがみ込んでしまった。


「はぁ……はぁ……」


顔が熱い。心臓が、まだうるさい。

でも、口元が勝手に緩んでいく。


(イリヤくんが、私の言葉を……聞いてくれた)


私の初恋は始まったばかり、でも──今日、少しだけ。彼の世界に、一歩近づけた気がした。


**


その夜、レイラに全部話したら、彼女は私の頭をわしゃわしゃ撫でながら笑った。


「ほらね、ルリはそのままでいいって言ったでしょ? 演じすぎなくていいのよ。イリヤ、ルリの『そのまま』に、ちゃんと興味持ってるじゃない」


「……そうかな?」


「そうよ! 自信持ちなさい!」


私は頷いて、でも心の中ではもう少しだけ、素の自分を出してみようかな……なんて思っていた。

だって彼は、完璧じゃない私の方を、少しだけ見てくれたみたいだから。


もっと私を知ってほしい。

——もっと君の赤い瞳に映りたい。

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