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第2話 小さな一歩

◇◆は視点切り替えです。

「いくら他人に興味ないイリヤでも、ルリのこと知らないはずないじゃない!」


朝の女子寮の食堂で、レイラ・バーズフェルトは、ウェーブのかかった長い赤髪を揺らして明るく笑った。

金色の瞳が優しく細められ、長身で気品のある佇まいは、まさに公爵令嬢らしい。

身分を鼻にかけず、いつも変わらず優しい彼女は、騎士科のエースであり、数少ない女子生徒のリーダー的存在。先生たちからも一目置かれている。


そして何より——入学式で、広い学院内を迷子になっていた私を迷わず助けてくれた人。

それ以来、彼女は私の自慢の、かけがえのない親友になった。


「でもあの日以降も、一向に目は合わないよ……。やっぱり、貴族のご子息のお隣は貴族のお嬢様がお似合いなのかな……」


私が小さく呟くと、レイラは私の肩をぽんぽんと優しく叩く。


「ルリシア・クリスティーノ。四大属性を操れる美少女で学院でも有名なんだから、もっと自信持ちなさいよ。下町育ちとか関係ないわ。ルリはルリで、十分輝いてるんだから」


その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。

でも、すぐに現実がよぎる。


「……でも最近、シーラ・ローレンスさんとイリヤくんが一緒にいるのよく見る……」


私は小さくため息をついた。


「シーラねぇ……確かにここ最近、よくイリヤの周りで見かけるわね。でもイリヤ、ルリのことただ興味がないふりをしてるだけかもしれないわよ?」


「え……そんなこと、あるわけ……」


「あるある。イリヤって、そういうの顔に出さないタイプよ」


私が知らないところで、イリヤくんも私のことを……? そんな期待が、甘く疼く。

まさか、そんなことって、必死に首を振ったけど、レイラの言葉が心のどこかに小さな火を灯してくれた。


諦めたくない。この気持ちを、ただの片思いで終わらせたくない。


**


その日の昼休み、食堂。


私は少し勇気を出して、イリヤくんの二席離れた向かい側にそっと座った。

食事をしながら、チラチラ見ていると気づいた。


イリヤくん、豆を丁寧にはじいてる。

ぽん、ぽん、と皿の端に寄せていく姿が、なんだか無防備で。


……え? ……なにそれ、可愛い。


完璧な彼にも、こんな苦手なものがあるんだ。

なんだか、急に胸が温かくなって、思わず顔が緩んでしまう。

だけど次の瞬間、イリヤくんの手が止まる。

あまりにじっと見つめすぎて、イリヤくんがこちらを見た。


赤い瞳が、私を捉える。

睨むように目を細めている。


(やばっ!)


ドキッとして、慌てて目を逸らしてしまった。


(私のバカ……!)


顔が真っ赤になって、顔を隠すように俯いた。

逃げてしまった。


ちらっと、イリヤくんを見ると、視線を手元に戻して再び、豆をはじいてる。


……本当に嫌いなんだ。みんな、知ってるのかな?


思わず顔が緩んでしまったそのとき——


「イリヤくん、少しお時間いいかしら?」


学院でも有名な令嬢、シーラ・ローレンスさんが優雅に近づいてきた。

頭が良くて容姿端麗、笑顔ひとつで周りを明るくする愛嬌の持ち主。貴族の令嬢らしい気品があって、誰もが憧れる存在。


彼女は笑顔のまま、イリヤくんに声をかける。


「『属性干渉の新理論』について、続きの話がしたいのだけど……一緒に廊下を歩きながらどう?」


イリヤくんは少し間を置いて、短く答えた。


「……ああ」


二人がトレイを置いて立ち上がり、食堂を出て行く。私は気になって、慌てて後を追った。


廊下の少し先で、二人が立ち止まって話しているのが見えた。


「『属性干渉の新理論』、もう読んだ? 私の研究室で一緒に議論しない? きっと面白いと思うのだけど」


シーラさんの声は落ち着いていて、押しつけがましくない。本当にその本の話がしたいんだ、と伝わってくる。


イリヤくんは「……検討する」とだけ答え、視線を手元の本に戻した。


シーラさんが「楽しみにしてる」と言い残して去った後、イリヤくんが歩き出した。


その瞬間、彼の手元から薄い革製の栞が滑り落ちた。


「あ……!」


私は咄嗟に駆け寄り、拾おうとした。

しかし、緊張のせいで魔力が少し暴発してしまった。


パチッ!


指先から小さな火の花が咲き、栞の端が一瞬で燃え上がる。


「わ、わわっ!」


慌てて魔力を抑えようとしたけど、時すでに遅し。革の端が黒く焦げ、薄い煙が上がった。


イリヤくんが振り返り、赤い瞳で私をじっと見た。


「……落とし……ました」


私は焦りながら、焦げた栞を両手で差し出した。 手が震えている。


「ご、ごめんなさい……! 拾おうとしたら、魔力が制御できなくて……」


イリヤくんは少し目を細め、焦げた栞を受け取った。


「……ありがとう。君にしては珍しい失敗だな」


私は真っ赤になって、頭を深く下げた。


「……どういたしまして……じゃなくて、ごめんなさい!」


また逃げるようにその場を去ってしまった。


逃げながら、気づいた。

——今、「君にしては」って言った?

つまり、私のことを知っていた?



◇◆



廊下を歩きながら、イリヤは手の中の焦げた栞を見た。

逃げるように去っていった金色の髪を、無意識に目で追っていた。


——不思議な奴だ。


それだけ思って、視線を前に戻した。



◇◆



翌日も、廊下ですれ違っても目が合わない。

視線を送っても、素通り。


心がずしんと重くなった。

それでも、諦められない。


夜、寮の部屋で鏡の前に立って、私は独り言のように呟いた。


「次の学力テストで、彼を抜く!

首席の座を奪えば、嫌でも私の名前を見るはず……! 掲示板に、私の名前が彼の上に並ぶ……! それが、最初の一歩」


今度こそ、私を見て……イリヤくん。


あなたの『特別』に、私はなりたい。


どんなに苦しくても、どんなに怖くても、

この想いを……絶対に諦めない。

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