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第21話 君のために輝く光

 召喚の間から溢れ出す光が、遺跡全体を鮮やかに照らす。

 回廊で戦っていた者たちが、一斉に手を止めた。魔法が霧散し、剣を下げると、誰もが光の方角を見上げ息を呑む。


 ライルが眼鏡を押し上げ、口端を緩めた。


「ルリシアさんの魔力です……やりましたね」


 レイラは剣を握り締め、静かに目を細めた。その表情には、親友への揺るぎない信頼があった。


「当たり前でしょ」



**



 しかし、回廊の一角だけは、剣を弾き合う音が止まない。甲高い金属音が連続して響く。

 ガレンは光に目もくれず、ただイリヤだけを、獲物として捉えていた。


「止まるな! まだ終わっていない!」


 ガレンが全力で踏み込み、剣を振り下ろす。

 イリヤは最小限の動きで受け流し、間合いを取った。


 ――右耳の赤いイヤリングが、熱を帯びた。


(……ルリ)


 石の奥から、ルリシアの魔力が怒涛のように押し寄せてくる。溢れかえり、苦しむ鼓動が、イリヤの胸に直接響く。


(苦しいのか……)


 彼は赤い瞳を細め、剣の柄を握り直した。


(なら、一緒に戦おう)


 イヤリングに意識を集中すると、赤い石が強く輝き、ルリシアの四大魔力がイリヤの剣へと流れ込む。


 風の加速。地の重み。炎の熱。水の鋭さ。

 四色の光が刀身に宿り、力強く輝いた。


 それを見て、ガレンの目が爛々と輝いた。狂気を孕んだ笑みが、その顔に広がっていく。


「そうだ! もっと本気を出せ!」


 ガレンが重い迷いのない一撃を放つ。


 だが、イリヤは動じなかった。冷静に剣を振り上げ、ガレンの剣を真っ向から弾き飛ばすと、甲高い音が響き、ガレンの剣が石畳を滑って遠くへ飛んだ。


 ガレンの手が、空を掴んだ。


 イリヤは迷わず剣先をガレンの喉元に突きつける。

 

 その速さを、ガレンは最後まで目で追えなかった。沈黙で静まり返る回廊に、ガレンの荒れた息づかいだけが響いていた。


「……お前は騎士失格だな」


 冷えた声が落ちた。その赤い瞳に映るガレンの顔は、苦痛と屈辱に激しく歪んでいた。

 歯を食いしばり、目尻が裂けんばかりに吊り上がり、額には血管が浮き出ている。

 プライドが砕け散る音が、今まさに聞こえてきそうなほどだった。


「騎士とは本来、誰かを護るための存在だ」


 イリヤはガレンを見据えたまま、静かに続けた。


「戦いそのものを求めるのは、騎士の剣ではない」


 その瞬間、ガレンの目が狂ったように輝いた。 剣を失った右手を握りしめ、獣のような咆哮を上げながらイリヤに殴りかかった。

 全身の体重を乗せた、必死の悪あがきだった。


 だか、イリヤは表情一つ変えなかった。

 左手でガレンの拳を軽く払い流し、右手に持った剣の柄でガレンのみぞおちを的確に突くとガレンの体が大きくのけぞった。


「……っぐあっ!」


 ガレンは膝を折り、その場に崩れ落ちた。

 もはや動くこともできず、ただ肩を激しく上下させるだけだった。

 イリヤの言葉が、胸の奥に深く突き刺さる。


 イヤリングがさらに熱くなり、赤い石が脈打つようにルリシアの魔力の鼓動が伝わってくる。


 イリヤは剣を下ろし、ガレンに背を向けて歩き出す。ガレンは膝をついたまま、拳を地面に叩きつけ、悔しさと憎悪に顔を歪めた。


 「……くそ……! お前だけは……絶対に……!」


 その声には、狂気と同時に、深い悔恨と屈辱が滲み出ていた。



**



 召喚の間。

 四色の螺旋が天井を突き破り、光の柱が遺跡から空へと昇っていく。 ルリシアの全身で、均等に押し均された膨大な魔力が渦を巻いていた。


 苦しい……限界だ。

 それでも――


 その瞬間、背後から鋭い魔力の波動が襲いかかった。


「ルリシア……! 絶対に成功させない!」


 シーラが、両手を突き出していた。彼女は最後の意地で、自らの水の魔力で干渉を試みる。


 シーラが放った青い水の魔力は、ルリシアが召喚に集中している「水の精霊と融合した魔力」へと直接絡みつき、乱し、崩そうとした。


 執拗で、ねばり強い妨害の魔力だった。


 ルリシアの体が大きく震え、四色の螺旋が一瞬、激しく揺らぐ。


「っ……!」


 ――だが、次の瞬間。

 石畳の一点から眩い青い光が放たれる。

 ルリシアたちが用意した偽の水の鍵が、突如強く光輝く。


「え……?」


 シーラの目が見開かれる。

 偽の水鍵に宿る水の精霊の魔力が、ルリシアに宿る水の精霊の魔力と共鳴し瞬く。

 シーラが放っていた干渉魔法が、逆に偽の水鍵へと吸い寄せられ、ルリシアの魔力の守りへと変換されていく。


「うそ……どうして……!?」


 シーラの声が震え、絶望と屈辱に歪んだ。

 ルリシアたちに仕向けられた偽の水鍵が、ルリシアの召喚を助ける形で反応しているという事実に、彼女は言葉を失った。


 全てがルリシアのために動いている。

 シーラの頭の中で、イリヤの顔が浮かび上がった。


『二度と、ルリシアの邪魔をするな。――次はない』


 冷たい赤い瞳と、凍てついたような声が、頭の中で繰り返しこだまする。

 どうあっても彼は『彼女』を選ぶつもりなのだ。


 その現実を突きつけられたような感覚が、シーラの胸を鋭く抉った。


 ルリシアの周囲で、四色の螺旋が再び力強く安定していく。

 シーラの妨害は完全に跳ね返され、むしろわずかにルリシアの魔力を後押しするように精霊同士の魔力が共鳴し、より輝きが増すきっかけを作り出した。


 ルリシアは荒い息を吐きながらも、歯を食いしばって集中を保った。


 そして――


「……目覚めて、ライアス」


 その言葉が落ちた瞬間、四色の螺旋が爆発的に膨れ上がった。

 光の柱が天井を突き破り、遺跡全体が激しく震える。床の召喚陣が眩く輝き、四大属性の魔力が渦を巻いて空へ昇っていく。

 空間が歪むほどの光の奔流が召喚の間を満たした。空気が重く張りつめ、息苦しささえ感じる。黄金と白銀の粒子が激しく舞い上がる。

 やがて、光の中心に人のような輪郭が浮かび上がった。


 光の守護精霊、ライアス。


 人の姿をしているのに、あまりに眩しくて目を細めないとまともに見られない。

 輪郭ははっきりと人の形をしていたが、細部は強烈な輝きに飲み込まれてぼやけ、捉えきれない。ただ、静かにルリシアを見下ろしている気配だけが、はっきりと伝わってくる。


 存在するだけで周囲の魔力が整っていくような、圧倒的な気配だった。


 ルリシアは震える手をライアスに伸ばす。


「……受け取って……お願い……!」


 ルリシアの体に溜まっていた膨大な魔力が、一気にライアスへと流れ出した。渦巻いていた激しい力が、するりと抜けていく。

 

 壁際にへたり込んだシーラは、その光景をただ呆然と見上げていた。唇を半開きにしたまま、顔から血の気が引き、指先が小刻みに震える。


 頭の中が真っ白になった。

 シーラはもう、何も言えない。ただ、眩い光に包まれた守護精霊と、それに寄り添うルリシアの姿を、ぼんやりと眺めているしかなかった。


 光が大きく爆ぜ、魔力が完全にライアスへと移った瞬間、ルリシアの体から緊張が一気に抜けていく。


 やがて、光の守護精霊の姿がゆっくりと薄れ始めた。眩い輝きが徐々に柔らかくなり、人のような輪郭が溶けるように消えていく。

 

 そして最後に、ルリシアの両手の上に透明な結晶石が静かに落ちてきた。

 小さく淡く光を宿したそれは、まるでライアスの力が凝縮されたかのようだった。


 四大魔力が――穏やかに体の中に収まった。

 ルリシアはその場に膝をつき、深く息を吸った。

 

 ……楽だ。


 こんなに楽に息ができたのは、いつぶりだろう。ルリシアの目の端に、じわりと涙が滲んだ。



**



 エメラルド王国、王宮の高台。


 白銀の髪を風に揺らしながら、老魔導士は遺跡の方角を見つめていた。

 王宮魔導士部隊最高顧問、エルウィン・ヴァレリウス。


 遺跡から立ち昇る光の柱を捉え、彼は静かに息を吐いた。


「……あれは、ライアス」


 皺の刻まれた顔に深い感慨が浮かぶ。


「驚いた。あれほどの守護精霊を召喚できるとは……此度の学院生は優秀だ」


 背後から穏やかな声がかかった。


「今回の任務には、四大魔法を扱う女子生徒が参加していると聞きました」


 振り返ると、黄金のふわふわとした髪に翡翠の瞳。穏やかな笑みを浮かべた青年が立っていた。


 エメラルド王国第一王子――クロヴィス・ヴェルディア。


「もしかしたら、彼女一人の力かも知れませんよ?」


 クロヴィスの言葉にエルウィンは光の柱を見つめたまま、静かに目を細めた。


「……そうだとすれば」


 老魔導士の瞳に深い光が宿った。


「この国の未来が、また一つ動いたな」



**



 召喚の間から溢れ出していた光が、ゆっくりと収まっていくその瞬間。

 イリヤは剣を収めると同時に走り出していた。

イヤリングを通じて伝わるルリシアの魔力の波が、ようやく穏やかになったのを感じ取っていた。


(……ルリ)


 石の回廊を駆け抜け、召喚の間へと飛び込む。

光の残滓がまだ漂う広間の中央で、ルリシアが膝をついていた。


 イリヤは迷わず彼女のもとへ駆け寄り、膝をついて両手でルリシアを抱き寄せた。

 細い体を強く、しかし優しく胸に包み込む。


「……ルリ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 ルリシアはイリヤの胸に顔を埋め、震える腕で彼の背中にしがみついた。

 二人はただ、互いの温もりを確かめるように、長い間抱き合っていた。


 少し離れた場所で、シーラ・ローレンスがその光景を無言で見つめていた。

 彼女の瞳から、戦意がゆっくりと失われていく。


「イリヤくんが私を選ばないなら……あなたにも、選ばせないわ」


 シーラの声は震え、苦々しさに満ちていた。

 その言葉を残し、シーラは踵を返して去っていった。



**



 遺跡からの帰還後、学院は大きな歓声に包まれた。赤い石のイヤリングが、二人の耳から同時に淡い光を放ち、役目を終えたかのように崩れ落ちて消える。その光景を、ルリシアは少し寂しそうに見つめていた。


 学院長室では、学院長が二人を労うように優しく微笑む。


「よくやった。君たちの活躍は、今年のペア実務任務において最も輝かしいものだった。特にルリシア君の守護精霊召喚は、学院史上稀に見る快挙だ」


 周囲から賞賛の嵐が巻き起こった。

 生徒たちが拍手と歓声を送り、ルリシアとイリヤは互いを見つめ、静かに微笑み合う。


 少し離れた場所で、レイラが腕を組んでその様子を見守っていた。

 隣のライルは双眼鏡を構え、にこにことしながら二人を観察している。


「ライル……またそれ? 本当に悪趣味よ」

「観察です、観察」


 やがて学院長が申し訳なさそうにイリヤを呼んだ。


「イリヤ、少し話がある」


 学院内の静かな廊下で、学院長は低い声で告げた。


「クロウリー伯爵家から、すぐに帰還するようにとの連絡が入った……どうやら急を要するようだ」


 イリヤの瞳がわずかに揺れた。


(……何故、今?)


 学院長は申し訳なさそうに続けた。


「任務が終わり次第、即刻帰還するよう言われている」


 イリヤは静かに息を吐き、シーラが遺跡で吐き捨てた言葉を思い出した。

 その意味を、今ようやく悟る。


 すぐさま、ルリシアの元へ戻り、生徒たちの輪から少し離れた場所へ手を引いて連れていく。冷静な顔に影を落としながら思い詰めた声で告げた。


「ルリ……家に戻ることになった」


 ルリシアの表情が一瞬で曇った。

 不安が青い瞳に広がっていく。


「……いつ?」

「今すぐに、らしい」


 彼の真剣な顔を見るとルリシアの胸が締め付けられる。彼女は小さく唇を震わせた。


「……必ず、戻ってきてね」


 イリヤが頷こうとしたその時、伯爵家の騎士が二人が廊下の奥から現れた。


「イリヤ様。お迎えに上がりました。すぐに参りましょう」


 イリヤは内心で舌打ちした。


(わざわざ迎えを寄越すほどか……)


 騎士たちの急かす視線に、イリヤは苦渋の表情で踵を返そうとした――そのとき、ルリシアがそっとイリヤの袖を掴んだ。


「……イリヤくん」


 切なさが滲む、震える声。言葉にできない想いがその指先に込められていた。


(行かないで……)


イリヤは騎士たちに向き直り、冷たく告げた。


「すぐに行く。席を外せ」

「ですが……」

「外せ」


 その声の重さに、騎士たちは言葉を失い、一歩下がった。


 人けがなくなった静かな廊下で、イリヤはルリシアを引き寄せた。

 二人は互いの顔を真正面から見つめ合い、言葉を交わさずにその瞳に想いを乗せる。


 イリヤはルリシアの頰を両手で優しく包み、零れ落ちる涙を親指で拭った。その指先はわずかに震えていた。


「……ルリ」


 彼女の名を呼ぶと、赤い瞳が熱を帯びてルリシアを捉えていた。

 ルリシアは涙で濡れた瞳をゆっくり見上げ、小さく微笑んだ。


「イリヤくん……」


 イリヤは彼女を強く、しかし優しく胸に抱き寄せた。ルリシアもその背中に腕を回し必死にしがみつくように抱き返した。


「……待っていてくれ。必ず、戻る」


 イリヤの声が耳元で誓いを刻むように響いた。彼の腕の中でルリシアは声を詰まらせながら、小さく頷いた。


「……待ってる」

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