表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/28

第20話 召喚の刻

 守護精霊の間への最後の回廊。

 二人が足を踏み入れた瞬間、複数の気配が周囲を取り囲んだ。回廊の両端、石柱の陰、天井付近の突起――あらゆる方向から他ペアが姿を現す。

 シーカーで集められた者たちだ。全員の視線が、一点に集中している。


 ルリシア・クリスティーノとイリヤ・クロウリー。


「鍵を持っているのはあの二人だ!」


 誰かが大声で言った、そのとき――


「ひゃあっ! イリヤくんっ!!」


 甲高い悲鳴とともに、金色の髪の小柄な人影がイリヤに飛びついた。

 細い腕がイリヤの胴に巻きつき、ぎゅうぎゅうと力強くしがみつく。イリヤの眉間に、深く皺が寄ったが、黙って耐える。


 周囲の他ペアたちが、僅かに足を止めた。


「……なんか、声が変じゃないか?」


 一人が小声で耳打ちする。


「仕草も変だろ。ルリシアさんってあんなだっけ?」

「クロウリーの顔、すっごい嫌そうだな!?」


 包囲網に動揺が走る。その隙に乗じた一人の騎士が、素早くルリシア?の背後に回り込んだ。確認するように、金色の髪をぐいっと引っ張る。


「きゃあっ! もー、何するのぉ!? 」


 ――ずるり。


 金色のかつらが、綺麗に取れた。

 現れたのは――眼鏡をかけた、飄々とした顔の青年だった。


「……あ」


 回廊が、静止した。ライル・レントは、イリヤにしがみついたまま見上げ、にこりと笑う。


「イリヤくん、こわーい。みんなが乱暴するー。ルリ、こわーい!」


 イリヤの眉間に更に深い皺が寄り、舌打ちが鳴る。


「そんな顔しないでくださいよ、ちゃんと演技してください」

「……もう、バレてる。離れろ」

「あと少しだけ、抗いましょうよ!」

「今すぐ離れろ」


 イリヤの声が、一段低くなった。


 仕方なく、ライルはするりとイリヤから離れ、かつらを拾い上げてぱんぱんと埃を払った。それから周囲を取り囲む他ペアたちを、眼鏡の奥からぐるりと見回す。


「皆さん、お揃いで。シーカーで呼び集められたんですか? ご苦労様ですね」

「お前……ルリシア・クリスティーノじゃないのか!?」

「見ての通り、ライル・レントです。ルリシアさんと同じ背丈だからまんまと引っかかりましたね? 皆さん?」


 どこからともなく、レイラの呆れた声が降ってきた。


「だから言ったでしょ。すぐバレるって」


 石柱の上に腰かけたレイラが、腕を組みながら他ペアたちを見下ろしていた。


「でも目的は果たしたわ。ルリはもういないわよ? 残念ね」


 他ペアたちが一斉に顔を見合わせ、慌てて周囲を確認する。ルリシアの姿は、どこにもなかった。


「さて」


 ライルが眼鏡を押し上げ、口端を緩めた。


「僕たちの相手、してもらえますか?」


 他ペアたちが慌てふためく中、ライルはゆっくりと両手を広げた。指先に、じわりと魔力が滲み出す。

 右手に赤い炎。左手に紫色の地の魔力。二つの属性が絡み合い、ライルの周囲で渦を巻き始めた。


「僕はですね」


 ライルは笑みを浮かべたまま、うずうずと肩を揺らした。


「観察も好きなんですが……披露するのも、同じくらい好きなんですよ」


 魔法陣が一枚、二枚、三枚と空中に展開される。炎の魔法陣が赤く燃え上がり、地の魔法陣が重厚な光を放つ。

 それが幾重にも重なり、回廊を埋め尽くすほどの規模に膨れ上がった。


「「「……っ!?」」」


 他ペアたちが、一斉に後ずさった。


「確か、あいつって……二大属性持ちの?」

「なんだ、あの魔力量……」


 ざわめきが回廊に広がる中、ライルは眼鏡の奥の瞳を楽しそうに輝かせている。

 その様子を横目で一瞥し、イリヤはライルに忠告した。


「遺跡、壊すなよ」


「イリヤ」


 忠告すると同時に、レイラの声が降ってきた。石柱の上から滑り降り、イリヤの隣に並ぶ。


「シーラたちの姿が見えない。召喚の間に先回りしたのかも」

「……ああ」

「ここは任せて。行きなさい」


 イリヤは頷き、短く答えた。


「頼む」


 回廊の奥へと歩き出す。

 レイラはその背中を見送り、踵を返した。


 他ペアたちと向き合うと、レイラが剣を抜いた。キラリと光る刃を向け、静かに構える。

 金色の瞳に、静かな怒りの炎が灯っていた。


「一つ、聞かせてもらえるかしら」


 穏やかなのに、底冷えのする声。


「ルリに乱暴したのは……どなた?」


 レイラの剣先が、ゆっくりと他ペアの一人を指す。公爵令嬢の威圧感と、抜き身の剣が同時に迫り、その場の空気が一瞬で凍りついた。


「私を敵に回すとどうなるか……もちろん、ご子息、ご令嬢様方には理解できるわよね?」


 公爵令嬢の威圧感が、遺跡の石壁を震わせた。


 他ペアたちが、青ざめながらじりじりと後ずさる様子を見て、レイラの背後でライルがぼそりと呟いた。


「……こわーい」



**



 回廊を駆け抜けるイリヤの背後から、突然、殺気が爆発した。

 イリヤは走りながらも即座に身を捻り、剣を抜いて後ろへ振り払う。


 ガンッ!


 重く鋭い金属音が回廊に響き渡った。火花が激しく散り、衝撃で回廊の石壁が微かに震えた。

 イリヤは剣を構え直して、襲撃してきた相手を赤い瞳で捉える。


 そこには居たのは、ガレン・ヴォルド。

 その瞳には、底知れぬ狂気が宿っていた。


「――やっと、お前と本気で戦える」


 ガレンも剣を構え直しながら、興奮で息を荒げていた。


「ずっと待っていた。お前を頂点から引きずり下ろす日を……!」


 ガレンは舌なめずりをするように笑い、牙を剥いた獣のような笑みを浮かべた。


「シーラの策略なんてどうでもいい。あの女の目的など興味がない。俺が欲しいのは、お前との本気の死闘だけだ、イリヤ・クロウリー。学院内では許されないからなぁ……血を流し、骨を砕き、互いの命を賭けて……心の底から殺し合いたいんだよ!」


 ガレンの笑みは歪み、興奮で瞳が爛々と輝いていた。獲物を前にした純粋で狂気的な殺意が、回廊全体に満ちていく。


 イリヤは小さく吐き捨てた。


「……見苦しいな」



**



 一方、召喚の間にシーラはたどり着いた。中心の巨大な魔法陣の前に悠然と立つ。


(……まだ来てないのね。ルリシアが来る前に済ませてしまおうかしら)


 彼女は青く輝く水の鍵を優雅に掲げ、静かに魔力を注ぎ込んだ。緑の瞳には冷静さと確信が宿っている。これで水の精霊を先に呼び起こしてしまえば、ルリシアの召喚は全て無意味になる。


(呆気ないわね)


 しかし――


 鍵は淡く光ったまま、微動だにしない。魔法陣の水の紋章も、一切の反応を示さなかった。


「……反応しない?」


 シーラの表情がわずかに固まる。


「どういうこと……? 私が持っているのは確かに精霊の魔力が宿ってる。本物の水の鍵のはずなのに……」


 もう一度、慎重に魔力を流し込む。それでも鍵は沈黙したまま。


「…………なぜ?」


 シーラの指先が、初めてわずかに震えた。

 その瞬間――召喚の間の扉を開く音が広間を震わせた。


 重い扉がゆっくりと開かれると、そこには金色の髪の少女が、警戒しながら中へと足を踏み入れてくる。


 ルリシア・クリスティーノ。


 シーラは素早く表情を整え、水の鍵を握ったが、隠しきれない焦りが滲み始めていた。



**



 回廊の奥、ルリシアは走る。

 ドン、と地鳴りが響く。足を止め、振り返った。


(イリヤくん、ライルくん、レイラ……)


 胸が締め付けられる。


(行かなきゃ。やり遂げるんだ)


 前方に立ちはだかるのは、召喚の間の重い扉。深く息を吸い、扉に手をかけた。


 警戒しながら中へ進む。


 四方に巨大な石柱が聳え立ち、風、地、炎、水の紋章が刻まれている。

 中心の床には複雑な魔法陣が広がり、古い精霊の魔力が奥深くから脈打っていた。

 ルリシアが足を踏み入れると――石柱の陰から人影が動いた。


「やっと来たのね?」


 シーラ・ローレンスが、ゆっくりと姿を現した。その手には青く輝く水の鍵。

 しかしその表情には、敵意が滲んでいる。


「ルリシア・クリスティーノ」


 シーラはルリシアを冷たく見据え、静かに口を開いた。


「聞きたいことがあるの。水の鍵を……なぜガレンに渡したの?」


 ルリシアは真っ直ぐにシーラを見つめた。


「やっぱり、ガレンさんのパートナーはシーラさんだったんだね」

「はぐらかさないで、質問に答えなさいよ」


 シーラの声に鋭さが混じる。


「あなたたちが全属性の鍵を集めているのは把握していた。なのに水の鍵を手放した。何を企んでいるの?」

「シーラさんが水属性の魔導士だから、私一人が守護精霊を召喚するのを阻止するには、その鍵が必要でしょ?」


 シーラの表情が固まった。


「シーラさんの目的は私の妨害をすること。シーラさんが、水の精霊を呼び起こせば、私の目的は果たされない……そうだよね?」

「……頭は回るのね? 弱ってたくせに」

「レイラたちが調べてくれたの。噂の出どころも……全部。それで繋がった」


 ルリシアはシーラを真正面から見つめ、青い瞳に静かな覚悟を宿した。


「イリヤくんは私を信じて、ここまで一人で来させてくれた。だから……シーラさんの思い通りには、させない」


 シーラの手が、わずかに震えた。

 いつも不安げで、守られてばかりだったはずの平民の娘が、こんなにまっすぐに自分を見据えてくる。


「……なら、どうするの?

水の鍵はあなたが、私たちに渡したのに」


 ルリシアは懐からもう一つの鍵を取り出し、淡い青の光を放つ本物の水の鍵をシーラに見せた。


「それ、本物の『水の鍵』じゃないよ」


 シーラの視線が、自分の手の中の鍵とルリシアの手の鍵の間を激しく往復した。


「有り得ない……なら、私が持っているこれは……?」

「私たちが作った偽物だよ。精霊が力を貸してくれたの」

「だから、反応しなかった……? この私が……嵌められたというの……?」

「うん……ごめんね」


 シーラの緑の瞳が激しく揺れた。

 怒り、屈辱、嫉妬――全てが一瞬で混ざり合い、表情を歪める。


「最初から全部知っていて……私を嵌めたというの?」


 ルリシアは静かに首を振った。


「イリヤくんがいたから、ここまで来られたの」


 赤いイヤリングが、熱を帯びて淡く輝いた。

   

 離れた場所にいるイリヤと、ルリシアを静かに繋いでいる。その言葉が、シーラの中で何かを決壊させた。


「……黙りなさいよ」


 水魔法が爆発的に展開された。無数の水の刃がルリシアに殺到する。

 ルリシアは四大魔力を展開し、炎の壁で水の刃を蒸発させた。


「あなたには絶対に渡さない! イリヤくんの隣はあなたじゃない!」


 ルリシアは炎の壁を維持しながら、真っ直ぐにシーラを見た。


「イリヤくんの隣に立てるかどうかは、私が決める」


 四色の魔力が、ルリシアの周囲で渦を巻いた。

 ルリシアは本物の鍵を四つ取り出し、魔法陣へと向かった。


 その瞬間――シーラの口元が歪む。


「愚かね」


 嘲笑うような失笑と、確信に満ちた声が、広間に響いた。


「それ以上進んだら……全ての精霊が永久に封印されるわよ」


 ルリシアの足が止まる。

 シーラの口元に、静かな笑みが浮かんだ。


「あなたが今持っている偽物の鍵はただの偽鍵ではない。そして、今、ここに4つ揃っている。召喚しようとした瞬間、あなたの四大魔力に反応して起動する。本物の鍵で精霊を呼び起こそうとすれば――偽鍵がその精霊たちを封じ込める」


「それも、知ってるよ」


 シーラの眉がわずかに動いた。

 ルリシアは結晶石をシーラに見せた。


「私が持っているのはシーラさんの偽鍵の結晶石だけなの。鍵の本体はイリヤくんが持ってるから……起動する条件、揃ってないんだよ」


 ルリシアは静かに本物の鍵を魔法陣へと向けた。


「イリヤくんは全部見抜いてる。私は彼を信じてる」


 シーラの手から、偽物の水の鍵が零れ落ちた。

 石畳に当たり、乾いた音が広間に響く。


 ルリシアは魔法陣の中心に立ち、四本の鍵に魔力を込めた。

 風、地、炎、水――四色の光が宙に浮き上がり、それぞれの石柱へと吸い込まれていく。

 四つが嵌まった瞬間、床の魔法陣が眩い光を放ちながら起動した。

 四方の石柱から、精霊の気配が滲み出す。


「――来て」


 その瞬間だった。


 四大の精霊の魔力が、均等に流れ込んできた。

 風が体を満たす。地が体を満たす。炎が体を満たす。水が体を満たす。


 ――均等に体内に広がっていく。


「――っ!」


 膝が折れる。視界が白く染まる。

 元々溢れかえっていた四大魔力が、精霊たちの力によって均等に押し均されていく。総量が膨れ上がり、全身が内側から弾けそうなほど張り詰める。


「……っ、ぁ……!」


 歯を食いしばり、床に手をついた。指先が震える。息が上がる。


(苦しい……でも)


 ルリシアは顔を上げた。


(イリヤくんが信じてくれた。ここまで連れて来てくれた。守ってくれた。だから……)


 震える腕に力を込め、立ち上がる。


「今度は、私がイリヤくんの覚悟に応える」


 四色の光が、ルリシアを中心に螺旋を描いて天へと昇り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ