第14話 ペア実務任務
イリヤ視点でのお話となります。
この学院では、魔導士と騎士は互いに補い合うために存在する。
魔力制御を極めた者は、その代償として身体の成長が阻まれ、どれだけ優秀な魔導士でも、剣を振るい敵と渡り合うことはほぼできない。
逆に騎士は、戦闘訓練を積むほど魔力の上限が頭打ちになり、直接魔法を行使する力は、早々に失われていく。
だからこそ、ペアで戦う。
魔法科と騎士科、それぞれの限界を互いで埋めるために。
ペア実務任務は、その理念を実戦で問う試験だ。
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男子寮の食堂は、夕食の喧騒でいつも通り騒がしい。俺は端の席で一人、黙々と食事を進めていた。周囲の視線は気にならない。もう、慣れたものだ。
「クロウリー!」
先生の声が近づいてきた。振り返ると、両手に相当な量の手紙を抱えていた。
「これ、全部君宛てだ。今日届いた分だけでもこれだけあるぞ。……君の人気は相変わらずだな」
周囲がざわつくが、気に留めず俺は無言で受け取り席に戻った。毎年のように、この時期になると手紙が増える。開封する気もなれない、どうせ同じ内容だ。
すると、後ろから大声が飛んできた。
「よぉ! イリヤ! 今年もペア実務任務、出るんだろ?」
エリックだ。子爵家の三男。貴族らしからぬ距離感の近さと声の大きさがうるさい。害はないが、面倒くさい。
眉間に皺を寄せ、顔を上げずに返す。
「……まだ決めてはいない」
エリックはニヤニヤしながら俺の隣にどっかり腰を下ろした。
「出るなら、また魔法科の女子たちの小さな戦争が勃発しそうだな。特に今回はヤバいって噂だぜ。『試練の遺跡』が過去最高難易度で、ペアの選出ミスったら即全滅コースらしいからな。
お前みたいな騎士科のトップが誰を選ぶかで、合否がほぼ決まるって言われてる」
俺は無言でフォークを置くと、エリックはさらに声を潜めて続ける。
「今年は特に『イリヤ・クロウリーのパートナーはもう決まってる』って噂が飛び交ってるらしいぜ。「誰だ?」って魔法科の連中が探り合ってるってよ」
(……ルリシアか)
エリックが手紙の束に目をやり、口笛を吹く。
「それも数多のご令嬢からの恋文だろ? どれどれ……どれが一番熱いんだ?」
エリックが手紙を一枚一枚、差出人を確認するのを無視して、束の中から一枚の封書を抜き出す。
封蝋に家紋ーー交差した二本の剣を黒い茨の輪が囲む、クロウリー伯爵家のもの。
それを見た途端、自然と目が細まった。
開封すると、そこにはーー
『家督継承の儀』に関する呼び出し。
日時、場所、出席者が記載されただけの簡潔で冷たい文面。
深いため息が漏れ、エリックが覗き込もうとする。
「何だよ? 呼び出しか?」
「見るな。お前には関係ない」
「ケチ〜」
口を尖らせるエリックを無視して、俺は席を立つ。
部屋に戻り、扉を閉めた瞬間、頭に浮かんだのは倒れて運ばれた医務室でのルリシアの顔。
大事な任務の前に不安に揺れる彼女の表情が頭から離れない。
ーー彼女に決断させるなら、まずは俺が決意を固める必要がある。
ルリシアが俺を好いてくれているのは、もうはっきりわかる。そして俺自身も、彼女に急速に惹かれていることを否定できない。
ただーー安易に言葉にはできない。
家督継承の儀が目前に迫っている今、俺の選択はクロウリー家の未来を左右する。
ルリシアを選べば、彼女に危害が及ぶ可能性がある。伯爵はーーそういう男だ。
**
翌朝、学院の廊下で、背後から呼び止められる。振り返ると、シーラ・ローレンスが立っていた。ローレンス伯爵家の長女。
長い黒髪、緑の瞳に完璧な貴族令嬢の佇まい。
視線を合わせて、彼女の話を静かに待つ。
「私とペアを組んで欲しいの」
ピクリと眉が動いた。
「ルリシアさんではなく、私をペアに選んで。
証明してみせるわ。あの子よりも私の方が、あなたに相応しいってことを」
「……証明?」
シーラは胸を張り、言葉を続ける。
声に熱がこもっているのがわかった。
「イリヤくんは、数多くの名高い騎士を輩出してきたクロウリー伯爵家の跡取り。将来、必ず名誉ある騎士になるわ。その時に支えられるのは、知識と身分よ。私の父は王宮の魔導兵器開発局長。最新の魔導砲や結界術の研究を統括している。私もそれを継ぐつもり。四大魔法全てを扱えなくても、専門分野で必ず貢献できる。身分だってある。あなたを守り、支えられるのは、私のような高貴な令嬢でなければ釣り合わないわ」
俺は彼女の熱意を聞き、淡々と返す。
「……立派な志だ」
シーラの目が輝き、期待が膨らんでいるのがわかる。だが、俺は続けた。
「……だが、そのために、君は今、俺に何を与えてくれるんだ」
シーラは一瞬息を飲み、すぐに強く言い切る。
「あなたを愛してるわ!」
「……愛?」
「そうよ! 在籍中の遊びなら、あの子でも構わない。私の愛は揺らがないから、安心して。私の全ての愛をあなたに捧げる。でもあの子にはできない。身分がないから、あなたを守れない」
彼女の言葉に、冷たい感情が全身を満たすようだった。
「君は、俺の何を愛してるんだ?」
シーラは一瞬言葉に詰まったが、すぐに言い返す。
「……あなたの強さ、才能、将来性……すべてよ。
クロウリー家の跡取りとして、完璧なパートナーになれる人を選ぶべきだわ」
俺は小さく息を吐く。
「……それは俺ではなく、クロウリー家の『肩書』を愛してるだけだな」
シーラの顔が強張る。
「違うわ! 私はーー」
「君のその愛を、理解して受け入れてくれる相手を探した方がいい」
言葉を遮るように、俺は背を向ける。
「イリヤくん……!」
振り返らずに歩き出す。シーラの声が背中に刺さるが、足を止める気はない。
廊下を踏む音だけが、冷たく響く。
(……シーラの言う『愛』は、肩書を愛してるだけだ)
彼女の言葉を切り捨てた瞬間、すっきりとするはずだった。だが、冷えた廊下を歩きながら、胸の奥で別の声が囁く。
(……お前も、人のことは言えない。ルリシアに惹かれながら、家名を理由に言葉を封じているのは、肩書に縛られた臆病さじゃないのか)
胸の奥で、ルリシアの笑顔が浮かぶ。
その純粋さが、俺には眩しすぎた。
**
騎士科棟の廊下からグラウンドの端で、自主練をするルリシアの姿が目に入った。
レイラを含む友人たちが周りを囲んでいる。
ルリシアが四大魔法を展開しようとした瞬間、魔力が大きく膨張し、不安定にうねる。
制御を失った彼女はバランスを崩し、地面に膝をついた。
それをレイラが素早く支え、友人たちが駆け寄る。ルリシアは顔を上げ、気丈に笑っている。
俺は遠くからその姿を見つめ、腕に抱えた本からペア実務任務の用紙を取り出し、もう一度、内容を読み返す。
(……迷っている時間はない)
**
図書室の奥、静かな午後の光が本棚の隙間から柔らかく差し込んでいた。
ルリシアが踏み台に乗り、一番上の棚に手を伸ばしている。背伸びして、指先が本の背表紙に届きそうで届かない。金色の髪がふわりと揺れ、スカートの裾が軽く翻った。
「……もう少し……!」
案の定、バランスを崩した。
「わっ……!」
俺は瞬時に駆け寄り、後ろから彼女の背中をしっかりと支え、落ちかけた本をもう片方の手で受け取る。
「大丈夫か?」
ルリシアがほっと息を吐き、ゆっくりと振り返った。頰がうっすらと赤く染まっている。
「……イリヤくん……ありがとう」
彼女の声は小さく、照れくさそうだった。俺は彼女の背に添えていた手を離し、目を細めた。
「ルリシアはいつも危なっかしい。無理して落ちたらどうする」
「……ごめんね。どうしてもその本が読みたくて……」
彼女が踏み台から降りるのを手伝い、俺は落ちかけた本を彼女に差し出した。
「俺に言えば、取ってやる」
ルリシアが顔を上げ、こちらを見つめてくる。午後の光の中で、金色の髪がきらきらと輝いていた。
「……うん。ありがとう、イリヤくん」
その瞳は真っ直ぐで、どこか温かかった。俺は彼女の耳元に落ちていた髪を、そっと指でかき分けた。その仕草にルリシアの青い瞳が僅かに揺れ動いた。
俺は制服のポケットから小さな黒い箱を取り出し、蓋を開けた。銀の細い鎖に、深紅の宝石が静かに揺れるイヤリングが一対。
「これを、君に」
ルリシアの瞳が大きく見開かれ、息を呑む。
「つけてもいいか?」
恥ずかしそうに小さく頷く彼女の左耳たぶを指先で優しく挟み、金髪をそっとかき分け、ゆっくりとイヤリングをつけると、赤い石が耳元で揺れ、白い肌に鮮やかな光を落とす。
「このイヤリング、どうしたの?」
問いかける彼女に、俺は自分の右耳を軽く指で払って見せた。同じ赤い宝石が、俺の耳元で静かに輝いている。
「お揃いだ。俺の右耳にも、同じものを」
ルリシアの頰が一気に真っ赤に燃え上がり、指先が無意識に自分の左耳に触れる。
嬉しさと恥ずかしさが混じり合い、青い瞳が潤んで揺れた。
俺は彼女の瞳を真っ直ぐ見つめて言った。
「ペア実務任務、俺のパートナーになって、付いてきて欲しい」
ルリシアの表情が一瞬で曇り、唇が小さく震える。
「……でも、今の私はきっと足手まといになる。こんな大事な任務で……イリヤくんに負担かけた
くない。だから……」
俺は静かに首を振った。
「……ルリシア、聞いてくれ」
真剣な顔つきで俺は続ける。
「四大属性の魔力バランスが崩れ始めている。このまま放置すれば、まともに立てなくなる。だから、今回の任務の遂行こそが、君には必要なんだ」
ルリシアの瞳が驚きに見開かれる。
「ルリシアが転びやすいのも、制御が不安定なのも、四大属性の魔力が僅かに均等を崩し始めて、君の身体を蝕んでいるからだ」
ルリシアの瞳が揺れ、唇を強く噛む。
俺は言葉を続けた。
「試練の遺跡で、四つの属性精霊から純粋な魔力を借りる。それを君の魔力と中和させて、崩れかけたバランスを強制的に整え、そして最後に、召喚した守護精霊に君の膨れ上がった過剰な魔力を譲渡して、調和させる」
ルリシアの唇が震え、声が掠れる。
「……四大の魔力がずっと私の中で暴れ回ってるみたいで、制御が上手くできなかったのは、本当に私の実力不足じゃないの? 任務に成功すれば楽になる?」
「ああ、君はよく抑えてる。四大属性が完全に安定すれば、もう苦しまなくてもよくなる」
彼女の瞳が俺をじっと見つめ、涙が一筋、頰を伝った。俺は声をさらに低く落とした。
「今回の任務のルールは、四組のペアが合格できる設計だ。各ペアの魔導士が自分の属性精霊から魔力を借り、四つを合わせて守護精霊を召喚する」
ルリシアがこくりと頷く。
「だが君の場合は違う。四つの属性すべての魔力を一人で受け取り、最後に守護精霊へ過剰な魔力を譲渡しなければならない。つまり四つの精霊の魔力枠を、君一人が使い切ることになる」
「……そうなると、他のペアは?」
「精霊の魔力が残らない。どんなに優秀なペアでも、合格の条件を満たせなくなる」
ルリシアの息が止まり、瞳が大きく揺れた。
「……それって……」
「他の誰にも、情けをかけるのは許されない。どんな手段を使っても、君だけを最後まで守り抜き、導くーー」
俺は彼女の頰に両手を添え、額をそっと合わせた。
「俺だけが、君の騎士だ。他の誰にも任せられない」
ルリシアの瞳から涙がぽろりと零れ、俺の指に落ちた。やがて、震える唇がゆっくりと開く。
「……うん……わかった。参加する」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥で何かが熱く解けた。俺は彼女を安心させるように、確かな声で告げた。
「君を必ず助ける。不安にならなくていい」
「……イリヤ……くん、ありがとう」
俺は小さく息を吐き、彼女の左手をそっと握った。指を絡め、強く握り返してくる感触に、胸の奥が熱くなった。
ーーその奥に宿る想いは一つ。
『ルリシアを守る』ただ、それだけがこの任務に参加する俺の意味だ。
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その夜、部屋に戻ると、机の上に呼び出し状が置かれたままだった。封蝋の家紋が、月明かりの中で静かに光っている。
期日まで、あと十日。
ルリシアとの試練は、その前に終わらせなければならない。




