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第10話 仕掛けられた嘘

 そしてダンジョン探索も無事に終え、私は魔法科の代表として、各班の魔法科リーダーからの報告書を取りまとめて提出。

 首席としての初の仕事を成し遂げた。


 それから、すぐに調理期間が始まった。

 女の子たちは皆、心躍り、男子たちもまた、ソワソワ落ち着かない様子。学院全体が甘い空気と、駆け引きの為の緊張感に包まれていた。


 そんなある日、調理室に向かう廊下で、声がかかった。


「ルリシアさん!」


 振り返ると、クロードくん。


「クロードくん?」


 彼は少し照れくさそうに笑って、私の隣を歩き始める。


「調理授業、頑張ってるみたいだね。今年の最終日はチョコレート菓子だって?」

「う、うん。チョコレートって、簡単そうに見えて案外奥が深いんだよ」

「へえ……ルリシアさんの作ったチョコ、食べてみたいなぁ」


 優しい言葉に、少し戸惑いながら「ありがとう……」と小さく答える。反応に困り、視線を逸らしてしまう。


 それからというもの、クロードくんは私のそばにいることが多くなった。調理教室の前で待っていたり、休み時間に話しかけてきたり。


 そして、ある日の放課後ーー。

 調理の時間が余って、私は試作品のチョコレートを作っていた。一粒、口に運んで味見する。


(イリヤくんは、どのくらい甘さ控えめが、いいかな……?)


「ルリシアさん!」

「……クロードくん」


 彼が調理室に顔を出して、私の隣にやってくる。


「美味しそうだね? 俺、チョコ好きなんだ! ひとつ食べてもいい?」


「……あっ、ごめんね。今日の試作品は友達と交換して味見する予定なの」


 本当はそんな予定ないけど、イリヤくんより先に他の男の子にチョコをあげるのは違う気がして、咄嗟に嘘をついた。


「……そうなんだ、残念だなぁ」


 クロードくんが少し寂しそうに笑う。

 その時ーーガチャリと扉が開く音。


 顔を上げると、イリヤくんが立っていた。赤い瞳が、静かにこちらを見ている。

 その視線が、私の隣のクロードくんに、一瞬だけ留まる。イリヤくんの表情はいつも通り無表情に近いけど、どこか硬い。


「ルリシア」


 名前を呼ばれた瞬間、胸がドキッと鳴る。

 調理室に沈黙が広がった。

 イリヤくんとクロードくんの視線が絡んで、何とも言えない空気。


(な、なにこの空気……何か言わないと……でも……)


 あまりに気まずくて二人を見れなくて、私は下を向いてしまう。

 その時、クロードくんが最初に口を開いた。


「じゃあ、ルリシアさん、またね」

「う、うん。またね」


 クロードくんがイリヤくんのそばを横切る時、さらに視線が絡んで、より一層の不穏な緊張感が漂った。私は思わず、息を呑む。

 クロードくんが去った後、調理室に残されたのは私とイリヤくんだけ。


 イリヤくんがゆっくり近づいてくる。

 赤い瞳を私の顔に固定したまま、低く静かに。


「ダンジョンの報告書、確認した。全ての班が問題なく終えた。……よくやった」

「良かった、無事に終えられて安心したよ! ありがとう……!」


 笑顔で答えるけど、胸の奥でドキドキが止まらない。イリヤくんは一瞬、廊下の方をちらりと見てから、私に視線を戻す。

 その視線に、ほんのわずかな棘があるようで胸の高鳴りが収まらない。


「……まだ、片付けが残っているのか?」

「うん……さっきチョコ作り終わったから、これから片付けようと思ってたの」


 イリヤくんは無言で、私の隣に並ぶ。


「……なら、手伝う」

「え? イリヤくんが……?」

「報告書の礼だ」


 短く答えて、袖を捲り上げスポンジを取る。

 調理器具を洗い出すイリヤくんに、私は慌ててお礼を言う。


「ありがとう……イリヤくん」


 二人で並んで、器具を洗って拭いて片付ける。

 机の上に残された試作のチョコが、夕陽に照らされて艶やかに輝く。


 イリヤくんが箱の中のチョコをじっと見つめる。


「……これは試作品か?」


 緊張で指先が震えながら、一つ摘んで差し出す。


「うん。……食べる?」

「ああ。頂く」


 イリヤくんは少し考えてから、小さく口を開けた。

 二人とも同時に固まって、ピタッと動かなくなった。一瞬、状況が飲み込めなくて思考が停止する。


 次の瞬間、ようやく理解が追いついて、私は目を大きく見開いた。


(え……あーん、ってこと……!?)


 私は慌てて理解し、顔が一瞬で真っ赤になる。

でもイリヤくんは口を閉じず、静かに待っている。

 

 逃げられない……!

 震える指でチョコを彼の唇に近づけたときーー


「あっ……!」


 手が震えて、チョコが指から滑り落ちた。


 落ちる瞬間、イリヤくんが素早く手を伸ばし、チョコを受け取った。

 彼は無表情のまま、チョコを自分の口に運んで一口で食べる。


「……甘いな」


 短い感想。私は顔を真っ赤にしたまま、慌てて両手で頰を押さえた。耳までカァッと熱くなる。


「ご、ごめん……! 手が震えちゃって……」


 イリヤくんはゆっくりと咀嚼を終え、私の顔をじっと見つめた。

 わずかに瞳が柔らかくなったような気がする。


「……大丈夫だ」

「う、うん……」


 私はまだ顔が熱いままで、小さく頷くことしかできなかった。

 胸の鼓動がうるさい。私は恥ずかしさを堪えながら、自分もチョコを味見する。


「もう少し……ビターな方が好き?」


 私の問いかけにイリヤくんは視線を固定したまま、告げた。


「……ああ、好きだ」


 その一言が、まるで別の意味みたいに響く。

 胸がきゅうっと締め付けられて苦しい。


 イリヤくんはそんな私を、じっと見つめ続ける。その視線に耐えきれなくて、私は俯いた。


(か、完敗です……)


 ゴーン、ゴーン、ゴーン


 完全下校の鐘の音が響き、私はハッとして、慌てて顔を上げた。


「もう、下校時間……!」


 イリヤくんはゆっくり息を吐き、視線を逸らさずに私を見る。耳の先がまだ赤い。


「……楽しみにしてる」


 そう呟いて、静かに調理室を出て行った。

 私は、机に突っ伏して両手で顔を覆う。


(……イリヤくん……本当に、ずるい……)


 イリヤくんの視線と言葉が、私の心を甘く締め付けていた。


◇◆


 男子寮の食堂は、夕食時になるといつもより少しざわついていた。

 俺はトレイを手にいつもの席に着き、静かに食事を始めた。


 周囲の喧騒など、いつもは気にも留めていなかったが今日は違った。


「ルリシアさん、今年の愛の日のチョコ、すごい頑張ってるみたいでさーー」


 隣のテーブルから、わざと大きな声が響いた。

 最近、ルリシアのそばにいるあの男、クロードだった。今は数人の男子生徒を囲むようにして、楽しげに話をしている。


「ルリシアさんは優しいからさ。俺にも一つくれるって言ってくれたんだ。試作品も味見させてくれたし、結構甘めのやつが好きみたいだな」


 クロードはそう言って、俺の方をチラリと見た。明らかに聞こえるように、声のボリュームを上げている。


 周りの男子たちが一瞬で食いついた。


「おいおい、ルリシアってあの魔法科の天才美少女だろ!?」

「クロード、お前最近ルリシアさんとよく話してるよな。羨ましい……」

「俺も欲しい! ルリシアさんの手作りなんて、絶対美味しいに決まってるじゃん!」


 男子たちが次々に身を乗り出し、興奮気味に質問を浴びせかける。

 食堂の一角が一気に活気づいた。

 クロードは得意げに肩をすくめながら、笑顔で続ける。


「……ルリシアさん、ほんとに優しいんだよ。ダンジョンの後も、気遣ってくれてさ」


 その言葉に、男子たちがさらに盛り上がる。


「クロード、いいなあ! 俺もルリシアさんに声かけようかな……」


 俺はフォークを止めたまま、静かに耳を傾けていた。


(……ルリシアが、あいつに試作品を味見させた?)


 胸の奥に、何か引っかかるものがある。

 ルリシアは優しい。誰にでも笑顔を向ける。


 それは知っているーーあの笑顔を、俺だけに向けられているわけではないことは知ってる。


 わざと俺に聞こえるように話すクロードの意図は、はっきりしている。

 

(……だが、もしルリシアが、俺以外にも渡すつもりなら……)


 俺は無言で食事を再開した。フォークを動かしながら、その問いを頭の奥に押し込む。


 なぜ、こんなにも彼女のことになると感情が揺らぐのかーー


 そのとき、視線を感じた。

 まるで、試すようなーークロードの視線が、こちらに向けられている。

 俺はゆっくりと顔を上げ、赤い瞳で彼を真正面から捉えた。

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