3-22 さようなら
「さ、さぁ、気を取り直して、皆、転移陣の中央に乗って!」
すっと、オトから渡された玉手箱?を武流に押し付けて、大和は春日達を促した。
レイバンに八尺瓊勾玉をリオンハートに草薙の剣を渡し、完全な形を取り戻した八咫鏡は橘花に持たせる。
レイバンは、見えるもの全てを魂に刻み込むようにぐるりと周囲を見回した。ノーザンライツ辺境伯領プラハ=ハウゼン孤児院のある方向に向かい、騎士の礼を一つ。そうして、くくっていた燃える様な赤毛を根元で切り落とした。広げた手の上から、赤が風に舞って散っていく。
「よし!」
一つ気合を入れて、レイバン・プラハ=ハウゼンは転移陣の中に足を踏み入れた。
「世話になったな、ハーミット。」
リオンハートは、灰色のローブの賢者の前に愛用の大剣をドン、と置いた。
「春日の世界では、このような武器はヤバい、らしいからな。処分はお前に任せる。」
「では、餞別に魔法をかけて差し上げましょう。」
そう言って、ハーミットが手をかざすと、大剣はみるみるうちに小さくなり、ペーパーナイフサイズになって、リオンハートの手の中に落ちた。
「主様のご意思で、どのような武器にでも変わりましょう。」
「はっ!相変わらず、規格外よな。達者で暮らせ。・・・たまには、アレの事も気にかけてくれるとありがたい。」
故国の義理の弟王を託され、ハーミットは無言で頭を下げる。
「すまないな。」
苦笑交じりに賢者の腕をポンポンと軽く叩き、リオンハートも転移陣に入る。「ああ、そう言えば、最後まで其方の顔は見れなかったな。」と笑った。
「セン。その名前を返してもらえばあなたは私から自由になれるの?」
膝をつき抱き上げる。カーバンクルのもふもふの体毛に橘花は顔を埋める。
「そんな必要は無いぞ、主。例え、世界が違っても、主が生きている間は、我は主の物だ。」
「センはそれで良いの?」
「良いに決まっている。魔神・インヴァスが自ら頸木に掛かりにいったのは、主が最初で、恐らく最後だ。」
「でも、セン。」
「それに、我が眷属でいる限り、主が言葉に困る事はこの先一切ないぞ。」
「!?ふふっ、ありがとう、セン。大好きよ。」
どうして、こんな怪しい魔神をそんなに好いてくれるのか、インヴァス自身にも理解できないまま、橘花は、今はすっかり角のなくなってしまった、カーバンクルの額に口付ける。
武流に手を引かれ、彼女も転移陣に入った。
「春日。」
「僕は、残るよ。」
大和の言葉に、はあぁー、と春日は大きなため息をついた。驚く橘花と眉をひそめる武流。
「はぁ、取り敢えず、理由を教えて。」
我儘を言われ頭が痛いと言う様に、額を抑えて春日は問う。
一方の大和は、少年姿ではあるが、言う事を聞かない子供に言い聞かせる困った様なそれでいて、辛抱強い声音で、春日をしっかりと見つめた。
「気づいてたとは思うけど、こっちに来てから、僕の体調はすこぶる良好なんだ。体は子供のままだけど、これだって、別に成長できないからって訳じゃ無い。この姿の方が、色々便利だからね。
だけど、元の世界では、春日の成長に合わせて、細かく調整しなければいけない。
勿論、僕を創ってくれた春日には感謝しかないよ。だけど、やっぱり、煩わしいなぁ、と思う事が、段々、大人になるにつれ増えて来るんだ。
大学に進学しなかったのも、それが理由。引きこもって、コンピュータを相手にしている方が、ずっと気楽だ。
だけど、魔法のあるこっちの世界じゃ、この僕の存在はちょっと気になる不思議な子、って感じの認識だ。空を飛んでも、性別や年齢をいじっても、気味悪がられない。僕は僕の成りたい姿で受け入れてもらえる。
春日も、今ならもう、僕が巫力の肩代わりをする必要は無いでしょ。それに、界をまたいでも、巫力の受け渡しが出来る事は、今回で証明されたし。」
「それに、春日の傍にはリオンハートさんがいてくれるしね。」
武流も橘花も大和の言葉を噛み締める。橘花の視線は不安げに春日と大和の間を動いた。けれど、春日は、額を抑えたまま、大和を見ようとしなかった。
無言の時間が続く。
誰も、何も言えない。春日の返事を促すことは、大和にも出来ない。
だが、例え、反対されても、残るのだろうな、とは、全員が思っていた。この時間は春日が自分を納得させるために必要な時間だから。
「わかった。」
額から手を外し、漸く春日は大和を真正面から、見た。
「ま、理由はそれだけじゃないとは思うけど。認めるわ。良いんじゃない。大和が息苦しい思いをしていたのは、知ってるし。繋がってることは証明されたしね。」
そう言って春日は最後にぎゅっと大和を抱き締めると転移陣に入った。
「大和ちゃん。」
橘花は転移陣から叫ぶ。
「私は、大和ちゃんを変だなんて思った事無いよ。大和ちゃんは私の大切な幼馴染で大好きだよ。」
「知ってるよ~。僕も橘花が大好き!」
橘花が武流の胸に顔を埋めた。
ニーラカーナのオトが転移陣に魔力を流し、甲羅に刻まれた魔法陣が光りを放つ。
春日、橘花、大和、リオンハート、レイバン。
5人を光が包む。
光が消えた時、そこには何も、本当に何も残っていなかった。
ニーラカーナの甲羅も綺麗に一枚消えている。
ふんわり笑って、オトの姿は空気に溶けた。
カーバンクルは魔神・インヴァスに姿を変える。
大和もその姿を変えた。
黒髪は長く、腰を超えるほど長く、少年の体は成長し、妙齢の少女へ。春日とそっくりだが、アマテラスよりも幼く。
「じゃあ、僕も行くね。」
そう言うと大和は、軽やかに地面を蹴って空の中に飛び上がった。その背には真っ白い羽根。
「あなたを、何とお呼びすればよろしいですか?」
その姿にハーミットが声をかける。小首を傾げてちょっと考えた少女は「まほろ」そう答えて、空を翔ける。その姿はとても自由だった。
「で、あなた様はどうなさるのですか?蛭子命さま。」
「これまで通り、ですよ。」
灰色のローブの下で、気配が変わる。ばさりとローブが落ち、そこには何も残っていなかった。
「やれやれ。創世神様は、またお隠れになったか。では、我も暫く休もうとしよう。」
インヴァスはニーラカーナの甲羅の上、魔石狩りに踏み込まなかったまだ深い森の奥に消えていく。
*******
「天誅!」
空から降ってきた可愛らしい声に、顔を上げたギュンター王子は、額にもろに踵落としを食らった。
「何考えてるんだ馬鹿王子!この世界、まだまだ、議会制民主主義何て早いんだよ!目の前の現実から目をそらして、夢ばかり語るな。」
「え!?大和?え!?どうして?」
「ギィが情けなさ過ぎて、帰れなかったんだよ!」
「大和!」
抱き締めようとするギュンターを更に踏みつけて、少女は空中で腕組みをして、彼を睨みつける。
「僕はまひろ。いい、よく聞いて。神子が帰ったから、彼女の張り直した結界は長くは持たないよ。春日はね、厳しいの。無償で助けを乞うような連中に施しを与えるほど、人間出来てないの。ある程度の魔物は間引いたけど、油断はダメだよ。ちゃんと対策とってね。それが出来たら、許してあげる。」
「まひろ?え?大和だろ?」
「ギ~ィ~。」
「ひゃっ。わ、わかった。す、すぐ、兄上に連絡して、赤騎士隊に結界の確認をさせる。」
「よし!」
そう笑うとまひろは、その白い羽根を大きく羽ばたかせる。
「!?大和?あ、まひろ?何処へ行くんだ?俺の為に残ってくれたんじゃ無かったのか?」
「はあ?相変わらずだねぇ、ギィは。そんな訳無いでしょ。僕は僕の為にここに残ったの。じゃあね。」
「待って、待ってくれ、大和、まひろ。お前に会いたい時はどうしたら良いんだ?」
必死で手を伸ばすギュンター王子の掌に、ひらりと一枚の羽根が落ちて来た。
「羽根?」
呆然とそれをみつめるギュンター王子が、その意図を赤騎士隊隊長から教えてもらうのはもう少し後の話。
*******
ドン、ドカン。
「きゃー」「何?」「何だ!」「何か落ちたぞ!」「いやー」「助けて」
橘花が目を開けた時、そこは、パニックだった。
床に倒れる何人もの人達。立ち昇る白煙。鳴り響く警報音。
「橘花、こっちです。」
強く引き寄せられ、橘花は覚えのある力強い腕の中にいた。
「動けますか?ここから出ますよ。」
慌てふためく人々に混じって、混乱する空港の出口に向かう。
人々を落ち着かせるように、空港管理会社のアナウンスが流れるが、一度パニックになった群衆を宥めるのは困難を極める。
散り散りになってしまわないように、密かに巫札を使って、春日達は何とか空港の外に出る事に成功した。
花冷えと呼ばれる春特有の肌寒さが、橘花に俯いていた顔を上げさせた。
「帰って、来た?」
あの日の朝、春日との別れを寂しく思いながら、ここに立った。
何も変わっていない風景。
逃げ惑う人々や、遠くのサイレンの音。すべて彼女の耳には、目には入ってこない。
春日の結界に守られ、レイバンとリオンハートの鋭い視線が辺りを警戒している。武流は橘花の体をしっかり支えている。
「私、帰って来たんだね、武流さん。」
「そうだよ、橘花。おかえり。」
とてもやさしい声が耳元で囁く。
「ただいま。」
終
最終話です。
後日談、同時投稿しています。
読んでいただきありがとうございました。




