3-23 後日談 蛇足
本日2話目になります。3-22から先にお読みください。
皆のその後をちょこっと。
「ハーイ!伊勢さん。ちょっと時間ある?」
「ありません。でも、まあ、何の用?てか、どちら様?」
「あー、同じゼミのウィリアム・ジェームズ・ハワードだ。新しくできたカフェで一緒にお茶なんてどうかな、と思ったんだけど。」
「ナンパ?」
「は?いや、まぁ、伊勢さん、東洋人だけど、割かし美人だし、優秀だし。僕は、伯爵家の人間だから、付き合ってて損はないと思うよ。」
見るからに仕立ての良さそうなジャケットを無造作に手にもった金髪碧眼の青年は、尊大さを隠さずに一歩前に出る。
肩から斜めがけした手作りの布バッグは、きちきちに押し込めた本のおかげでパンパン。コットンシャツにジーンズ、スニーカーの春日は、胸の前に大きな箱を抱えている。
「んー。逆に損しかない、って思うけど。お茶なら誰か他の暇な人に声を掛けたら?私は、パス。」
それだけ言うと春日は荷物を抱え直し、目的地に向かって歩き出す。
「お、ちょ、ちょっと待ちなよ。」
グイ、と腕を掴まれ、思わずバランスを崩し、転びそうになった春日を、間一髪で支える風のクッション。
「あー、大丈夫っスか、神子様。」
「ママ~?」
ひょいひょい、と春日から大きな箱と、布バッグを取り上げた赤毛の青年の影から、陽に透ける黄金色の巻き毛の頭がのぞく。
「ママ、迎えに来たよ。キッカちゃんが待ってるよ。」
ぎゅっと抱くつく幼子の頭を撫でて抱き上げる。後に待つリムジンとその横に立つ背の高い男性が軽く手を挙げた。
「な?あれは、リオンハート・アル=ハミル?大富豪の?え、ママ?」
ハワードと名乗った学生は、慌てて後退り、タブレット検索を始める。周囲も、スマホを取り出して、カシャカシャと美貌の大富豪を遠慮なく撮影した。
「もー、何で、こんな派手な車で迎えに来るのよ。目立っちゃったじゃない。」
「すんません。ちょーっと時間押しちゃって、結構ギリギリなんスよ。てゆーか、神子様も大概っしょ。これから、橘花達との休暇にこれ、って。仕事持ち込みっスか?」
春日から奪った荷物を揺すってレイバンが呆れる。
「ま、まーね。良いのよ、橘花は許してくれるから。」
「そりゃあ、そうでしょうけど。」
そんな話をしながら、リムジンに向かう。
「お帰り、春日。」
リオンハートが息子ごと妻を抱き締めて、キスを落とす。シートに荷物を乗せて、レイバンが運転席のドアを開ける。
「出すっスよー。」
それは、春日たちが戻ってから5年後のある日の出来事。
親友の橘花が新婚旅行で、イギリスを訪れる当日の日常の一コマ。
美大の学生の間に応募した展覧会で入賞して以後、見る者に郷愁を抱かせる不思議な兎のいる風景画を描く画家として、一部に熱狂的なファンを持つ佐倉橘花が、長年の恋人である御影武流と結婚した。春日・アル=ハミルは式には出られなかったものの、新婚旅行に世界一周の船旅をプレゼントした。但し、自分たち家族も同行する、と言う、一風変わったプレゼントだ。その春日の夫は、短期間で巨万の富を築きあげた若き事業家、今世紀最大の快挙に上げられるリオンハート。二人の間には4歳になる一人息子大和がいる。
「春ちゃん!」「やっほー、橘花。」「キッカちゃん!」「こんにちわ、大和ちゃん。」
「橘花、会いたかった。」「バン!元気だった?」
久しぶりの親友たちの再会に、暖かい眼差しを注ぐリオンハートと対照的に腕が勝手に動きそうになるのを唇を噛んで我慢する武流。
「タケルニーもおひさ~。」「・・・あなたもね。」
にやにやと差し出されたレイバンの右腕は、リオンハートの会社で作られた最新式の義手。人体の柔らかさも体温もほぼ完ぺきに再現できている。けれど、レイバン仕様で、こっそりその中には魔石が組み込まれていたりもする。
その辺りの開発秘話は黒いベールに包まれており、その開発には武流も多いにかかわっている。
「じゃあ、行こうか。」
「ママ、最初に何処に行くの?」
「んー、何処かなー。」
「何処でも、君と一緒なら。」
そのセリフは誰が言ったのか。皆の笑顔を乗せて、豪華クルーザーはイギリスの港を旅立った。
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60年後
「へー、ここがじいちゃんの故郷?」
「おう、そうだぞ、アレン。俺とお前のじーちゃんの故郷だ。リオンハート様はここから更に南の大陸の一番大きな国の王様を辞めて、お前のばーちゃんと結婚したんだ。」
「リオンじいちゃんってよっぽど春ばあちゃんの事、好きだったんだね。僕、あんまり、リオンじいちゃんの事覚えてないけど、それ、何回も聞かされた。」
「ハハハ。まあな。でも、それで言えば、桜の所の武流じーちゃんもよっぽどだぞ。今の俺たちみたく、世界を越えて、橘花を迎えに来たぐらいだからな。」
「橘花おばあちゃん・・・。」
「あー、ほら、泣くな、桜。ちょっと、レイじいちゃん、桜泣かせないでよ。」
見渡す限りの大海原を望む、そこだけ、奇妙に開けた大地に三人の人間が立っていた。
一人は白髪交じりの赤毛を長く伸ばした老人。その腰には長年の相棒・双剣が下がっている。
彼の左右には十代半ばと思わしき少年と少女。アレンと桜。
老人は首から下げた赤い羽根をくしゃりと握りつぶした。
待つことしばし。
彼らの目の前に、鍛え抜かれた剣士が大剣を引き抜いて突如、現れた。
「「⁉」」
子供達が両側から老人に抱き着く。
「レイバン?」
「ただいま。イザークの兄貴。」
ドスン、と大剣が地面に落ちた。「レイバン!お前!今、今頃、今更、あーくそっ。よく無事で。」
イザーク・プラハ=ハウゼンの両眼から、滂沱の涙が流れた。
「あららー、泣かれちゃったよ。」
今はもう、自分の方がずっと老けてしまった、と座り込んで大泣きをする大男を困ったようにレイバン・プラハ=ハウゼンは見下ろすのだった。
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「あのね、バン。私が死んだ後、あの子たちが望むなら、あの子たちをあなたの故郷に連れて行って欲しいの。」
もうほとんど力の入らない腕を伸ばして、橘花が、レイバンの手を握る。
「アレンも桜も、この世界で生きるのはつらいと思う。あの二人は、武流さんと春ちゃんの力を強く受け継いでしまった。このままじゃ、二人がやっとの思いで抜け出した伊勢一族にまた、囚われてしまう。それは、私たちの誰も望まない。
バン、ごめんね。そして、ありがとう。私の為にここに残ってくれて。私、知ってた。バンは帰ろうと思えば、いつでも帰れたよね。
私の死は、センには直ぐ伝わると思う。だから、センにもありがとうって伝えて。」
これ、と橘花はレイバンに、右耳を示す。
「このピアス、持って行って。センの祝福が込められてるの。最後にね、くれたの。これが、きっとあなた達を導いてくれる。」
「楽しかったわ、レイバン。」
そう言って笑った橘花の顔は、年老いて皺やシミだらけになっていても、とても可憐で美しかった。
レイバンの手に残された黒いオニキスのピアスは、彼が初めて橘花と会った時から、彼女の右耳にあった、彼女の夫・御影武流が贈ったお揃いのピアスの相方だ。
レイバンはそっと自分の右耳のイアーカフを外す。その下には、武流が死んだときに譲り受けた相方のピアスがはまっている。
深い深いため息をついて、レイバンは橘花からもらったピアスを右の耳に付けた。
「愛しているよ、橘花。君のタケルニーへの想いごと。」
口付けた思い人の唇が、熱を失っていくのを、レイバンは、己が唇で感じていた。
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「さあ、お前たち、準備はいいか?」
旅支度を整えたレイバンの横には、春日とリオンハート、橘花と武流の孫。アレンと桜がお揃いの装備で立っている。白髪赤眼、リオンハートの色をそのまま受つ継ぐアレンの背中には日本刀が、黒髪黒目、若い時の橘花に瓜二つの桜の腰には短刀が装備されている。桜の足元に大きな羽耳と立派な角をもつ兎・カーバンクルが、きゅるんと大きな瞳で子供たちを見上げている。
「冒険に出発だ。」「「おー!」」




