出会う前の人生の戻るだけ、それだけ
東京までは、ゆっくり車で走っても2時間半ほどの道のりだった。
先月運転免許をとったばがりのというシイナの運転の腕には不安はあったものの、いざ走り出してみると何の心配もなく、ベテランのバスの運転手のような慣れた手つきでハンドルをさばいていった。
僕自身が車を運転できないので、心底彼女に感謝したものの、それはいまいちうまく伝わっていないようで、車内は不穏な空気に包まれていた。
不穏な空気を外に出したいが、窓を開けると暑すぎるくらいの外気が車内に充満してしまうので、それは避けたい。
だが、灼熱の外気と不穏な空気だと、どちらがいいのだろうか。
やはり虫の居所が悪いのか、シイナは片道の2時間半、ほとんど口を利かなかった。
唯一自分から発した言葉が「全国チェーンのレンタカーだから、片道の乗り捨てでも問題ないそうよ」というものだけだった。
それから僕が場繋ぎ的に適当に振った話題には「うん」とか「そう」とか「へぇ」くらいの相槌しか打たずに、ひたすらに運転をした。
道中で一回くらいトイレ休憩をすると思っていたが、それもなく、一度も止まらずに東京の土を踏んだ。
僕はこの空気にいてもたってもいられず、なんとか車の外に流れる景色やラジオから聞こえる音楽に耳を済ませた。
外は見る限りの海ばかりで退屈と居心地の悪さはなんともならなかったが、ラジオからは僕の知っている曲もいくつかあったので、思い出を振り返りながら少しでも早く東京に着くことをただただ祈った。
なぜシイナの機嫌が悪いかは、僕が原因であるのは明白だろうが、今では唯一のパートナーであるので、少しは歩み寄る努力をしてほしいものだと思ったが、あくまでもこの旅の主人公はシイナであって僕ではないので、僕自身にそもそもそんな依頼する権利がないと自分の中で解釈をした。
シイナはまだ18歳のあどけない少女だ。
ここは21歳の僕が大人にならなければいけない。
本音を言えば、東京での具体的な予定について決めて行きたかったが、シイナはそれどころではない雰囲気を全身から醸し出しているので、ここはひとつ僕の頭の中だけでもプランをいくつか練ることにしよう。
思春期真っ只中の反抗期真っ最中の少女が運転する車は、スムーズに高速を滑るように走り、予定よりも20分も早く東京に到着した。
***
「さて、このあとはどうする?」
目的地である東京のレンタカーショップに到着し、借りていた車を返して、解放された後にシイナからようやく口を開いてくれた。
時刻はちょうど昼の12時になる頃で、朝食べたうどんがちょうど消化され始め、空腹感を感じる頃合いだった。
何もせずに車に乗っているだけでも、お腹が空くなんて、人間はことごとくコスパが悪い生き物だなと思った。
「そうだな、まずは昼だし、腹ごしらえかな。何か食べたいものはある?そこで今後の予定を決めて行きたいな」
東京は思っていた以上に暑い場所だった。
同じ日本とは思えないくらいに数時間前にいた場所とは全く異なる環境だ。
立っているだけでも倒れそうなくらいの熱気が体にまとわりついて気持ちが悪くなる。
早くどこかエアコンが効いた場所に避難したい。
「それなら私行きたいところがあって、もう予約しているから早く行きましょう」
「え?そうなの?聞いてないよ?」
「だって言ってないもの」
「さすがにそれくらいは言ってほしいな。一緒に協力しあってるんだから、せめて共有くらいはしてほしい」
道中で我慢していたものが、僕の中で弾けた。
少し口調がキツいなと自分でも思うが、シイナの自由奔放な態度についていくのに疲れてしまったのかもしれない。
「なによ。何か文句でもある?そもそも私の夢リストなんだから、私が決めて何の問題があるっていうの?」
「別に文句でも問題でもない。僕はただ共有してくれればいいだけなんだ」
少しずつヒートアップするこの会話は、道行く人にも目にも止まるほどになっていた。
「何様なの?確かに誘ったのは私だけれども、指図を受ける義理はないわ」
「僕はシイナと喧嘩したい訳じゃない。ただ、仲良くしたいだけなんだよ」
「あら、随分強かなのね。言えばいいじゃない。私のわがままな正確に疲れたって。嫌気が差したって。もう好きにすればいいわ」
「ちょっと!シイナ!」
シイナはそう言って踵を返すと何処かに向かって走っていった。
僕はそこまで足が早いわけではないが、本気を出して追いかけたら、追い付くくらいはできた。
しかし、しなかった。
なんだか、今はシイナを追いかける気分には到底ならなかった。
「好きにすればいい」
僕は車内で溜まった鬱憤が張らしきれなくなっていて、自分でも制御が利かないのが分かっていた。
しかし、こういう余裕がないときは何をしても上手くいかないことを数十年の人生で分かっていた。
またシイナのいない人生に戻ればいい。
シイナなんて知るか。
僕は自分の人生を生きる。
僕は暑さで火照った頭と体を冷やすべく、近くの地下鉄を目指して歩きだした。




