僕と一緒に東京に行こう
「僕と一緒に東京に行かないか」
誰かを本気で誘ったのは生まれて初めてだと思う。
しかもその相手は、初めて会ったたときに話しかけても無視をされて、たまたま同じ宿に泊まったときは、同じ屋根の下で寝たくないと騒ぎ立てられ、翌朝には気分が変わって恣意的な都合に強制的に巻き込んでくるような女性を、だ。
見た目は中学生にしか見えない年も若い少女だ。
真っ黒で艶々した黒髪は前髪も後ろ髪も綺麗なボブに切り揃えられている。
肌艶は剥きたての卵のように艶々と輝き、黒目がちの大きな瞳は長い睫毛に囲まれている。
どこからどうみても美少女で、旗から見ると映画女優か雑誌のモデルにしか見えない。
しかし、性格は極めて強気で、己の目的のためであれば、仮面を被ることも厭わず、僕を従業員のようにこきつかう。
それでいて、人間らしい一面もあり、幼いところがかわいいと思うところもある。
女性に年齢を聞くのは不躾なので、シイナからカミングアウトしてくれる機会があればぜひとも聞いてみたいところだ。
僕は彼女が中学生の15歳であることに賭ける。
「いきなり、どうしたの?」
僕の突然の申し出に、彼女は朝食で食べていたうどんを啜る手を止めた。
漫画喫茶の無料モーニングセットでは足りなかったようで、僕たちは駅前にあるうどんチェーン店に入り、シイナの空腹を満たしていた途中だった。
「シイナの夢リストを昨日の夜改めて見返したんだけど、東京に行くのが一番効率化いい方法なんじゃないかって思ったんだ。落語は銀座で見られるし、東京の大学なら授業も受け放題に近いくらい自由に行き来できる。さらに言えば、“原宿でデートしたい”っていう場所指定もある。東京、もとい関東に行けばほぼすべての夢が叶いそうだ。どうかな?」
シイナはかき揚げうどんの野菜を小さく箸で刻みながら、うんうんと僕の話を静かに聞いていた。
「そういえば、そうだったわね。原宿って東京なんだね。神奈川かどこかかと思ってた」
自分の夢なのに、どこか無頓着な彼女だが、夢が100個もあれば詳細は忘れてしまうのかもしれない。
それか単にシイナが土地勘がないのかもしれない。
「それで、どうかな?あとは提案だけど、今みたいに漫画喫茶に泊まることでも宿泊費は押さえられるけれども、マンスリーマンションとかを借りるともっと安く押さえられると思う。毎日外食すると食費も上がるけど、家で食べられれば少しは経費を抑えられる。もちろん、これはシイナの夢を叶えるための提案で、他意はない」
僕は最大限下心がないことを示してプレゼンテーションをした。
「それって、同棲のお誘い?」
僕と目を合わせずに、伏し目がちにうどんを啜りながら飛んできた質問はこれだった。
「半ば、そうなる」
ここは下手に取り繕うよりも、素直に返した方がいいと踏んだ。
僕の財布事情は決して潤沢ではない。
そのうち資金繰りに苦しむことになる。
シイナはそうした金銭問題を全く抱えていなそうな雰囲気はあるので、もしかしたらどこかの大富豪の娘かもしれないが、無駄にお金を使うこともない。
「・・・いいわよ」
「え?」
「いいわよ。別に一緒に住んでも。その代わり、お風呂は覗かないでね。あとは、私の個室を必ず頂戴。場所はどこでもいいわ」
「あ、分かった」
断られる前提で話していたので、まさかひとつ返事で承諾されると逆に返答に困ってしまう。
「ちなみに桶谷さんってどこの出身の人?」
「え、僕?静岡だけど」
「ふーん、やっぱり」
「やっぱりってどういうことだよ」
「なんだか都会かぶれしてない気がするから」
「誉められてるのか貶されてるのか分からない回答だな。そんなシイナはどこ出身なんだ?」
「埼玉だよ」
「あ、この辺の出身じゃないんだ。てっきり地元民なのかと思ってたよ」
シイナは突然話の話題を変えて、残りのうどんをすっと食べきった。
「こっちにはお墓参りに来ただけなの」
「あぁ、出会ったとき似合った場所か」
「そう」
「おばあさんか、おじいさんか誰かの?」
ここまでテンポ良く会話が続いていたが、僕のこの質問でシイナの手が完全に止まった。
「…あなたには関係ない」
小さくて低くて冷たい声がぽつりと彼女の口から吐き出された。
どうやら聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。
「やっぱり同棲の話はなし。でも、東京に行くのは賛成。私も久々に東京に行ってみてもいいかなって思ってきたし。それに、ずっとここにいるのもやっぱり難しいし」
シイナは食べ終わったうどんをお皿が乗ったトレイを持って配膳台へと無言で向かった。
(誰のお墓参りだったんだ?おじいさんかおばあさんでないとすると、両親か兄弟?)
シイナが言いたくない過去なのであれば触れないでおきたいが、僕はいつか知ってみたいと思った。
彼女の信頼を作るには、夢リストの達成が一番の近道である気がしたので、僕はシイナの後を急いで追った。
***
「今から東京に行けるとすれば、各駅停車の電車で長時間揺られて行くか、安く行くなら夜行バス。早く行くなら新幹線。シイナはどれがいいと思う?」
僕たちは駅の改札の前で、次のアクションプランを練っていた。
「うーん、そうね。だらだら行くのは好きじゃないし、夜までは待つのも微妙ね。新幹線でもいいけど、そこまで急ぐ訳じゃないからね。ねぇ、あれは?」
シイナが指差したのは駅の外にある左側の建物だった。
看板には“レンタカー”と書いてある。
「あぁ、なるほど。その手があったか」
しかし、しかしだ。
「ごめん。僕は運転できない、という遠慮したい」
「あら、どうしたの?その年なら免許持ってると思ったんだけど」
うどん屋で僕が余計なことを聞いたばっかりに、シイナの機嫌は今とてつもく悪い。
「いや、さ。色んな人間がいるわけで、僕は運転すると本当に良くないというか、センスがなくて、もう一生運転しなくてもいいと思ってるくらいなんだ。僕一人運転が出来なくても、世界は平和だし」
自分で言っていて、良く分からない言い訳だと思った。
しかし、僕は頼まれても運転はしないと固く心に決めていたので、シイナが泣こうが喚こうが全力で断るつもりだった。
「あら、そうなのね。じゃあいいわ。私が運転する」
「え?シイナって免許持ってたの?」
「失礼しちゃうわ。免許くらい持ってるわよ。先月とったばかりだけど」
最後の言葉は尻すぼみになって上手く聞こえなかったが、なんとシイナは運転免許を持てる年齢だということに何よりも僕は驚愕した。
「え、シイナもしかして18歳なの?」
運転免許が持てる最低の年齢は18だったので、失礼とは知りつつも勇気を持って聞いてみた。
「そうよ。私6月生まれだからもう18歳になって2か月も経ったわ」
「あぁ、だから始め会ったときに“ジェミニ”って言ってたんだね」
「・・・安直だけど、そういうこと」
そう言ってシイナは僕を改札の前に置いてレンタカー屋に向かった。
せめてどこかに行くときくらいは、一言声をかけてほしいものだ。
一緒に着いていく僕の気持ちも汲み取ってほしい。
僕は15歳の中学生だと思っていた目の前の少女が18歳だと知ると、急に彼女の成長を感じてしまった。
そう言われると確かに15歳の少女にしては大人っぽいところや冷静なところがあって、どこか客観的に冷めているようなところがあるように感じられた。
18歳の少女が叶えたい100のリスト。
それが意味するものは何なのか。
「車、借りられそうだから、借りるわね」
レンタカーの自動ドアが開いて、シイナが叫んでいた。
「待って、いま行く」
僕は自動ドアが閉まりきる前に、なんとか追い付こうと全力で地面を蹴った。
遅くても夕方には東京に着く。
僕とシイナの新しい旅の始まりだ。




