セミが生きられるのは3日だけ
プラネタリウムを見終わった後は、何事もなかったかのようにシイナは足早に席を立って開場を後にした。
僕はプラネタリウムの解説にあった星座の成り立ちや神話をなんとなく思い出しながら、そういえば、彼女は初め自分のことを“ジェミニ”と名乗っていたなとふと思った。
シイナは、カップルや家族連れの人混みに紛れて一人進んでいく。
姿を見失わないように、周りの人に迷惑をかけない程度に僕も人の合間を見つけてはシイナの姿を追った。
見た目は中学生ほどの背丈なので、気を抜くとすぐに見失ってしまう。
僕は彼女が立ち止まるまで、後を追いかけた。
シイナが足を止めたのは、プラネタリウムの施設を出た正面にあるバス停だった。
ちょうど駅までのバスが出ているとバス停が知らせてくれた。
「もう駅に戻る?折角ならもう少し中を見ていかない?外で待つのも暑いだろうし」
僕は施設の中を指差しながら、彼女の白く細い足元をぼんやりと眺めた。
「・・・初めて会ったときも、バス停だったよね」
シイナはどこか遠くを見るように上目使いで空の一点を見た。
「あぁ、そうだったね。一昨日だっけ?僕が話しかけたのに、シイナは答えてくれなかった」
言われてみれば、そうしたこともあったなと記憶を思い返した。
まさかあのとき無視された女性とこうして旅をするとは思わなかった。
「まさか、あなたとこんな風に旅をしているなんて想像もしなかった」
「同じことをたった今僕も思ったよ」
外はじりじりと体力を蝕む暑さで充満している。
「夢リスト、100個全部叶うかしら」
「うん、それはシイナ次第だけれども、僕はできるかぎりサポートするよ。」
シイナは視線を自分の足元に移して、エッジソールのサンダルの爪先を眺めた。
「そうだね、私次第よね」
彼女はこの暑さでも、全く暑いような様子は見せない。
まるで何か魔法か妖精かそうした非現実的な力が働いているかのように思えた。
「このあとは、花火だよね。山を登ったから一応は登山も達成ね」
「うん、花火だね。でも夜までは時間があるから、それまでできることをまた見つけよう。ここは観光地だからそこそこ何かやるには揃っているしね。まぁ、宿問題はあるけど、僕はまた漫画喫茶に泊まればいいし」
「それ!それだわ!」
「え?」
「私も今日、漫画喫茶に泊まる。泊まってみたい。リストにもあったし」
「それは、止めないけど」
「そうと決まれば、チェックインの時間を気きせずに過ごせるわね。よーし、たくさんリストをこなしていくわよ。漫画喫茶、初めてだわ」
シイナは楽しそうに笑いながらまるで子供のようにくるりとその場を回った。
「今日だけで全部叶いそう」
「それは、良かった」
「それじゃあ、バスの時間まで待ちましょうか。あ、次は10分後ですって。意外と早いわね。それまで、私はここでリストの計画を練るわ」
シイナはそばにあったバス停の褪せた長椅子に腰かけた。
本音を言えばクーラーが効いた施設の中で少しでも涼みたかったが、シイナをここに一人置いてはいけない。
「僕も一緒に考えるよ」
少し離れたところに僕も長椅子に腰を落とした。
「あら、優しいのね、ありがとう。じゃあ夜ご飯を決めましょう。折角なら夢リストから選んで・・・、これ!47番の食べ放題!これにしましょう。お店は桶谷さんが良さそうなところを見繕って。私食べられないものないから。漫画喫茶に行く前に温泉巡りをすると53番も叶うわね。あとは、そうね、海も近いし89番の美味しい海鮮も食べたいわ。それからそれから…」
シイナはそれから、止まることなく話続けて、今日だけでもかなりの数を叶えられそうだと、意気揚々だった。
楽しく笑う人を見て、嫌な気持ちなるほど僕の心は荒んではいなかった。
むしろ、もっとこの少女に笑ってほしいとさえ思う。
あと一時間、バスが来なければシイナのこの楽しそうな様子をずっと眺めていられるのに。
僕はそんなことを考えながら、今日やるべきことをメモに書き残してバスが来るのを待っていた。
***
「さあー!食べるわよー!」
子供のように大きな口を開けて、シイナは目の前にある海鮮盛りのマグロを豪快に食べた。
「こんなに美味しいマグロってあるのね!あ、私帆立大好き。鯵もある!鯵も大好き。全部貰うわね」
「どうぞ。好きなだけ」
僕は美味しそうに舟盛りの刺身盛り合わせを食べるシイナを楽しそうに見ながら、ビールを一口飲んだ。
今日はカレンダーで言えば普通の平日であり、一般の社会人であれば今頃仕事をしている時間であるが、僕は無職なので昼からビールを飲んでも誰にも文句を言われないし、シイナも学校はあるかもしれないが別に昼に大衆居酒屋に来て海鮮盛りを食べていけないルールなんてない。
それにシイナがもし学校に通っていたとしても、今は夏休み中であるので、特段問題はない。
プラネタリウムから街に戻るバス停で、この当たりでいちばん評価の良い海鮮屋を見つけて、そこで昼ごはんを食べることにした。
普段であれば長蛇の列ができる人気店だが、平日の昼はそこまで混んでいなかった。
こじんまりとした個人経営の居酒屋だが、昼はランチで海鮮定食や煮付け定食などを出してくれているので、シイナでも問題なく満腹にごはんを食べることができた。
僕はそこまでお腹が空いていなかったので、昼から生ビールを飲んで、乾いた体に水分を補充した。
「ねえ、ビールって美味しいの?」
シイナは鯛に醤油を山葵を付けながら聞いてきた。
「美味しいよ。とりあえずビールがあればいいな。飲んでみたいのか?そういえば、夢リストにもあったよな」
「うーん。興味はあるけどね、苦そうだし、美味しくないならパス。でもリストを達成できないのは嫌ね。少しだけ舐めてみてもいい?」
「どうぞ」
僕は飲みかけのジョッキグラスをシイナに渡した。
シイナは両手でしっかりとジョッキグラスを持って、恐る恐る金色に輝く液体に唇をつけた。
「げ、何これ。全然おいしくない。もう要らない。よくこんなものが飲めるわね」
怪訝な顔で「なんでこれを飲ませたのよ」と問い詰められるくらいの勢いでジョッキグラスを突き出して僕に返してきた。
「大人になったら分かるよ」
「ビールの味が分かるためだけに大人になりたくない」
「ふーん。・・・じゃあ、シイナはどんな大人になりたいの?」
そう僕が聞くと、何かはっとしたかのように息を飲む彼女がいた。
「大人になんか、なりたくない」
どこかで歌で聴いたようなことがある台詞だったが、思春期真っ盛りなおそらく10代のシイナらしい言葉だったので、僕は深く追及するのは辞めた。
「これで、”美味しい海鮮が食べたい”は達成ね。そして、”お酒を飲んでみたい”も達成。この後は温泉に入って、花火をする!そして漫画喫茶にも行くから、5個も達成だわ。こんなに順調なのね」
「お酒はそれで達成なのか。意外とゆるい夢リストだな」
「私が認めればそれでいいの。ヒッチハイクもできたし、バイクにも乗れたし」
「ヒッチハイクは僕がしたんだけどな」
「誰がしても同じなの」
よく分からない理屈だが、当の本人であるシイナが納得してくれたので問題はない。
「夜の花火まで時間があるから、”65、釣りをしてみたい”もやってみる?ちょうど花火ができる海岸の近くで海釣りができそうな場所を見つけたよ。あと、今日できそうなのはあるかな」
僕はちょうどビールを飲み終わったので、シイナが書いてくれたリストを再度眺め始めた。
「”70、髪型を変えてみたい”と”71、漫画喫茶に行ってみたい”は美容室を予約すればすぐにできるな。水族館はこのあたりにないから移動がいるな。あと、今日できそうなのは・・・ギャンブルとか?ギャンブルって具体的には何?」
「・・・何でもいいわよ。パチンコでもスロットでも競馬でも競輪でも」
「それを言ったら、宝くじも立派なギャンブルだ。”58、宝くじを当ててみたい”も達成できるか。ちなみに宝くじは10枚買うと1枚は確実に当たるやつがあるから、これも達成できそうだな」
「そうなの。知らなかった」
「当たるって言っても、200円とか下位賞だけどな」
その後、僕はほろ酔いの状態で、シイナはお腹いっぱいの状態で、海釣りをして、ノリでパチンコ屋に行った。
海釣りでは二人とも坊主で、何も釣れなかったが、シイナはなんとパチンコ屋で1000円を2万円に増やすファインプレーをした。
その後は昨日遊んだ海辺で軽く花火をして、夜を迎え、花火の煙とパチンコ屋のタバコの匂いが染み付いた体を温泉を2つ梯子して洗い流し、日中の汗とともに綺麗に仕上がった。
そして僕が泊まった漫画喫茶に二人で入店をして、それぞれ別の部屋をとって、お互い別々で夜の時間を過ごした。
シイナと出会ってから、こんなにたくさんのイベントを過ごすのは初めてくらいで、なんだかとても刺激的な時間だった。
彼女も同じように思っていてくれるといいなと思いながら、僕は気持ちいいくらいの睡魔に襲われたので、目を閉じてすぐに深い眠りについた。
<今日の成果>
29、お酒を飲んでみたい
34、ヒッチハイクをしてみたい
35、バイクに乗ってみたい
53、温泉巡りをしてみたい
65、釣りをしてみたい
69、ギャンブルをしてみたい
71、漫画喫茶に行ってみたい
81、花火をしてみたい
82、プラネタリウムを見てみたい
89、美味しい海鮮を食べる
残り、88個
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