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バイクとヒッチハイクとプラネタリウム、君と見た初めての景色

「すごいすごい!速い!飛んでるみたい!」


バイクは思っていたよりも風を切って走るものなんだと生まれて初めて知った。


外の音なんてろくに聞こえることもないし、どこまでも続く轟音の中にいるみたいで、始めは不安だったが、徐々にその感覚にも慣れて、むしろ慣性の法則で後ろに体が持っていかれるような、重力を感じる感覚が心地よかった。


お腹の底に響くバイクのエンジン音は、不思議と安心感があって、勢い良く流れていく景色も映画で見るよりも刺激的で興奮した。


バイカーがなぜ狂ったようにツーリングを楽しむかが体感的にも分かった気がした。


しかし僕は恐怖で声がでないものの、先頭を走るシイナ含めた老婦人の一行は、ヒュンヒュンと風を切ってどんどん先に向かっていく。


シイナはきっとジェットコースターも余裕で乗れるタイプの人間だろう。


僕はメリーゴーランドで満足して遊園地を後にできる人間だ。


轟音の中でもシイナの甲高くて楽しい声が聞こえてくる。


僕は老紳士の背中にがっしりと掴まって、やっとの思いでシイナの様子を覗いてみた。


シイナも同じく老婦人の背中にしっかりと掴まり、老婦人から借りたライダースーツのズボンの足をバイクに股がらせていた。


ライタージャケットも借りて羽織っているが、ワンピースとごつめのライダージャケットという相反する組み合わせなのに、雑誌のモデルのように着こなしてしまうのは、やはりシイナの素質のなせる技だろう。


やはり、一般的に考えても、シイナは美人の分類に入るのだ。


そうこうしているうちに、路線バスで40分はかかるであろう道のりをバイクでは15分ほどで目的地のプラネタリウムに到着した。


「お母さん、お父さん、本当にありがとう!とっても楽しかった!私お金貯めたらバイクの免許を取るわ!そしたら一緒にツーリングをしましょう!」


シイナは興奮していて、乱れた髪もそのままに、両手にヘルメットを抱えながらいかに自分が楽しかったのかを二人に話していた。


老夫婦も僅かな間だったが、シイナとの時間をかなり満喫していたようだ。


「シイナちゃん、よかったら連絡先を聞いてもいいかしら?迷惑でないなら年賀状くらい送ってもいい?」


老夫婦はいつの間にかシイナの名前を把握しており、これからも連絡を取りたいと住所を聞いていた。


僕が何日かかかってようやく知り得た情報を意図も簡単に聞き出している。


つい20分ほど前に出会った中とは思えないほど、老夫婦とシイナの仲は深まっていた。


僕は一人バイクにまだ腰を下ろして、脱いだばかりのヘルメットを持って、三人の様子を外から眺めていた。


汗で湿ったヘルメットの内側は、それでもなんだか心悪くはなかった。


「連絡先交換したいんですが、私実は来年海外に留学するんです。そしてそのまま向こうに住もうかなって。でもですよ、お母さん。また絶対会えますわ。だって今日もこうして会えたんですもの」


シイナは悲しい顔をした老婦人の手を握って励ました。


「あら、そうなのね。実家のご住所も難しいわよね」


「はい、そうですね。私少し訳ありで、実家には帰られないんです。すみません」


そこまで言うと、老婦人は引き下がってくれた。


「あら、そうなの。じゃあ、海外に行っても元気でね。日本に帰ってきたら、また遊びましょう」


「ありがとうございます」


なぜこんなにも老婦人がシイナに固執するのかは分からないが、シイナにとっても老婦人にとってもお互い楽しい時間を過ごせたのは間違いないなさそうだったので、有意義な時間だったに違いない。


でも、その感覚は言葉にははっきりとできないが、なんとなくわかる気がする。


シイナは強く頼もしく生きる女性だが、どこか儚さや脆さを感じてしまうのはなぜだろう。


大丈夫と思うはずなのに、次の瞬間壊れてどこかに行ってしまうような感覚になるのだ。




***


それから少しだけ老夫婦とシイナは会話をして、さよならを言っていた。


僕は離れたところにいて老夫婦とシイナとの会話には入っていなかったので、何を話していたのは不明だが、帰り際に老紳士が「あの子を頼むぞ」と僕に言伝てをした。


僕は借りていたヘルメットを渡して、「分かりました」と言って、改めてお礼を伝えて、老夫婦を見送った。


老夫婦の名前も出身も何処のバイクのメーカーかも分からないが、当初の目的であるヒッチハイクをするという夢はこれで達成できた。


老夫婦の姿が完全に見えなくなると、シイナは僕の方に向かって歩いてきた。


「さぁ、外も暑いし、早くプラネタリウムを見に行きましょう」


すれ違い様のシイナは先程までの笑みとは異なり、無表情のお面のような顔をしていた。


「留学なんていくのか。初耳だぞ」


「あなたには関係ないことよ」


はい、そうですねと僕は心の中で返答した。


別に明確な回答がほしくて言ったわけではない。


シイナの真意を確かめたかっただけだ。


「ねぇ、それより」


大きな白い麦わら帽子越しにニヤリとした顔で僕を見た。


「その伊達眼鏡、似合ってないわよ」


「はいはい」


僕は相変わらずの彼女の強気な態度にあきれつつも、彼女らしい回答になんだか安心して笑ってしまった。


表情全体は見えなかったが、彼女もきっと麦わら帽子の向こう側で笑っているはずだ。


僕は変装のためにしていただて眼鏡を外してバックパックに仕舞いこんだ。


そして僕たちはプラネタリウムを見に施設の中に入っていった。





***


プラネタリウムの施設は思っていたよりも混んでいたが、すんなりと受付を済ませて、席に着くことができた。


施設内はクーラーが効いているので、この暑い夏の避暑地にはぴったりだ。


涼しい施設内は外の暑さを忘れさせてくれるので、みんなが避暑に来ているのかもしれない。


さらに、ちょうどプラネタリウムの開演の時間にも間に合い、待ち時間もなくスムーズに進んだ。


僕たちは満席に近い会場の空き席に座って、開演の時間を待った。


「みんな、他に行くところがないのかしら」


「この暑さだからな。デートとか家族連れにはもってこいなんだろう」


デート、と言えば僕はなんとなく一緒に過ごす時間からシイナに対してはさらに好意を高めていた。


それは、世界で唯一僕の子とを構ってくれる存在が彼女だということや、彼女が普通に美しいことも理由にある。


僕が彼女に好意を寄せようとも、彼女は全くもって痛くも痒くもないと思うので、僕はこの自分の人間らしい気持ちを楽しみながら時間を過ごすことにした。


シイナにとっては夢のひとつ、僕にとっては叶わない恋のひとつとして、隣同士の席でプラネタリウムを待った。


それまでは、お互いに何を話さずに周りのざわつきをただただ聞いていた。


アナウンスがあって、ざわつく会場はしんと急に静まり返り、徐々に目の前が暗転し、そして暗闇の中に無数の星がしんしんと輝き始めた。


「ねぇ」


シイナがとても小さな声で、僕だけに聞こえるように、話しかけてきた。


「なに?」


僕もシイナに合わせて小さな声で答えた。


「人は亡くなったら、星になるの?」


唐突な質問に僕は戸惑ってしまった。


ほんの少しだけ考えて、「大切な人のそばにいるんじゃないかな」と言った。


「…なるほど」


僕の当てずっぽうの答えに関わらず、シイナはなんだか納得したような声色で、そのあとは何も言わなかった。


シイナの質問の意図は不明だったが、彼女が納得してくれたのなら良かった。


こうして、シイナの叶えたい夢の二つ(バイクのツーリングとプラネタリウム)が叶った。


残り、96個。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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