第41話 上野で羊中華①
◎上野で3人それぞれの好物を!
休日の午後。
ディアーヌ、リリー、ユーリの三人は、東京・上野のアメヤ横丁入り口へと降り立った。
「ここが上野ですか」
ユーリは、すぐに周囲を見回した。とにかく高い建物、とにかく多い通行人、立ち並ぶ商店、溢れる活気。
ディアーヌは上野が大好きだ。様々なジャンルの良い店がたくさん潜んでいる。
外国人観光客、買い物袋を抱えた人、楽しそうに話しながら歩く若者たち。
高架の向こうには、古い商店や飲食店が軒を連ねている。
はじめて来た時は荒波に飲まれたかのように目を回したものだ。
けれど――。
「……意外と普通ですね」
ユーリは拍子抜けしたように言った。
「初めて来た人の感想とは思えないわね」
ディアーヌが苦笑する。
ふわふわしたイメージのユーリが、まさかこれほどまでに肝の据わった一面を持っているとは知らなかった。
「だって、ニッポンってもっと変なところだと思っていました」
「変なところって……」
「空を飛ぶ鉄の乗り物とか、お喋りもできる魔法の四角い箱とか、色々聞いていたので」
「リリーが教えてあげたのですわよっ!ユーリ王子、なんでそんな平然としていられるのですか!?」
「ユーリでいいですよ。ディアーヌ嬢とリリー嬢も親しげに呼び合っているようだし…」
「それなら、ユーリもリリーでいいですわよ。ねっ、ディアーヌもっ」
「ええ、もちろんよ、それで、どうしてそんなに普通の顔をしていられるの?はじめてのニッポンなのに」
「それはまあ……僕が夢見ている理想の未来の世界と比べると、想定内というか。これよりもっともっと、人間が快適に自由になるべきなのです!」
ディアーヌは、目の前のどこか弟のような愛らしさを持つ王子がそこまで先を見越していることに驚き、少し尊敬の念を抱いた。
ユーリはもしや、超天才肌なのだろうか?
「あなたほど、異世界であるニッポンに対して臆さない人ははじめてね」
「いや、ここに繋がるあの扉が現れた時は、さすがにちょっとびっくりしましたけどね」
びっくりした、という言葉に合わない爽やかな笑顔である。
「ま、いいわ、このアメヤ横丁を見学しながら、御徒町のほうへ向かいましょう。そこに、話した面白い羊肉の料理を出す店があるわ」
「わっほーい、ひっつっじっ♫のおっにっくっ、ですわっ」
歌って喜ぶリリーを見るユーリの目が優しく細められる。
今日の目的は、上野から御徒町の方へ歩いたところにある中国系の羊肉料理店。
羊串をはじめ、羊肉のスペアリブや激辛料理、紹興酒、そして白酒まで楽しめる店だ。
アメヤ横丁のなかを進んでいく。
「ソコのビジョとイケメン、おいしいケバブあるヨ〜」
「素敵っ」
「こら、リリー、釣られないの!」
「えー見て、回るお肉!お肉のメリーゴーランドですわっ」
「あ、ユーリも勝手に先進まないでーッッ」
まったく、みんな自由すぎる。ディアーヌはすでに先が思いやられる。
(まあ、でも、思い切り楽しんでくれてるようね)
「前にいただいた、サシミのお店もありますわっ」
「リリー、あの道に出ているテーブルを見てください、君の好きそうな肉が串に刺さって、あんなに色々!」
「いいなぁ、テラスでみんな楽しそうに肩を寄せ合って。だけど、羊さんが待っているんだもの、我慢ですわっ」
「そうよ、偉いわ、リリー」
そうだ。羊だけではない。激辛料理があるという点も含め、今回の店選びとしては考える限り「あの店」が最適解なのだ!!
(だから、お願い、おとなしくついてきて…)
珍獣を取りまとめるサーカス団長にでもなった気分で、しかも、自分も色んな居酒屋に後ろ髪引かれながら、前に進む。
(ルシアンなら、あの山積みになった果物や魚の流通経路について知りたがるかしら)
そんなこんなで、なんとか目的の店に辿り着く。
【中華民族料理 羊蘭】
扉を引くと、店内の騒めきが一気に聞こえてくる。
えんじ色の壁紙、ボロボロのメニューの張り紙、中華鍋をカンカンと鳴らす音、馴染みのないエスニックの香りーー
普段三人が行くレストランにはない雑然とした雰囲気である。
「これはまた、不思議な感じのするお店ですわね」
リリーはキョトンとしている。
三人は好きなテーブルに着いて、メニューを開いた。
「今日は三人とも好きなものを食べていいんですよね?」
ユーリが確認する。
「もちろん!おつまみに、羊を使った前菜のようなのも食べたいわね」
「じゃあ僕、辛いもの」
「私はお肉ですわっ」
ディアーヌは満足そうに頷いた。
「素晴らしいわね。誰も料理を取り合わずに済むわ」
「……いや、リリーはお肉を全部食べそうですけど」
「失礼ですわね。ちゃんと分けますわよ」
「本当に?」
「たぶん」
「信用できないなぁ」
ユーリがからかう。
「…と、お酒ね。二人は飲む?リリーは飲むでしょうけど……」
「僕はあまりお酒は経験がないけれど、飲んでみます」
「あ、羊串!」
「早いですね、リリー」
「羊のスペアリブ!」
「落ち着いて、リリー」
「羊肉の炒め物も!」
「そんなに食べられますか?」
「食べますわ」
迷いがない。
一方、ユーリは別のページを開いていた。
「地獄辛っていうのがありますね」
「……嫌な名前ねぇ」
「一番辛い料理かしら」
「これにしましょう」
「待って」
ディアーヌが止める。
「初めてのお店で、いきなり一番辛いものを選ぶの?」
「はい」
「普通はもう少し様子を見るものでは?」
「でも、一番辛いんでしょう?」
「ええ」
「じゃあ、それがいいです」
リリーが呆れた。
「ユーリって、ニッポンに来てからも全然変わらないですわね」
「そうですか?」
「普通、初めての店で『地獄』なんて書いてある料理は避けるものですわよ」
「じゃあ、僕が食べればいいじゃないですか」
「もうっ」
そして酒。
「紹興酒、一本行こう」
ディアーヌがそこだけはまともぶるのを忘れて言う。
「一本?」
リリーが眉をひそめる。
「うん」
「ディアーヌ、それって多分、結構な量ですわよ?」
「大丈夫でしょう」
「何が大丈夫だっていうの?」
「今日は休日だから。それに、三人いるし」
「理由になってないですよ。それに、僕は数に入れないでほしいのですが……」
結局、羊ホルモンの前菜、地獄辛の麻婆豆腐、羊串、羊スペアリブ、ラム肉の手打ち焼きそばを注文することになった。
三人が話していると、いつの間にか自然と周囲の視線が集まる。
ディアーヌは上品な雰囲気をまとい、リリーは愛らしい顔立ちに華やかな笑顔。
そしてユーリは、流行りのアイドルのように整った顔で楽しそうに店内を眺めている。
三人とも、どう見ても普通の観光客ではない。
「……なんか、見られてませんこと?」
リリーが小声で言った。
「私も、そう感じるわ」
「やっぱり?」
「僕たち、目立ちますからね」
ユーリは平然としている。
「慣れてるけどね。気にしないことよ!」
ディアーヌはニッポンの先輩として、アドバイスにもならないアドバイスをする。
改めて店内を見回す。頭上の棚には見慣れない酒瓶も並んでいる。
リリーは鼻をくんくんと鳴らせた。
「良い匂いですわ〜」
店内には、煙とともに羊肉を焼く香ばしい肉の匂いが漂っている。
(これは期待できそうね)




