第29話 神田の焼き鳥①
三人で夏祭りに行ってから、もう何週間が過ぎただろう。
仕事を終えたディアーヌが街を歩いていると、それを見つけたリリーがバタバタと駆け寄ってきた。
そして、唐突に、しかも、いつになく激しい口調で言った。
「焼き鳥が食べたいですわ!」
「……焼き鳥?」
「はい!」
あの夏祭りの日、提灯が並び、太鼓が鳴り、人々が浴衣姿で行き交う中、リリーはずっと屋台の焼き鳥を気にしていた。
けれど、祭りの混雑と時間の都合で、結局食べることができなかったのだ。
そのことを、どうやらまだ根に持っているらしい。
「この前のお祭りでは、結局食べられませんでしたから!そろそろ、またニッポンに連れて行っていただけませんこと?」
「そんなに食べたかったのですか?」
「はい!」
元気な返事である。
「ずっと気になっていたんです。あの香り……。炭火で焼いたお肉の匂いが……」
リリーは両手を胸の前で組み、うっとりと目を細めた。
「絶対に美味しいと思うんです」
「……なるほど。では、食べに行きましょうか」
「本当ですか!?」
「ええ。せっかくですもの」
「わーい、ですわっ」
かくして、二人は異世界の扉に飛び込んだのだった。
◎神田で焼き鳥
今回は神田で、真衣とも待ち合わせている。
リリーも今日は、ディアーヌが貸した現代風のラフな水色のワンピースを着ていた。これはこれで、とてもよく似合う。
夕方の神田は、仕事帰りの人々で賑わっていた。駅を出ると、ビルが並び、その間を細い道が伸びている。
「ディアーヌ、リリーちゃんっ」
「真衣、お仕事終わり?」
「ええ。」
「真衣さん、今日は、焼き鳥が食べたいんですのっ」
「焼き鳥、ねぇ。うん、あるわよ、任せて!」
「さすが師匠、頼もしい」
「楽しみですわっ」
少し歩くと、どこからともなく香ばしい匂いが漂ってきた。
肉を焼く匂い。炭の匂い。醤油とタレの甘い香り。リリーの足が止まった。
「これは……この匂いです!」
「まだ店は先よ」
「わかっていますわっ。ああ、待ち遠しい…愛しきYAKITORIよ……」
これを見たら、ユーリはどう思うだろう。花より団子、恋より肉、と言わんばかりである。
真衣も笑う。
「そんなに楽しみ?」
「はい。とても!」
「じゃあ、急ごうか」
【焼き鳥 とり福】
少し駅から離れたビルの地下に、その店はあった。
三人が店に入ると、炭火の熱気と香ばしい匂いが一気に押し寄せてきた。
店内には、焼き台の前に立つ職人の姿。炭火の上で、何本もの串が焼かれている。
ジュッ、と脂が落ちた、その瞬間ーー
炭が赤く燃え、煙がふわりと立ち上る。
「……すごい」
リリーが呟いた。
「肉を、あんなふうに一本ずつ焼くんですね」
「日本では焼き鳥はかなり身近な料理よ」
「いいなぁ。ニッポンという国は、よほど豊かですのね」
「豊か。そうなのかな」
真衣は、それに対しては複雑な気持ちだ。確かに、わかりやすい餓えや治安の悪さはない。
しかし、うっすらと今の日本の覆う不安や翳りは、ひと言で「豊か」と言い切れないものがある。
「だけど、恵まれているのは、事実ね」
真衣の独り言は誰にも届かないまま宙に浮き、ディアーヌたちは案内されたカウンター席に着いた。まず飲み物を注文した。
「私はナマ!」
真衣の言葉に、リリーとディアーヌが迷わず手を挙げる。
「わたくしもナマ、ですわっ」
「私も」
三人の前に、キンキンに冷えたビールが運ばれてくる。
「では……」
『かんぱいっ』
3人で乾杯する。
ごくり。
(おいしーーっ!)
互いに顔を見合わせ、満足そうに微笑み合う。
「やっぱナマは良いッ」
「はい。祭りで飲んだ缶ものも美味しかったですが、これはまた違いますわ!」
真衣がメニューを開く。
「でも、ここは焼酎も日本酒も結構いいのがあるよ」
「焼酎?」
リリーが顔を上げた。
「それも日本のお酒ですか?」
「うん。米とか芋とか麦とか、いろんなものから作る」
「……お肉に合うのですか?」
「もちろん!それもあとで飲みましょう。まずは、なに、頼もうか。食べれないものとかなければ、私、適当に注文するけど」
「私はなんでも!」
「わたくしも、お任せいたしますわっ」
真衣が、注文を任されてくれる。
焼き台を眺めながら待っていると、飽きない。
やがて料理が運ばれてきた。
「まずは鳥刺しです」
「鳥を……生で?」
リリーが青ざめる。
(食べられないものがないとはいったけれど!)
「……大丈夫なんですの?」
「この店では衛生管理を徹底しているものを出しているからね。ただ、生ものだから無理はしないで」
「ちなみに、私は大好きですよ」
ディアーヌは胸を張る。
それに、リリーがこれを食わず嫌いで終わらせるような女ではないこともよくわかっていた。
ディアーヌはまずは皮の部分がこんがりと炙られたモモ肉をつまみ、ニンニク醤油で食べてみる。
香ばしい皮、噛むほどに肉の甘みと旨みが溢れ出す。
そこに、ニンニク醤油のコクとパンチが脳に「ウマい!」と直接響いてくる。
ビールをゴクゴク。砂ずりをコリコリ。
大好きなレバーはゴマ油でーー
ぷりっと、いや、ブリッッと、弾けてとろける大ぶりのレバー。
(たまらん……っっ)
ディアーヌはもう、勝手に楽しむモードに入っていた。おそらく、真衣も同じだ。
そんな鳥刺しを食べて2人の幸せそうな顔を見て、リリーは恐る恐る箸を伸ばし、薄く切られたササミ刺しを口に入れた。
「まぁ!」
「どう?」
「……柔らかい。全く、癖がない。ほんのりと繊細な甘み…」
リリーは驚いたように呟いた。
「火を通していないのに、こんなに……これは確かに、焼いたら味わえない美味しさですわ!感動いたしました。鶏さんに、こんな一面があったなんて……」
「日本の方は、鶏までナマで食べるんですよね」
「全部の店で食べられるわけじゃないけどね」
真衣が答える。
「その土地や店によって、食べ方なんかも色々あるのよ」
「まだまだ、知らないこと、食べてみたいもの、ばかりです!」
ディアーヌはまだ見ぬ美味しい「なにか」を想い、ときめく。
続いて、どんどん串の方が運ばれてきた。
つまみに負けじと、酒も追加する。
詳しそうなのでまたオーダーは真衣に任せると、真衣はさらに、詳しい店員に酒を案内してもらったようだった。
「美味しい芋焼酎のロック、3種類お願いしてみた」
「ウェルカム、イモ焼酎、です!」
ディアーヌは嬉しそうに空の串を振った。




