第27話 浅草散策② 老舗バー
浅草散策を再開したディアーヌは、また雷門の方へと戻っていった。
人形焼き、雷おこし、メロンパン。様々な名物や、日本らしい土産物屋が立ち並んでいる。
その先には、浅草寺。
大きな提灯の下をくぐり、周りの人を真似して煙を浴びる。
「これは……何かしら?」
近くにいた人を真似して、煙を頭や肩にかけてみる。
それから、お賽銭を入れて手を合わせた。
「……どうか、今日も美味しいものにたくさん出会えますように」
そして最後に、おみくじを引く。近くの若い男二人の会話が聞こえてくる。
「うわー、凶だ。最悪」
「浅草寺って凶ばっからしいよ。凶が出ても、恐れず辛抱強く誠実に暮らせば吉に変わる、って教えなんだとさ」
「なんですって!?」
ディアーヌは思わず振り返った。ずいぶんスパルタな神様ですこと……。
カラカラカラー
筒から出てきた棒はーー
「一番……」
紙を開く。
『大吉』
「っしゃ!」
思わず、小さくガッツポーズ。
さすがディアーヌ、「持って」いる。
内容を読んでみても、総じて良いことが書いてある。
ただし――
『油断は禁物。心を緩めず、慎ましく過ごせば、さらに運が開けるでしょう』
「なるほど」
そして、紙を折りたたむ。
「大吉ですものね。今日はきっと、素晴らしい一日になるわね!」
どうやら都合のいいところだけ受け取ったらしい。
……このとき、もう少しだけおみくじを真面目に読んでおけばよかったのかもしれない。
通りを一本入ると、先ほどまでの喧騒が、ほんの少しだけ遠くなる。
また大通りにぶつかるが、人はさっきほど多くはない。やがて、どこか古くて懐かしい雰囲気の店を見つけた。
【老舗バー・ナツメ】
老舗、バー。良い響き!
一目惚れした大吉のディアーヌは確信を持った足取りで店内へと入って行った。
「……素敵」
そこはバーと言いながらも明るく、賑やかで、食堂のような空気感ですらある。
席につくと、明らかに推されてるドリンクが目につく。
「……電気ブラン?」
思わず声に出した。なんという名前だ。
電気。つまり雷門と関係があるのだろうか?
ブランは、白。非常に不思議なネーミングだ。
しかも、チェイサーにビールを推奨しているのも面白い。
メニューをひと通り見て、オーダーを決める。
周りを観察したところ、どうやら、ここでは先に食券を買う方式らしい。
カウンターに注文をしに立ち上がる。
「すみません、この、デンキブランと、ビールの中と、カニコロッケとーー」
「電気ブランは、普通のとオールド、どちらにされますか?」
「え、えーと……」
自分の胸に問う。
どちらが気になる?どちらがーー
「どっちもで!!それと、ナポリタンくださいっ」
「わ、わかりました」
ディアーヌの勢いに気圧される店員。無事に、食券を受け取る。
数分後。
3種のアルコールが目の前に置かれた。
琥珀色の液体が並々と注がれた2種の電気ブランと、中と言いながら大ジョッキサイズの生ビールだ。
並んだ酒たちの気取らずともクラシカルなその佇まいにディアーヌは少しだけ身構え、まずは普通の電気ブランのほうのグラスを口に運ぶ。
「――っ!」
喉から胸にかけて、熱い。
(け、結構、かなり、強いわね)
思わず目を細める。嫌いではない。
むしろ、この強烈さが面白い。
もう一口。やはり、強い。
そのまま、相性抜群という、ビールの方も、ゴクリ。
「ーーっ!」
これだ!
冷たいビールが、電気ブランの熱を一気に洗い流していく。
なるほど。
また飲んでみる。電気ブラン。ビール。
「……なるほど!」
店員がちらりとディアーヌを見る。
「お客さん、気に入りました?」
「はい!」
ディアーヌは満面の笑みを浮かべた。
「これは本当に、愛し合うかのように相性ぴったりの組み合わせですねっ!危険な恋です」
今度はオールドの方も飲んでみる。さらに強い。ビリビリとしたアルコール感と薬草の刺激的な香りは、まさに電撃ッ!
(だけど、慣れてきたのかしら。なんだかクセになる……)
そして、酒を飲めば当然、お腹が空く。
ちょうど良く運ばれてきたカニコロッケにナイフを入れた。
サクッ。中にはぽってりとしたホワイトソース。グラタンを揚げたみたいな、背徳的な料理である。
よく揚がった衣が砕かれ、口のなかで滑らかに広がる贅沢な旨み。
(これ、意外と電気ブランにも合うなぁ)
(いや、ビールにも合う)
……どっちにも合う!!
ディアーヌは困ったように首を傾げた。
(まったく、けしからん)
完全に気に入った。
そして、夕焼け色のパスタが運ばれてくる。
名前からして、ナポリをイメージしているのだろうが、「タン」というのがなんとも間抜けで愛嬌がある。
玉ねぎ、ピーマン、ソーセージなどが入り、よく炒められた見たこともないパスタ。日本ではこれが、国民的人気のある麺料理だと言う。
さっそく、食べてみる。
甘くて、酸っぱくて、香ばしい。
ケチャップが麺に絡み、ソーセージの旨みと野菜の食感が重なる。
(ナポリから来た料理が日本で独自に発展して、こうなったのかしら?)
ナポリタンを食べながら、ディアーヌは本気で感心していた。日本の食の歴史はとてつもなく奥が深そうである。
「他国の料理を自分たちのものにするだけでなく、こうして独自にアレンジしてここまでのクオリティに仕上げてしまうなんて……」
クイクイ飲んでいたら、あっという間にグラスは全て空になっている。
あれ?いつの間に。まあ、大吉だし、いっか!
(また、知らなかった日本の一面に触れることができたわ♫)
すっかり上機嫌になったディアーヌは、席を立ち、店を出た。
浅草の喧騒が再び押し寄せてくる。
「さて!」
今日の浅草は大吉。
美味しいものにも出会えた。
お酒も美味しかった。
そして、どら焼きも買った。
「完璧ねっ」
そう呟きながら歩いていると――
「……あら?」
少しだけ、足元がふらついた。ディアーヌは立ち止まる。
もう一度歩く。
ふらっ。
今度は、少し大きくふらついた。
「……電気ブラン」
浅草寺で見たおみくじの文字が、頭に浮かぶ。
『油断は禁物』
ディアーヌはふんわりと酔った頭で少し考え、紙袋を覗き込む。
中には、ルシアンへのどら焼きが一つ。
「……なるほど」
自分の顔を少し赤くしながら、呟く。
「大吉でも、これは油断してなくしたりしたらいけないわね」
どうやら、おみくじは正しかったらしい。
ディアーヌは近くのベンチを見つけると、素直に腰を下ろした。
「……少し休みましょう」
いつものディアーヌなら、もう一軒行こうなどと言い出していたかもしれない。
けれど今日は、さすがに自重する。
しばらくして、気分も落ち着いてきた。
「よし」
どら焼きは無事。
「お土産を渡すまでが遠足だもんね」
そこで、ルシアンの顔が浮かぶ。
どら焼き、気に入るだろうか。まあ、甘党だしな。
本人は必死に隠している。
けれど、自分は知っている。
そのことが、なぜだか少し嬉しい。
「……でも」
ディアーヌは振り返り、老舗バーナツメの看板を見る。
「電気ブランとカニコロッケとナポリタンのことは――」
にやり。
「絶対に教えて差し上げないっ」
ディアーヌは立ち上がった。




