第12話 中野の鰻串②
「おうよ、燗なら任せなさい。マイちゃんのいつもの感じだと結構しっかりめのものになるけど、それでいいのかい」
「ディアーヌ、いい?」
「もちろん、どんな強敵でもドンと来い、ですっ」
「さすがマイちゃんのお友達、可愛らしい顔してたくましいねぇ。」
大将がどこからか持ち出してきた酒をチロリに入れ燗付けして、串も焼いていく。
「はいこれ、先にキモとヒレ。」
キモと呼ばれる方はプリッと夏の雲みたいな形をしている。ヒレの方は細い何かがぐるぐる巻きにされたような見た目だ。
「それに合う燗酒がこれ、滋賀県の最高に燗あがりする酒、不老泉の三年熟成ものだ。」
真っ赤なラベルに不老泉と書かれたその酒は、飲めば不老不死になる強力な秘薬であるかのようなビジュアルだ。
出されるがままにおちょこからチビリ。
「これは、なんと言えばいいのでしょう。まずはガツンとパワフルなのに、柔らかく、それでいて奥行きのある旨み。衝撃、としか言いようがないというか。今までお酒を飲んで感じたことのない美味しさです。」
「いいのよ、言葉にしなくても、感じられれば。」
肝のほろ苦さ、ヒレのコリコリとして噛み締めるごとに広がる脂の甘みと旨み、その複雑な味わいをどっしりと受け止める不老泉の懐の深さ。
続くタンザクは鰻の身らしい身で一番馴染みのある部位だ。
見た目は少しグロテスクにも思えるが、色んな食感や独特の香ばしさの鰻串は、日本酒とも相性抜群。
ディアーヌはすっかり、鰻串飲みの虜になってしまった。
そして、最後に来たのは"エリ"と呼ばれる串。
頭周りの“エリ”はよく焼いた鶏皮のような旨味と骨の食感。
タレも柑橘系と辛いものなどあり、邪道かと思ったニンニク醤油が意外と合う!
(お互いに強いのに、手を取り合っている!全く性質の異なる隣国とも、こんなふうに友好な関係を築けたら良いのに。)
「あまり知名度はないけど、私はこのエリが大好きなのよねぇ。」
「確かに、とっても美味しいですわ。どれが一番かは決め難いけれど。」
「にしてもディアーヌ、本当に、美味しそうに食べるわね、ちょっと見惚れちゃった。」
ディアーヌは、思わず真衣の顔を見つめた。
いつもより少し赤い頬。柔らかな笑顔。
どこか気の抜けた表情。
(これが……)
自分にはないもの。
(大人の色気、というものなのかしら)
ディアーヌは、なんとなく目を逸らした。
ぼんやり、追加した骨せんべいをポリポリしながら、酒が進んでいく。
隣で真衣も、同じようにくつろいでいる。
「癒されるわね。」
「ええ。真衣さんはどこでこんな、お酒やおつまみを学ばれたんですか?」
「それは、聞いちゃう?まあ、たいした話じゃないんだけどね」
そして、真衣はぽつりぽつりと話し始めた。
昔は、あまりお酒に詳しくなかったこと。
嫌なことがあると飲むようになったこと。
傷つくたびに、酒に逃げるようになったこと。
そして――
「私ね、昔は人に尽くしすぎちゃって」
真衣は苦笑した。
「美人とは言われるのに自分に自信がなくてね。変な男に引っかかっては、こっちばっかり頑張って、傷ついて……それで、ヤケ酒」
「なるほど……」
「でも、あるとき気づいたの」
真衣はおちょこを眺めながら言った。
「お酒って、本当はヤケになるためのものじゃないんだなって。美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで、楽しい時間を過ごす」
「こんなふうに。」
「そっ!そういうふうに飲めば、自分をちゃんと癒やしてくれるんだって」
「それで、ヤケ酒をやめたんですか?」
「うん。それから、本当に美味しく飲むことを、極めてみようかなって」
真衣は照れくさそうに笑った。
ディアーヌは、しばらく黙っていた。
「それで…こんなにも真摯に、お酒と向き合っていらっしゃるのですね」
「そんな、大げさなもんじゃないけどね」
二人で笑う。
「ディアーヌは、どうして一人飲みを?」
ディアーヌは、一瞬だけ目を伏せた。
どうして一人が良いのか、自分でも上手く説明できない。
「私の話は……」
そして、なんとなく誤魔化すように笑う。
「また、お会いできた時にお話しさせていただきます」
「……うん」
真衣も微笑んだ。
「また、会えたら……いいな!」
また会えたら、その言葉が、妙に胸に響く。
やがてディアーヌは、先に席を立った。
店を出る前に、真衣が声をかける。
「あ、そうだ」
「はい?」
「お土産なら、鰻のレバーペーストも最高よ」
「鰻の……レバーペースト?」
「うん。パンに塗って食べると、お酒が進むの」
「それは……」
ディアーヌの目が輝いた。
「買うしかないですね」
二人は顔を見合わせる。
そして――ニヤリ。
飲み屋で繋がった、不思議な関係。
また会えるだろうか。
そんなことを考えながら、ディアーヌは土産を手に帰路についた。
(鰻のレバーペーストか……次のお茶会に、バケットと一緒に出したら……)
ディアーヌの脳裏に、薔薇のスイーツと上品な紅茶に囲まれた令嬢たちの姿が浮かぶ。
そして、その中央に置かれる、鰻のレバーペースト。
(……受けるかしら?)
少し考える。
(いや。きっと、ものすごく受けるわ)
ディアーヌは、一人で小さく笑った。
そしてまた、異世界へと戻っていったのだった。




