第10話 渋々、甘々のお茶会へ
(ああ……今日こそは、なんとかこの重い腰を上げなくちゃ)
薔薇の花があしらわれた招待状を手に、ディアーヌは深いため息をついた。
女子会なるものを断り続けていたディアーヌだったが、
「それなら、ディアーヌ様のご都合のよい日にいたしましょう!」
とまで言われてしまった。
さすがにこれ以上断るのも角が立つ。
そうして渋々参加することになったのが、令嬢五名によるお茶会だった。
――数日後。
リリー嬢の邸宅。
テーブルには薔薇をテーマにしたスイーツが並び、紅茶からもふわりと花の香りが漂っている。
「さすがリリー嬢のお宅ですわ。スイーツまで、見た目がとても華やかですわね」
「そんなことないですぅ〜。アンナ嬢こそ、とっても素敵なお召し物ですわ〜」
「まあ、ありがとうございます」
「こんなに甘いものをいただくのは久しぶりですわ」
マーガレット嬢が、薔薇の形をしたケーキを眺めながら言った。
「あら。マーガレット嬢は、やはり普段からお食事に気を遣われているのですね。道理で素晴らしいプロポーションですわ」
アンナ嬢がにこやかに褒める。
「わたくしなんて、まったく気にしていないものですから。少しは頑張らないと〜」
「まあまあ。努力なしでそんなにスレンダーでいらっしゃる方が、わたくしは羨ましいですわ」
「いえいえ」
にこにこ。
「まあまあ」
にこにこ。
笑顔のまま、互いに相手の腹へ細い針を突き刺している。
ディアーヌには、その棘が見えるような気がした。
(……もう胃が痛い)
しかし、せっかく用意されたお菓子を前にして帰るのも、それはそれで失礼である。
(とはいえ……据え膳食わぬは、よね)
ディアーヌは薔薇のマカロンを一つ手に取った。
ぱくり。
(……甘い)
もう一口。
(甘い)
さらに一口。
(甘すぎる!)
口の中いっぱいにべったりと砂糖の甘さがまとわりつく。この国の菓子は、やたら甘い。
砂糖が富の象徴でもあるからだ。
(ニッポンのコンビニスイーツの技術を、なんとかこちらに持って来られないものかしら……)
ふわふわのスポンジ、絶妙な甘さのクリーム、季節限定、新商品、期間限定コラボ。
ああ、恋しい。
そんなことを考えている間にも、お茶会は続いていた。
「この前も、アフタヌーンというのに最高級のローストビーフをたくさん用意してしまって……またお父様に呆れられてしまいましたわ〜」
「まあ、北の方のお肉でしょう? 最近、流行りですわよね」
アンナ嬢が紅茶を口に運ぶ。
「一応、本場でいただいたことがありますけれど……わたくしには、少々不自然に柔らかく感じられてしまって」
「あら。あまり良い調理をされなかったのかしら」
「えーっ、リリーも食べてみたいですわ!」
リリー嬢が身を乗り出す。
「この間、ユーリ王子にご馳走になったラムのお肉もおいしかったですけれど〜」
「まあ、ユーリ王子と?」
「真珠のネックレスまでいただいちゃって。申し訳なかったなあ」
「まあ……!」
「お誘いされたんですの?」
「え〜。よく誘われるんですけれどぉ」
リリー嬢が頬に手を当てる。
「リリーだけなのかなぁ?」
ディアーヌは薔薇のマカロンを食べていた。また、甘い。
(しょっぱいものが食べたい……)
ディアーヌは紅茶を一口飲んだ。
(もう、甘いものばかりで飽きてきたし……)
さらに一口。
(そもそも、他人の恋愛事情に興味がないのよね)
すると突然、
「――ねえ、ディアーヌ様はどう思います?」
「え?」
ディアーヌが顔を上げた。
全員がこちらを見ている。
(しまった。全然聞いてなかった!)
一瞬の沈黙。
しかしディアーヌは、何事もなかったかのように微笑んだ。
「とっても、美味しいですわ!」
「…………」
「…………」
「…………」
話の流れとは、まったく関係がない。
だが、その場にいた令嬢たちは、なぜか言葉を失った。
ディアーヌの笑顔に見惚れてしまったのである。
「そ、そうですわね……」
「ええ。とても楽しい時間ですわ〜」
「最近、アラン王子に誘われたんだけど、カフェに連れて行かれたんですけれど、絶望的にセンスがなくて〜」
「まあ!」
また話が始まった。
今度は異性の悪口大会か、苦手!
ディアーヌは静かにマカロンを見つめる。
(……もう限界)
甘い。甘い。
とにかく、甘い!!
(しょっぱいものが食べたい!!)
漬物、焼き鳥、味噌汁……
ディアーヌは立ち上がった。
「みなさま、楽しいお時間の途中で失礼いたします」
「あら?」
「次の予定がございますので、わたくしはこのあたりでお暇させていただきますわ」
「まあ、もうお帰りに?」
「ええ。せっかくお誘いいただいたのに、申し訳ありません」
誰も引き止められないほど完璧な笑顔だった。
ディアーヌはそのまま、風のように茶会の席を後にした。
――数分後。
リリーの邸宅の外。
(……全然楽しくなかった)
ディアーヌは歩きながらため息をついた。
(お茶菓子は、美味しいものもあったけれど……)
しかし。
(しょっぱいものが食べたい!)
その欲求は、もはや抑えられない。
塩分を求めて。酒を求めて。
今日もまた――ニッポンへの扉を開くのであった。




