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人喰い熊  作者: 斑鳩あおい


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第九章 山神社

雨の山道を、相沢蓮たちは必死に駆けていた。


泥で滑る。


息が切れる。


だが止まれない。


背後からは、木々をへし折る音が迫ってくる。


――バキィ!!


熊だ。


あの巨大な化け物が追ってきている。


しかも。


白い着物の女を背に乗せたまま。


「急げ!!」


黒木静が叫ぶ。


真由は半泣きだった。


「いやぁ……いやぁぁ……」


蓮は真由の腕を引きながら山道を登る。


やがて。


霧の向こうに石段が見えた。


古い鳥居。


苔むした狛犬。


そして山神社。


だが、その姿は異様だった。


鳥居には大量のお札が貼られている。


風でバタバタ揺れ、まるで無数の手みたいだった。


黒木が叫ぶ。


「中へ入れ!!」


三人は石段を駆け上がる。


その瞬間。


背後から咆哮が響いた。


――グォォォオオオ!!


蓮が振り返る。


熊がいた。


石段の下。


雨の中。


片目を光らせながら、こちらを見上げている。


肩には白い女。


髪の隙間から、目のない顔が覗いていた。


だが。


熊は石段を登ってこない。


まるで何かを警戒しているように。


黒木が息を切らしながら言う。


「結界だ……」


「結界?」


「昔の神主が張った」


黒木は社殿の扉を開ける。


ギィ……。


中は真っ暗だった。


古い木の臭い。


線香。


そして、鉄臭い血の匂い。


蓮は眉をひそめる。


「なんだこの臭い……」


懐中電灯を向ける。


その瞬間。


真由が悲鳴を上げた。


「いやぁぁぁ!!」


床に、人骨が散乱していた。


大量に。


頭蓋骨。


腕。


肋骨。


古いものから新しいものまで混ざっている。


まるでここが墓場だったみたいに。


蓮の胃がひっくり返る。


「何だよこれ……」


黒木の顔が険しくなる。


「……隠してやがったか」


奥から声がした。


「山へ返した者たちだ」


懐中電灯が向く。


社殿の奥。


暗闇の中に、御堂源兵衛が座っていた。


白装束。


神楽鈴。


まるで最初からそこにいたみたいだった。


蓮は怒鳴る。


「何なんだよこれ!!」


源兵衛は静かだった。


「供物だ」


「人骨が!?」


「山へ返した者たちの残りだ」


真由が震える。


黒木が銃を向けた。


「源兵衛……てめぇ……」


老人はゆっくり顔を上げる。


その目には狂気とも諦めともつかない色があった。


「お前も知っておろう、黒木」


「……」


「山は、腹を満たさねばならぬ」


雷が落ちる。


社殿が白く光る。


その一瞬。


蓮は見てしまった。


社殿の奥の壁。


そこに巨大な爪痕が刻まれていた。


何本も。


まるで内側から引っ掻いたような跡。


源兵衛が呟く。


「五十年前……相沢源蔵は、儀式を壊した」


蓮の胸が凍る。


「祖父が……?」


「本来、捧げられるはずだった娘を連れて逃げた」


白い女の顔が脳裏をよぎる。


裸足。


白装束。


目のない顔。


源兵衛が続ける。


「だが山は逃がさなかった」


外で風が唸る。


熊の低い唸り声が聞こえた。


近い。


石段のすぐ下だ。


「お前の祖父は一人生きて戻った」


源兵衛の声が重くなる。


「だが、戻ってきた時には“何か”を連れていた」


蓮の呼吸が浅くなる。


「……何を」


老人は答えない。


代わりに神楽鈴を鳴らした。


――チリン。


その瞬間。


社殿の奥から。


ギシ……。


何かが動く音がした。


蓮たちは振り向く。


暗闇。


その奥。


何か白いものが立っている。


長い黒髪。


裸足。


白い着物。


女だった。


ゆっくり。


ゆっくり前へ出てくる。


顔が見える。


目がない。


口だけが裂けるように笑っていた。


ニィィ……。


真由が腰を抜かした。


黒木が銃を構える。


だが源兵衛が静かに言った。


「撃つな」


女が立ち止まる。


そして。


蓮を見た。


空洞の目で。


次の瞬間。


女の口から、祖父の声が漏れた。


「……逃げろ、蓮」


直後。


社殿の外から。


――ドゴォォン!!


巨大な衝撃音。


鳥居が吹き飛んだ。

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